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「面を上げよ」

レオンとスヴェン、そしてルーの3人は、連れ立ち玉座の目の前で腰を折っていた。つい先程の国王はいささか驚いたように3人を視界に入れると、よく通る声で顔を上げるように促した。3人は国王の声に従い、ゆっくりと前を向く。城内は、いつも以上にシンと静まり返っていた。

「話は魔術師団の総隊長から聞いている。ルーよ、もう休養は良いのか?」
「はい、このような事態の中、のうのうと休んではいられません」

国王の声には、いつもはない緊張が見られる。落ち着いた声音での問いかけに対して、ルーの発した声は大きくはないにも関わらず凛と響いた。仮面越しでない、聞き心地のよいテノール。他の2人ーースヴェンとレオンもまた、その手に外した仮面を持ち、静かに佇んでいた。ルーの行動がそれほど衝撃だったのか、先ほどの静寂が嘘のように、落ち着いたざわめきへが瞬く間に広まっていった。

「……ではルー、訳を話せ」
「はい。では、率直に申し上げます。陛下直属の兵士数名が、規律違反と知りながら我々部兵隊への諜報活動を行っていた事を確認いたしました。証拠は、今私の手元にございます。……今ここで、その実を問いたく」
「――報告は受けておる。軍団長、前へ出よ」
「はっ!」

ここからが正念場、ルーは引き締めるように背筋を伸ばした。睨みつけるようにルーを見つめる彼の視線が、痛かった。

























「ルークス、あれは一体何の真似だ」
「……バルト」

無事に国王への報告と、武兵隊の幹部の紹介を終えたルーは、幼馴染でもあり、魔術師団総隊長でもあるバルトに呼び出され先日戦いを挑まれた森の中へとやってきていた。辺りにはやはり人影はなく、静かな風が木々を揺らす音だけが2人の様子を見守っている。そんな中で、苦々しい顔でルーを呼んだバルトは、ゆっくりとルーに近寄ってくる。彼の刺々しい雰囲気に圧され、ルーは思わず一歩、後ろに下がってしまった。何を言われるのかを考えると、逃げ出したい気持ちに駆られていた。

「説明しろ」
「武兵隊の事か?」
「そうだ、先刻の報告の件だ。ーーお前は、武兵隊隊長のルーなのか?」

静かに問うバルトの表情は相変わらずで。ルーの背に冷や汗が流れる。どうしても、嫌な予感が拭いきれなかった。

「そうだ」
「なぜ黙ってた」
「俺が決めたルールを俺が破る訳にもいかない。隊の為だ」
「……なぜ、」
「?」
「言わなかった?」
「……」
「俺が、お前の正体をバラすとでも思ったか?俺を、信用してないという事か?」
「違う」
「じゃあ何か、俺には言う必要もないと?いつもすぐ側に居たのに?」
「違う!」
「じゃあ何だ!?理由を言え!」

見る間に激昂するバルトに、ルーは混乱した。こういう風に、話している最中に語気を荒げる姿など彼らしくもない。ルーにとってのバルトは、とても理性的で頭の良い人間だ。だからこそ、ルーは戸惑う。そして、バルトの問いにもルーは答える訳にはいかなかった。

「言いたく、ない」
「っ、」
「お前だけじゃない、それは絶対に、誰にも、言わない。俺が決めた事だ」
「……そうか」

きっと、ルーはその時のバルトの表情は一生忘れないだろう。酷く憎々しげに、ルーを、ルークスを、見つめているのだ。

「っこの、」
「!」

小さな呟きと共に、バルトはルーに向かって手を伸ばした。きっと、ただ単に、ルーに触れるつもりだったのかもしれない。だがルーは、その異様な雰囲気のバルトから、逃げてしまった。ほとんど無意識の内に、一歩後ろに下がってしまったのだ。ハッと気付いた時にはもう、遅かった。

「そうか、お前は俺が嫌いなのか?だから逃げるのか?」
「ち、違う、そんなんじゃ、ーーッ!」

バルトの言葉に慌てて訂正しようとするも、聞く気がないのか。バルトの両手に水が集まったかと思えば、その水がルー目掛けて襲いかかってきた。素早い攻撃をギリギリでかわす。一撃でも受ければ、その水に囚われるだろうと、ルーにも理解できた。次々と、休む間もなく繰り出される水流に、ルーは当たるまいと必死で避けた。ルーも、意地になっていた。

「なんで、お前は!いつも俺に、何もーー!」
「待て!落ち着け、バルト!」
「煩い!黙れ!大人しく捕まれこの!」
「んな事出来るわけないだろ!こんな重いの食らってたまるか!」
「とっとと捕まーーっ!」

互いの主張を繰り返す中で、ルーは一瞬の隙を突いてバルトの両腕を前から捕え、魔法攻撃の嵐から逃れる。腕を拘束した途端に、バルトの操っていた水は弾けて霧散した。普段のバルトならば決してしない、両腕の同時使用がルーにとっては吉と出た。そして、珍しく理性を失いかけているバルトに驚き、ルーは困惑する。

