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09



「おいルークス、お前何を隠してる」
「別に何も隠していない」
「なら言えるだろう、何でそんな怪我をしてるんだ」
「だから、遠征中に怪我したんだ、さっき言っただろう」
「そうじゃない、だから、どうして、何があって、怪我したのか聞いているんだ」
「そこまで細かく聞くなよ、いちいち覚えているはず無いだろう?」
「聞くだろう、あんな危険な所で……」
「うるさい!前も言っただろう、俺がそうすると決めたんだから、バルトにあれこれ言われる覚えはない」
「何だと?俺はあそこが危険だから、お前が心配なんだよ」
「……心配してくれるのはうれしいが、その心配が過剰だって言ってるんだ」

客はポカンとした様子でそのやり取りを見ている。少々刺のある言葉の応酬に興味を惹かれたのだろう。娘目当てで食堂まで来ていると思われているルーと、かの有名な魔術師団の総隊長殿。思いがけない組み合わせの二人が、親しげに口喧嘩をしているのだ。声のボリュームは大きくないのだが、二人の整った容姿とその雰囲気が注目を集めていた。

ひと通り言い合ったところで、ルーは話したくないとばかりに腕を組み、バルトから思い切り顔を背ける。バルトも負けじと、ルーの席の椅子へと腰掛け、じいっとルーを見つめる。無言が続く二人の雰囲気は、とても他人が間に入り込めるようなものではなかった。

バルトから顔をそむける事で、ルーは冷静になれと自分を叱責する。大人気なく仕事中に、こんな目立つような所で目立つような人物と口喧嘩をしてしまったのだ。ルーの情報収集が台無しだ。今まで細心の注意を払って通っていたのに、と悔やむ。だが、冷静になったなら続きを再開しなければならない。例え収穫がなくとも。

ルーはそのまま、その雰囲気を利用して未だにひそひそと話す客の会話に耳を傾けた。客のほとんどがルーとバルトの話で盛り上がっているようで、中にはルーとバルトとこの店の娘との三角関係まで疑う話をあるようだった。何だそれは、とルーはツッコミかけつつも、先ほどから気になっていた奥の席に座る異色の組み合わせの会話に耳を傾けた。二人の男、それも話口調から兵士らしい男達と、まだ幼い少女のそれ。これです、と何かを渡しているような会話が耳に入る。これだろうか、と疑いつつ全神経をその会話に集中させた。

「ほう……上手くかけてる」
「そいつらがそうか?」
「…………はい」
「一番偉いのはどいつだ」
「この人、です」
「あ?おい、コイツって……」
「あの、お母さんは……」
「ああ、ちゃんと返してやる」
「上に報告してからだ」
「いつ、あわせてくれますか……?」
「さあな」
「またお前の家に行く」
「それじゃ……!」
「オイ行くぞ、あんま喋んな」
「オイ餓鬼、誰かに喋るなよ。喋ったら殺す」
「ううっ」

そこまでの会話を囁くような声で終えると、男たちは立ち上がり、にこやかに挨拶をすると何もなかったかのように店を出て行った。手には、数枚の紙切れが握られているようだった。

「バルト」
「わかってる」
「は?」
「俺は兵士を追う」
「え、ちょっ待て、俺はっ……」

バルトに少女を任せて兵士達を追おうとした所で、ルーは呆気にとられた。バルトが、兵士達を追って先に出て行ってしまったのだ。まさかバルトも調査で、という考えがルーの頭に浮かぶが、考えている暇はない。混乱しつつも、ルーは急いで追おうと席を立った。しかし、会計を渡した所で娘に呼び止められ、それに軽く応える内に少し出遅れてしまった。

急いで店を出ると、ちょうどバルトが兵士たちを呼び止めているところだった。店からおよそ100メートル程先の、道路のど真ん中。ルーはいよいよ嘆いた。作戦とこれまでの隠密行動がパーだと。人を縫い急いで走りだした時、風にのって彼らの会話が聞こえた。何だ何だ魔導師団様だと、彼らの周囲には人だかりができつつあった。

「軍より直々に捜査要請がでていた。君たちの行動は規律に違反している、処罰対象だ。少女の母親の誘拐と脅迫。こんな事を平気でしているのだ、余罪はまだあるのだろう?……君たちはいったい何をやっているんだ?一端の兵士がこんな事をして、許されるとでも思ったのか?」
「ち、違うんです総隊長殿!」
「我々はある御方に頼まれまして……」
「ほら、見て下さい、これが得た情報です!」
「武兵隊の内部情報です!」
「武兵隊……?」
「はい、あの塔で生活してるらしい少女に描かせました!」
「連中の仮面の中身です」
「何……!?見せてみろ」

駄目だ、そう思った時には身体が動いていた。数メートルあった距離を一瞬で縮め、バルトに手渡そうとしていたその紙を奪い取り、兵士二人の背後に立つ。ものの、2秒の間の出来事だった。

「全く、やらかしてくれた」
「「「!?」」」
「予定より大分早いが、これが今日でよかったよ」
「ルークス?」
「バルトはこの紙、まだ見てないな?」

大きく目を見開く周囲の視線を感じながら、ルーは渋い顔で紙切れを一枚一枚確認していく。武兵隊の主要メンバー十人。訓練兵は含まれておらず一安心するものの、その中にはもちろん自分の似顔絵もある。あの少女は絵が上手いらしく、ルーも見たままそっくりに描かれていた。

「お前まさか!」
「コイツがそうか……」
「チッ……ああそうだよ、俺だよ」
「武兵隊の」
「創始者!」
「皆前で言いやがって……早すぎる」

ざわり、周囲が一気に騒ぎ出す。謎に包まれていた【カリカ】の武兵隊の謎が今、この場で明らかになったのだ。興奮する観衆はルーの姿をひと目見ようと揉み合い押し合い。道は停滞し、周囲は混乱すらしかけていた。

「おいルークス、これは一体どういう事だ!!」
「バルト……」
「お前、ずっと黙ってたのか!?」
「そうだな」
「なぜ俺にーー……それに、その怪我は……、そうなのか?」
「ーーそれは追々話す。バルト、今はそれどころじゃないだろう、街が混乱する。俺は、後で説明に城へ説明と糾弾にうかがう。一旦解散しよう」
「……そうだな、後でじっくりと聞かせてもらう、覚悟しておけ」
「怖い怖い。じゃあな」

それどころではないのだが、軽口を叩き片手をヒラヒラ振ると、ルーはその場から一瞬で姿を消した。突然現れ突然消えたその男のおかげで、街の人間はしばらくその話でもちきりだった。その話はすかさず街中に広がり、あっという間にルーは時の人となったのだった。そして、残されたバルトは、兵士から事情を聞くため二人を魔法で拘束し、城まで連れ帰っていった。そんなバルトの胸中に燻る炎は、怒りか、それとも哀しみか。






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