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07



「まさか……武兵隊のルーが休養を?」

書簡を受け取るなり、宰相は目を見開いた。

かの魔術師団長達との戦いから2日たった本日、武兵隊副隊長を務める男がルーの遣いとしてこの王宮までやってきていた。長期任務後は通常1週間程度の暇が与えられているのだが、隊長や副隊長格の隊員は休憩中に突然呼び出しを受ける事も少なくない。そういう状況であるからこそ、ルーは国王宛に正式に書簡を送ったのだ。隊長ではあるが、1週間程度の休養を頂き傷を癒したい、代わりの業務は副隊長が受け持つ、と。

「隊員が怪我を負ったとの報告は受けていなかったと思うが……?」

訝しげに宰相は副隊長を見遣る。だが、彼が何かを言えるわけもなく、ただ意味ありげにゆっくりを首を縦に振った。

「?つまり、その後に負傷したと?」

再び首を縦に振る。それを見ると、宰相は顔を顰め考えるように手を左手を顎にあてた。渋い顔をしている。

「何があったか、彼は言うつもりは無いのだろうが……敵による攻撃ではなかろうな?今までにルーが負傷したという話を聞いたことがない。どちらにせよ問題だろう、ルーにはそう伝えよ」

書簡や眼の前の副隊長の反応から、ルーの言わんとしている事が分かったのか、宰相は溜息を吐くと、ひと言ルーへの言伝を頼み副隊長を下がらせた。それを受け、副隊長は静かに頷くと一瞬の間に姿を消した。姿の見えなくなった副隊長を探すように、宰相は部屋の扉を見遣る。

「手負いの獣がどれ程やれるのか……見ものだな」

ふんっ、と呟く宰相の顔が先ほどとは一変、まるで彼らを嘲るようかのようだった。


























「ーーと、いうわけです」

ルーの遣いで城から戻った男は、男にしてはやや高い声で淡々とルーに報告を告げる。そこは、塔の最上階に位置する幹部専用の招集室。今この時、この部屋には隊長のルーと、副隊長である彼、スヴェン以外に人の気配はなかった。スヴェンは既に、外で身に着けていた仮面を外し、美しくも冷ややかな彼の素顔を見せていた。切れ長の目からは、何の表情も読み取れない。プラチナブロンドとも評される彼の髪さえ、彼の冷淡な雰囲気を助長しているようだった。

「そうか−−ご苦労だった」

部屋の奥に配置された一際大きなイスに座り、ルーはスヴェンの報告をひと通り聞いていた。内容には特に驚く事もなく、予想から大きく外れるような話はないようだった。表情をほとんど変えず報告を終えたスヴェンに負けず劣らず、今のルーにも特段何の表情も浮かんではいない。元々表情をすぐ表に出すようなタイプでもなく、相手が鉄仮面のスヴェンであるなら尚更だ。もしこの場に、彼ら以外に人間があったとしたら、彼らの冷め切った無言の応酬に口をはさめる者は誰もいないだろう。そういう独特の雰囲気だった。

そうして、ルーは報告の内容と今後の対応をゆっくりと吟味し始める。予想通りの反応をした宰相の反応に、それは本音かと疑問すら湧くが、今までにルー自身が療養するほどの怪我を受けた事がないのもまた事実。そういう反応も当然という気もする。まあしかし、とルーは考える。これを機に、武兵隊に仇なす不穏分子の炙り出しを行えれば。次の世代にもこの部隊を繋げていける。

黙りこんだまま、そこまで考えを詰めていたルーは、ふと目の前に気配を感じ、ハッとして顔を上げた。相変わらず無表情のまま、しかし何かを言いたそうに、スヴェンはルーをじっと見つめていた。思わず何だ、と先を促せば、スヴェンは口火を切ったように一気に捲し立てた。

「……今貴方は、ずっと先の事まで考えているのでしょうけれどーー、貴方は何をお考えなのですか?入隊間もない僕を副隊長に引っ張り上げたと思ったら、今度は僕に全権を委任して任務を遂行させるだなんて……無責任にも程があります。見ての通り僕は団体行動には向きません。足手まといになると思うといてもたってもいられませんし、他人の行動に合わせる事も大嫌いです、他人といる事で弱いと思われるのもごめんです。ーーかといって、僕は貴方やレオンさんのようにズバ抜けて強いわけでもありません、ーーーーなぜ、僕なんですか?」

