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08



ふらりふらり、ルーは城下にある市街へとやってきていた。先日の戦闘でルーが負った怪我もほぼ回復し、火傷の痕はほとんど見えなくなっていた。しかし、看護師リンからのお達しに従い、未だ弱い皮膚を守るために右頬にはガーゼ、両腕には包帯を軽く巻いている。

そんなルーがスヴェンに隊を頼む、と言伝たのはつい昨日の事。そして、旧知の中でもあるレオンに一言断りを入れ、太陽も上らぬ内に塔を抜け出したのはつい先ほどの事だった。

ルーが部屋にいない事が知れれば、塔中が大騒ぎになるはずである。ルー自身、彼の存在がどういうものなのか理解はしている。【カリカ】の救世主、とも呼ばれれば、嫌でも自らの影響力を自覚せざるをえない。そんなルーが行方不明だなんて、そんな緊急事態になれば、決まって皆が向かうのはかのレオンの所である。レオンのベッドまで駆け寄って、寝坊助なレオンを必死で起こし、皆でルーの居場所を問う、そうして眠気眼にレオンは、ルーがしばらく休養がてら隊を離れる事を伝えるはず。それで万事解決、とルーは考えていた。

レオンの所に皆が集まる事を見越して、レオンにはルーの考えを伝えてあったのだ。この機会を利用し、不穏分子のあぶり出しと隊の世代交代を図り、正体不明を貫く隊のシステムを若干ながら改変する。これが、ルーがやろうとしている事だった。しかし、表立って動くわけにもいかず、今回は秘密裏にルーがひとりで行動を起こそうとしていた。レオンにはさすがに止められたが、人数も少なく未成熟な者の多い今の隊に、超難度の任務に時間と命をかけられる人間はいない。レオン一人でさえ、今は隊の戦力の主力だ。そんな重要な人間を隊外に出す訳にもいかない。ただでさえ、今はルーが隊にいないのだから。そうレオンに言い聞かせれば、最後まで渋っていた彼もルーの考えを呑まない訳にも行かず。生きて帰れ、と真剣に言ったっきりでルーの行動を承諾してくれた。


ルーが到着した頃は静まり返っていた街も、太陽が昇れば少しずつ活気を取り戻していく。王都というだけあり、道幅も広く人も多い。賑わい溢れた町並みである。街に人が溢れてきたのを見計らい、ルーはいつも情報収集に使う宿屋へと足を向けた。城からは離れているし、あそこには美人の看板娘がおり、彼女目当てに国王軍の兵士もよく訪れる為、何かと使い勝手が良いのだ。内緒話をするなら人の集まる所。ルーの手にした情報もきっと、そこでやりとりされているに違いなかった。

「いらっしゃいませ!あらら、お兄さんその顔、お怪我ですか?大丈夫?」
「ああ大丈夫だ、ありがとう。すぐ良くなるさ」
「そう?あまり無理はなさらないでくださいね」
「ああそうする。今日も、いつもの頼む。朝食もつけてくれ、中身はまかせる」
「はい!今お持ちします」

すっかり馴染みとなってしまった店の娘に、ルーは注文をいれる。他の客と同じように、娘に気があると思わせるような、にこやかな笑顔をつけて。顔は覚えられてしまっているなら、それこそ何の為にこの宿屋の食堂へと足繁く通っているのかを悟られてはいけない。故に、彼はいつも作業をする娘が良く見える席をとる。時々先客がいることがあるが、そこは決まって空いている事が多い。他の客がルーと娘がデキていると勘違いでもしているのか。情報を集めるのに都合は良いので、ルーはあまり深く考えないようにしていた。今日もまた、客の中には兵士が紛れていた。

席に座り、娘を目で負いつつ耳は周囲の話に耳を傾けている。身体能力に秀でた【カリカ】は、五感がすこぶる良い。店中の客の話を聞き取る事でさえ、訓練を重ねたルーには尚更、造作も無いことだった。そうやって他者の話の内容を判断している内に、娘が皿とカップを手に、ルーの座るテーブルへとやって来る。他の客は相変わらず、ルーと娘の関係について下世話な話に花を咲かせているようだった。

「はい、お待たせしました!今日は、旬の野菜を使った自慢のスープですよ」
「早いな、ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ。あ、あの、あと、これを……」
「?」

テーブルの料理が素直に美味しそうに見え、スープとパンに目を奪われていた時、娘は突然口ごもり、ポケットの中から小さな紙袋を取り出す。ルーは内心が表に出ないように注意を払いながら、娘の動作を見守った。

「あの、お怪我が早く治るように、まじないを掛けたんです。寝る前にお怪我された所に張ってください、傷の治りが早くなります」
「ーーもらって、いいのか?」
「もちろんです!いつも、来て下さる御礼です」
「それは嬉しいな、ありがとう」
「い、いいえ!喜んでいただけて嬉しいです!」

娘の両手を包み込むようにしてから袋を受け取ると、彼女の頬は嬉しそうに赤く染まる。そうして、足取り軽くルーから離れていく彼女を見ながら、ルーは食事に手をつけはじめた。まずった、好かれた、そういう内心を極力押し隠しながら、ルーは食事をしつつ聞き耳を再開した。

客のする主な話は、先ほどのルーと娘との事と、街の噂話、商売敵の話、一般兵士の昇格、降格についてなどなど。未だ目当ての情報は無い。それからしばらくは、新しい客の入りが入る度に聞き耳をたてて、目ぼしい話がないか物色した。食事が終われば、替りを注文したカップを片手に、持参した冊子を広げ一枚一枚のページにゆっくり目を通す。内容はほぼ頭には入ってはこないが、あらすじのみを大まかに把握する。

そうやって小一時間が経過した所で、再び客の入りがあったようだ。娘がいらっしゃいませ!と元気に挨拶をする。すると、店内が少しザワザワと騒がしくなる。あれはまさか、そんな、あんな人がなんでこんなところに……と、客が驚いたようにひそひそと話をする。さすがのルーも気にかかり、ゆっくりと顔を見せの入り口にやる。そして。

「ルークス、久しぶりじゃないか。こんなところで……おい、その傷どうしたんだ?」

見知った顔に、ルーの心臓が飛び上がる。どうしてここに。

「バルト」

久々、という彼の言葉には語弊があったが、そこにはルーにとって大切な、親友の姿があった。ルーの頬のガーゼを見て、眉を寄せながらゆっくりと近づいてくる。昔は短かった髪を今は伸ばしているのか、綺麗な銀色が背中までまっすぐと伸びている。毅然とした態度は相変わらずで、整った容姿が客の目を一心に集めていた。だが、彼が注目されているのはそれだけではない。

「魔導師団、総隊長殿……」

誰かがつぶやいた声は、ルーの耳にもハッキリと聞こえた。彼は、今も仕事着のままだ。白いローブに金のペンダント。ルーの頭に、つい先日の光景が蘇る。

「おい、なにがあった、誰にやられた?」

そりゃお前だよ、ルーはいっそ言ってやりたい気分になって、持っていた冊子をバタリと閉じた。ルーには珍しく、その苛立ちが顕となっていた。






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