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「まさか、君が遅れるとは思ってなかったよ...」
「も、申し訳ないです...」

学友塔の中、新規メンバーの登録を終えた面々は、会議室に集っていた。小さくロの字に組まれた机に、イスは七つ。その中の一つに、クラウスは座っていた。少なからず達観したような目を持って、冷静にその二人のやりとりを観察していた。そう、カイという新規メンバーが時間に遅れたその理由を、この場で問うているのだ。クラウスはそれを、特に感情もなく、ただただつまらなさそうに見ていた。

「何か理由でもあるの?カイ=フォルトナー」
「実は...30分程余裕があったので、付近を散策していたら...」
「迷って遅れたの?」
「いえ、迷ったというよりも、...そこで人に会ったんです」
「人?」
「はい、森にあった結界の中に、不思議な人が...」
「結界の中に人?どの辺り?」
「校舎と寮の境界の辺りです」

ふと耳に入ってきた情報に、クラウスは突然目の覚めるような衝撃を受ける。その時唐突に、森の中で過ごすその人間の話を思い出したのだ。随分と昔に、生徒の間で密かに話題になった、興味深い話。その時の生徒達は、まるで怪談でも話すかのように、心底怯えた様子でその噂を口にしていたのだ。その時は特に気にも止めていたなかったのに。なぜこの時思い出したのかは、クラウス自身にも分からなかった。
特に関わる気も無かったその会話に、クラウスは思わず口を挟む。

「彼に会ったの?」
「え、知ってるんですか?」
「クラウス?」

驚きからか、一斉に皆がクラウスの方を見る。新規メンバーの二人は知らないだろうが、クラウスは自分から物事に口を挟むようなタイプではない。聞かれれば応えるし、問われれば答えるが、積極的に関わるような事は避ける、そんな人間だ。だからこそ皆驚き、意外そうにクラウスを見やる。好奇心は、誰も抑えきれない。

「ああ知ってるよ、僕はその時彼と同じクラスだったから」
「え?彼、ここの生徒なんですか?」
「うん。でも、彼は一度クラスに来たっきりだ。だからほとんどの人が知らないんだ。けど、ここの生徒なら一度は聞いた事があるはずだよ、彼の。この国唯一の闇属性の生徒の話」

クラウスが言い切った瞬間、その場はさらに大きな驚きに包まれた。思いがけない言葉に、クラウス意外のメンバーも、口の端が緩む。

「!闇...?光と対の?」

怪訝そうに、四年目のアルノーが呟く。オレンジ色の長髪を弄る手が、固まる。

「絶滅したと聞いていた」

クラウスと同じ五年目のゲオルグが頭を軽くかきながら言う。なでつけられた茶髪がわずかに乱れ四方に散る。

「俺もその話聞いた事あります。何でも、教師が怖がって授業にならなかったとか何とかって」

新規メンバー、三年目のマリクは、真剣な目つきでポツリと呟いた。群青色のウェーブの髪が四方に散り、それを小さなニンフが弄って遊んでいる。

「え...僕そんな話聞いた事もないんだけど...!」

カイの目の前で腕組みをしていたエミールは、少々焦ったようにそう訴える。四年目なのにそんな噂は聞かなかった、と。無意識といった風に首の後ろに手をやれば、金色の艶やかな髪がくしゃりと巻き込まれる。

「誰も話したがらないんだ、知らなくて当然だ。それ以前に、そんなヤツ怖がる必要もねぇだろうが。教室に現れもしないなんて、ただの臆病者じゃねぇか」

上座にひとり座るフィデリオは、不遜な態度を崩さず眉間に皺を寄せる。五年目ともあり、思わず目を遣ってしまいそうな色鮮やかな赤い髪が彼の自信の程を示しているようだった。金に輝く瞳がぎらりと輝く。

クラウスは、そんなフィデリオに目を細める。フィデリオのそういう不遜な態度が、クラウスは嫌いだった。確かに、フィデリオは学内でも歴代最強と言われる程の技術と能力を持ち合わせているに違いなかったが、そういう不遜な態度が、クラウスの癪に触るのだ。表には出さないが。

「そういう考えもあるかもしれないけど……」
「――けど、何だよ」
「……けど、初対面の教師に散々罵倒されて、二度と敷居を跨ぐななんて言われたら誰だってショック受けるでしょ。僕、彼の隣に座ってたからよく覚えてる。教師は何があっても学院の絶対。そんな教師に、面と向かって教える気がないと言われれば、学院に在学する資格さえ失われたも同然。ねぇ、そうじゃないの?」
「……」
「そもそも、闇属性は魔物を操ってこの世界を支配できるなんていう迷信を、未だに信じてる莫迦はこの学院にいる資格さえない。学院の生徒さえそれを鵜呑みにしているのだから、全く嘆かわしい事だよ。むしろ、彼のような人間は研究のための重要な検体だよ。魔物の魔力と似通っているんだから、魔物の生体を知る重要な手がかりになりうる。強大な力をもつ魔物を倒すヒントになるかもしれないんだ。――そもそも、彼らが世界にどれだけ生き残っているかさえ把握されてないんだから、むしろ、この学院に、そういう生徒が存在している事を喜ぶべきなのにね。――そうだ、あの教師は今どこでどうしているだろうね?まだ、生きているのかな?理事長様も、容赦ないよね」

クスリ、としたり顔で笑うクラウスに、口を挟める者は誰もいなかった。彼の話に、顔を青ざめさせたのはきっと、新入メンバーばかりではないはず。少しばかり他人とは違う思考を持ち合わせたクラウスは、同年代から敬遠されがちであるのだ。おまけに、クラウスはその知識は元より、この学友会内でもフィデリオと拮抗できる程、魔導の技術を持ち合わせている。絶対的な魔力量はフィデリオには到底敵わないが、それを埋められる程の器用さと思考力を備え持っていた。鮮やかなスカイブルーの髪はその魔力の質が高い事を示しているし、フィデリオに似た金の瞳は、王族と同じ光属性をも扱える事を意味するのだから。

魔力を持つ人々は、属性を持っている。属性はその人間の魔力に現れ、属性により使える魔法が決まる。通常、一人一つの属性を持つのが普通だが、稀に、二つの属性を持てる人間が現れる事がある。それが、フィデリオやクラウスのような人間だ。彼らのように、髪色と目の色が違う事が即ち、副属性を持つ事を意味する。しかし中でも、光を同時に扱える人間はさらに限られる。全種族中最強と言われるのが光であり、そして闇の属性であった。

「そうそう、フィデリオ、君は到底彼には敵わないから、下手に喧嘩を売ったりしては駄目だからね。彼は僕が今まで見た中で一番、属性も濃くて馴染んでるんだから」
「なっ……!」
「そもそも、君は主は炎属性なんだから多少光属性が使えたとしても、純粋な闇の属性には到底敵うもんじゃないよ。ーーああ、なんで今までこんな大事な事を忘れていたんだろうな。知りたいなぁ……闇属性の研究書はこの学院にもあるのかなぁ」

最後の最後に爆弾を落としつつ、クラウスはマイペースに、鼻歌まじりに会議室を去っていく。この場が何のための集まりなのか、クラウスの頭の中からはすっかり抜け落ちてしまっている。同級生達の、クラウスを呼び止めようとする声など全く耳には入っていなくて。ひとり楽しそうに学友塔を後にした。






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