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昔語り



『何勘違いしてんだよ。俺はお前なんか――……』



成す術もなく離れていくアイツに憶えた感情は絶望。そのあとの俺が何をしたかなんて、今になってはちっとも思い出せやしない。ただ覚えているのは、アイツの冷えきった面と、絶望という感情だけだった。
気がつけば、俺は元居た場所を追われ、暗闇に包まれた寂れた街を無心で歩いていた。
もうこの街には居られない。だから、俺は誰にも知られる事なく街を離れた。
アイツがいる。
それだけが理由だった。


以来、俺はいつも怯えている。あの表情を再び見るような事にならないかどうか。必死で、相手を支配する事に没頭する――












街を捨てた。
髪型を変えた。
髪を染めた。
目付きを隠す眼鏡を外した。
避けていた喧嘩を買うようになった。


気がつけば俺は、そこで王と呼ばれるようになっていた。凶悪な人物として噂になることもあったが、結局は俺の庇護を求める人間が周りに集まるようになって、小さな組織ができた。巷で言う不良グループのようなもの。
いっちょ前に縄張りを主張して、侵犯を許さない。指示をした覚えはなかったが、どうやら俺の次を求める男に好きにしろ、と言ったのが設立の原因らしい。
そういう連中の頭に立つつもりはさらさら無かった。ただ単に、追い払ってもしつこく寄ってくる男への対処が面倒になっただけだった。邪魔な奴を自分の周りから排除出来れば、俺はそれでよかったのだ。けれどもその男は、俺を長として仲間を呼び集め、規模を少しずつ大きくしていったのだ。
自分達のそれよりも強い組織が出来る事を良しとせず。気がつけば、俺の知らない間にあのシマの奴らを潰してきました、と報告が上がる事がある。毎度呆れ果て、溜め息しかでない。まるで威を借る狐のようじゃないか。
俺はただ、自分の邪魔をしなければそれで良かったのに。俺がこの重い腰を上げる事になったのは、単なる気まぐれであった。男の行き過ぎた言動が、目障りになったから。ただそれだけ。


そんな事情を思い出せば思い出すほど呆れる気持ちが大きくなって、俺は自然と溜め息を吐き出した。俺以外誰もいない廃工場に、音が反射する。

今は平日の真っ昼間。普段の昼間は皆、ここへは来ない。学校やら仕事やら、各々の用事がある。俺も仕事をしているが、不定期なせいかあまりここを離れる事はない。
仕事の相手は、特殊な事情を持つ特殊な人間達ばかりで、中には表に顔を出せないような者だっている。それはまるで、自分を見ているようでーー。
彼らの依頼を気まぐれに請けて、時々脅されたりする事もある。それでも、金を積まれれば断る理由もない。俺はその額に応じ、機密情報や内部情報をリークするのだ。こんなモノが仕事といえるのか。それでも、俺にはこうするしかないのだ。

時々、組織に入ってお抱えになってみないかという声もあった。けれど、所詮は付け焼き刃、素人に毛が生えた程度の技術しか持ち合わせていない。自分では荷が重すぎる代物は扱わないし、どこかのお抱えになれると思うほど自惚れてはいない。
自分の限界は把握している。


こんな俺も、以前は真っ当(?)な人生を歩んで、高校にも通っていた。けれど、俺はあの日すべてを捨ててきた。アイツにまつわるものすべて。それまでの自分を忘れたかった。だから逃げ出した。


前の俺は引きこもりがちで、家にも居るんだかいないんだか分からない、そんな人間だった。髪は適当、端から見ればそれこそみっともない。適当に選んだ眼鏡は、悪いと揶揄される目付きを隠すのにも一役買っていて、実際に、暇さえあれば一日中コンピュータに向かい合っていた俺の視力は低下する一方だった。きっと周囲からはオタクの類いだと思われていたに違いない。
それでも、そんな俺の隣にはいつもアイツが居た。いつからかは憶えていないが、結構小さな頃から隣にいたような気がする。だからこそ俺は、アイツを唯一の友人だと思っていたし、アイツも俺を友人のうちの一人だと思っている、そう考えていた。まぁそれはすべて、俺の自惚れでしかなかったのだけれど。


様々に事情があって、すべてを変えた結果、今の俺がある。独りになりたかった俺にとっては、ある意味不本意ではあるが、集う連中の様子を見るのだけは楽しかった。決して間に入ろうとは思わない。ただ、テレビ番組のドラマを見るように、見ているだけでよかった。

無駄にだだっ広い空間にひとり座って、とりとめのない事を考える。このまま、皆がこの場所も組織も忘れて誰も来なくなればいい。そんな絵空事を夢見ながら代わり映えのない天井を眺めた。






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