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無知の知


世界には魔法が存在した。人間が魔力を持って生まれる確立は、約3割。魔力と共に生を受けた者は、持って生まれた自らの属性を元に魔法を作り出す事ができた。

魔法を使いこなすには、修練が必要だった。そのための巨大な学院が一国に一カ所ずつ設置され、対象となる12歳以上の子供たちが、男女に分けられて共に学ぶ事を求められる。期間はおよそ六年間。生徒たちは皆寮に暮らし、共同生活を求められる。

今年で16になるレネもまた、学院の生徒だった。レネは普段、学院の敷地内にある森の中で一日の大半を過ごしている。授業には出席せず、一人で本ばかり読んでいた。普通ならば、教師が注意をしそうなものだが、レネの場合は変わっていて、暗黙の了解の内に、進級に必要な出席と課題提出が免除され、年二回の試験のみで判定されるという、特別待遇が課されていた。理由は明白なのだが、誰もレネに関して口を開こうとしない。中には、今までレネの姿さえ見たことがないというクラスメイトすらいる程なのだ。これは異常な事だ。しかし、生徒すらレネを特別視しているのだから、内外の人間が彼についてあれこれ言えるはずがなかった。
レネは今日も、相方の召喚獣を連れで森の中で本を読んでいる。






















本年より、生徒学友会の代表役員として選出されたカイはその日、顔合わせのために学院内にある、学友会役員専用の塔へと足を運んでいた。学友塔と呼ばれるそこは、役員のみが入城を許される特別な創りとなっており、役員として魔力を登録しなければ敷地内に入る事すらできない事から、この日、カイはその登録のための手続きを行うべく指定された場所へ向かっていたのだった。

校舎から遠いからと、少し早めに出てきたせいで、約束よりも随分と早くに目的地に着いてしまったカイはどうしようかと腕を組みしばし悩む。ふと、軽く周囲を散策でもしようかと、カイは足を森と校舎との境界に沿って歩き始めた。生活の大部分を校舎と寮で過ごすカイにとって、森は正に未知なる場所だった。学院も今年で四年目になったからと言って、この広大な学院内を隅々まで知れるはずがなく、実習以外で森を訪れたのは初めての事だった。この森にはどんな生物が生息しているのだろうか、そんな知的好奇心からの行動だった。

五分ほどフラフラと森沿いを歩いていた所で、カイはある場所でふと違和感を感じた。そこは丁度、寮と校舎の境目辺り。思わず立ち止まるが、じっくり森の方を眺めてもその違和感の正体が何かを掴む事ができない。そこで、一旦通り過ぎて、少し歩いた所で折り返してまた元の場所へと戻って見る。やはり、その場所が気になって仕方がない。カイは、どうしても好奇心を抑えきれなくなり、腕の時計で時間がまだある事を確認してから、違和感のある森の中の方へ、足を進めた。

しばらく中の方へ歩くと、違和感はますます強くなり、とある場所を境に先へ進む事が出来なくなってしまった。そこを通り過ぎる瞬間、いつの間にか反対方向へと向きを変えられてしまっているのだ。何度か試したが、結果は同じだった。
その場所ギリギリの所で、カイは立ち止まり空中を凝視する。この仕掛けは、良くある結界の類いのもので、よくよく目を凝らせば仕掛けの結界面が見えてくるはずなのだ。しかし、この結界を張る術者はよっぽど慎重派なのか、結界面にさらに見えにくいように術をかけている。見た所、術の完成度もさることながら、人間に全く知覚させない繊細さが術者のその技術の高さを示している。そんな結論を導き出した所で、カイは強い欲求に襲われた。

この結界を張った術者に会ってみたい、

どうしても会って、コツでも何でも教わりたい、そんな欲求がカイを次の行動へと駆り立てる。いけない事だと分かっていても、カイは衝動を抑えきれなかった。手に魔力を籠めて、結界面の構成にヒビを入れる。面は思った以上に硬く、必要以上とも思える魔力を一気に放出すると、ピシリと小さな音を立てて、ヒビが少しずつ広がって行く。目に見える程のヒビが、その結界面が見えるまでに空間を覆いきると、堰を切ったかのように、結界はパリンと粉々に砕け散った。ガラスのように砕けた空間の向こうに見えたのは、木に凭れて座り、本を片手に驚いたように目を見開くその人物の姿だった。

「あ......」
「!」

破片がキラキラと舞い散るその中で、まるでグレースケールの絵のように、その人物には色がなかった。普通、魔力を体に宿した人間はその色を反映した鮮やかな髪色や虹彩をもって生まれてくるものだ。現に、内に水の力を宿したカイの髪色は、目の冴えるような鮮やかなあお。だが、目の前にいる彼には色がない。そういう色を持たないその人が目の前に居るのだが、カイの目にはその場面が酷く幻想的に映った。人間離れした美しさが、その人物にはあった。

その光景に見惚れる内に、その人物は立ち上がりカイへと目を向ける。しかしカイは、その光景に見惚れるあまり、声を出す事さえ忘れていた。ゆっくりと口を開くその姿に、カイの目は釘付けになっていた。

「壊さないで」
「っぁ......、」

心地良い小さな声で、その人物は怪訝そうに言う。咄嗟に返事を返そうと開いた口からは声も出ず。返答を待たずして彼は、肩に乗っていた小さな有翼の黒い生物に引かれて、宙に浮きながらあっという間に森の奥へと消えてしまった。聞きたい事は沢山あった。なぜここにいるのか、あれ程手の込んだ結界を張っていたのはなぜか、あの結界はどういうものなのか、あの黒い生物は何か、どうしてーー、こんな所に一人でいるのか。声さらかけられず、名前すらも不明で、カイはその一瞬を酷く後悔していた。そして同時に、また会ってみたいという、強い願望を胸中に抱えていた。






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