息を乱す事なく淡々と訴えかけるスヴェンには、どこか哀愁さえ漂っている。普段から口数の少ないスヴェンだが、このように饒舌に話す姿も時たまみられる事を、ルーは知っていた。同時期に武兵隊に訓練兵として入隊した面々と比べ、彼は酷いコンプレックスを抱いている。体力不足、機動力不足、そして彼が一番得意とする俊敏ささえ飛び抜けている訳ではなく。他の面々に比べ、スヴェンが見劣りすると考える者は多い。だが、ルーは彼に目を付けた。

一見儚げな外見だが、しっかりとした自を持ち、時に相手を屈服させる程の巧みな話術を持っていた。そして何よりも、どんな状況下でも適切な判断を下し他を誘導できるだけの行動力があったのだ。武兵隊に訪れるだろう変化を支えられるのは、彼しかいない。ルーは確信していた。

「お前が入った時から決めていた事だ、あまり考えるな」
「え……」
「時期に分かる。今まで武兵隊は上手くやってきた。酷く大変な時期もあったが、今、この隊が波に乗っているのは確かだ。小さな集まりが、今や一国をかき乱せる程の力を得た。……だが、この調子のいい波がいつまでも続くとは思えない。隊には敵が多いし、人間の偏見が無くなるとは到底思えない。ーーだから、近々少し隊の形を変えようと思う。それには、お前の力が必要だと思っている。お前はいつも、冷静で正しい判断が下せる。俺はそれを買ってるんだ」

ひゅっと、スヴェンが息を飲む音がルーの耳にも届いた。きっと、ここまで評価されていると、スヴェンは思ってもいなかったのだろう。表情の中に微かな驚きが見え隠れしている。

今の話にあったように、ルーは隊のシステムを変える気でいた。未だ小さいながら、国のため、どんなに危険であっても、与えられた役割を完璧にこなしてきた。その甲斐あってか、国王の信頼も掴みつつある。だが、所詮はマイノリティである【カリカ】など、ちっぽけな存在なのだ。ルーは危惧していた。

隊のルールは、【カリカ】全体を守るための掟のようなものであり、実際そのお陰で【カリカ】内の平和は保たれており、むしろ武兵隊創設以降ら【カリカ】に対する悪質な事件は減少傾向にあった。武兵隊所属の【カリカ】を恐れ、面と向かった犯行や嫌がらせが極端に減ったのだ。日々、各地から飛ばされる情報で、随時確認を行っているルーは、細かい各地の動静も把握しており、【カリカ】を取り巻く環境は、確実に良くなりつつあると考えていた。

だが、急に力を持った【カリカ】に、他の人間達が恐怖を抱かないはずがない。偏見は根深く、ちょっとやそっとでは改善させられるはずがない。今はまだ表に出てはいないが、その内にきっと、恐怖が怒りに変わり、激しい暴力となって【カリカ】を襲うことになる。ルーはその前に、恐怖の芽を少しずつ摘み取るつもりでいた。だからその為に、スヴェンの力を欲していた。

「俺は隊を変える。今がそのチャンスなんだ。お前が必要だ、スヴェン。他には流されるな、己の正しいと思う道を行け」
「っ、はい……ですが、ルークス隊長、僕はーー」
「大丈夫だ、自信を持て。お前は十分に強い、ーー俺はしばらく留守にする。隊を、任せたぞ」
「っはい!」

緊張した面持ちで、しかしハッキリと返事を返したスヴェンに、ルーは満足して、にこやかな表情でその部屋から出て行った。去り際、励ますようにスヴェンの頭を撫でて行った。そんなルーの行動に驚いたスヴェンは、大きく目を見開いた。

憧れの隊の創始者、

【カリカ】を変えた救世主。

この場で、意図せずスヴェンのささやかな夢がひとつ、叶うことになった。
一人残されたその部屋で、スヴェンは胸を押さえ、混乱する頭で自分を奮い立たせる。やるんだ自分、もう弱くなんかない。ーー隊長に、頼られたんだ。

やがて決意を固めたように、彼は大きく歩き出した。






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