睨むようなバルトの目に怯みつつも、同じ目線にあるバルトの顔を覗き込む。どうにかして、ゆっくりと話をしてもらいたかった。

「俺が捕まえた。少し落ち着いて話を聞いてくれ、俺はーーうぐッ!?」
「捕まえるのは俺だ!このっ!」

顔を近づけたのが、すぐに仇となった。予想してもいなかったのだ、バルトに頭突きをされるなど。てっきり、魔術師のバルトは肉弾戦のやり方なんて知らないだろうと思い込んでいた。近距離からの頭突きが額に直撃し、ルーの目の前に星が飛ぶ。怯んだその隙に、ルーは地面に仰向けに押し倒された。腹に馬乗りにされ、さらに一発、今度は拳で殴られる。訓練を積んでいない拳は、それ程のダメージを与えはしなかったが、何とも言えない気分になる。そうして、息を乱したまま、ルーを捕らえたまま、バルトは話しだした。顔に銀色の髪が垂れる。

「俺は!俺からルークスを奪った武兵隊が憎かった。元々は、【カリカ】と呼ばれるお前が、爪弾きにされる姿を見たくなくて、変えたくて俺は魔術師団の総隊長にまで上り詰めたんだ、血反吐を吐く位頑張ったんだ、お偉いさんの機嫌を損ねないように、自分の腕を磨きながら他人の心配をして!お前を、お前達【カリカ】を、どうにかして連中に認めさせて、お前を、俺の目の届く所へ置いておく為に」
「ーーそれはお前の傲慢だ」
「ああそうさ!そうだとも、これは俺の我儘だよ、だけど、俺はそのためにここまできたんだ!なのに、お前は武兵隊に行くと言う!武兵隊ができたせいで!俺は目的を失ったんだ!【カリカ】の痛みは【カリカ】にしか分からないだと?お前は魔法が使えるんだからそんな事して何になるだと?俺はじゃあ、どうすればよかったんだ!?お前の親友として、側にいたかっただけなのに!」
「……だが、今なら二人で並んでいられるだろう」
「ああ、そうだろうさ、並んではいられる……だけど、お前は、ずっと!付け狙われるんだよ!武兵隊の総隊長として!わざわざ顔を晒したせいで!隊を作ったせいで!命を、狙われるんだよ!俺はお前の身が危険に晒されるのをどうしても防ぎたかったんだ!それがどうだ!お前は自分から自分の命を捨てに行ってる!今まで、俺は一体何をしてきたんだ?俺は一体、何の為にここまできたんだ……?」

ルーの頬に冷たい涙が次々と垂れてくる。それは悲痛な叫びだった。ここまでバルトが思いつめていたなんて、ルーは考えもしなかった。自分の人生は自分のものであるし、バルトの人生もバルトの生き方がある。ルーはそれに干渉する気はなかったし、邪魔になるようであれば即座に姿を消すつもりですらいた。だが、バルトの人生は、疾うの昔にルーを巻き込んでいたのである。とても大きな擦れ違いだった。

「武兵隊なんか作りやがって……お前なんか、ルークスなんか、大嫌いだよ」

大声で叫び続けた先ほどとは打って変わって。静かに、バルトはルーに告げる。

そして。

バルトは静かに、自然な動作で、ルーの唇に口付けた。

それはほんの一瞬で、ルーは何をされたのかに分からなかった。しばらくしてそれを理解した途端に飛び起きるも、彼は既に背中を向けて歩き出している所だった。思わず駆け寄ってバルトの腕を掴むも、その手はすぐに振り払われてしまった。

「バルト?」

ルーの口からは、酷く弱々しい声が飛び出た。バルトは、ルーを見ようともしない。

「話しかけるな。もう、私用では一切話しかけるな」
「ッ……なぜ、」
「終わりだ」
「ッ待て!」
「来るな!俺に、近寄るな!」

鋭い拒絶に動けなくなる。普通の人間からこういう拒絶を受けるのには慣れている。だが、バルトだけは、特別だったのだ。その後ろ姿が見えなくなるまで、ルーは茫然とバルトの後姿を見送る。足元がガラガラと崩れ落ちるような感覚に体が動く事を拒していた。


しばらく、彼が消えた方をじいっと見つめていたルーは、ふと力が抜けたように地面に膝を着く。あまりのショックに顔を両手で覆う。

「終わりか……そうか、知られたら本当に、終わりだったのか」

小さな呟きに、ルー自身が自覚する。終わりだった。
手の隙間から流れる涙は遮られることなく、地面に落ちていった。







 E N D









はじめてのバッドエンド?
キャラが消化不良ですごめんなさい。
最初の三人は出すべきじゃなかった…
短く纏めるって難しい。
この話、もうちょっとハッピーよりでもよかったんだけど、せっかく知られたら終わり、的な雰囲気にしたのでそれを突き通してみたかった。
この後はきっと、2人の総隊長体調不良からの再会が待ってる。
ギスギスしてても妙に気が合う2人に周囲がヤキモキしてればいい。

期待はずれだった方にはごめんなさい。
次はハッピーです。
貴重なお時間を割いての閲覧ありがとうございました。



【CAST】
ルー(本名ルークス):武兵隊総隊長
27歳くらい
バルトラブだが守られるのは御免
バルトの隣に並んでいたかった

バルト:魔術師団総隊長
25歳くらい
ルークスラブ
どうしても自分が護りたかった

レオン:武兵隊第1団隊長
30歳くらい
ルークスの戦友ライオン

スヴェン:武兵隊副隊長
20歳くらい
自信がなかった美人さん

リン:看護師
20歳くらい
ルークスよりも寧ろレオンの体型が好き





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