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06



「全くーーあれほど無茶は止して下さいと申し上げたのに!ルークスさん私の話、聞いてます!?」

任務が一段落し、落ち着きを取り戻した塔の中で。お決まりとなっているやりとりが早速始まっていた。その声を聞きつけた者は皆、またか、と呆れ半分に彼らを微笑ましく眺める。

「す、すまん……これはその、相手が急に攻撃をーー」
「ですから、せめてご自身を犠牲になさるような作戦を慎むようにと、私何度も申し上げましたよね!ルー総隊長殿!」
「わ、分かった、すまん、申し訳ない……気をつける」
「それが本心だといいのですが!ほら、右手!」
「は、い」

説教をしつつも、甲斐甲斐しくルー(正式にはルークスという)に世話をやくその女性は、看護師のリンだ。塔内で手当の出来る者は、リンを含め看護師3人、医師は1人だ。彼らは、塔の中で武兵隊を中心に怪我人や病人の世話をする役割を担っており、皆からも信頼される【カリカ】達だ。魔法で治癒できる術のある人間達とは対称的に、彼らは自然治癒や薬草、手術など、魔法に頼らない医術を研究している。彼らの研究は一般に極秘で、医術というものを知らない人間すらいるかもしれない。何を隠そう、医術を研究しているのは彼ら4人だけだ。そういう貴重な学を、彼らは傷ついた【カリカ】達を癒すためにこの塔内で使っている。

塔内には、彼らのような医師や看護師だけでなく、武兵隊を補助するために集まった【カリカ】達が暮らしている。人数は多くないが、武兵隊の噂を聞きつけはるばる遠方からやってきた【カリカ】も居る位だ。皆で暮らしを支え、武兵隊を支え、自分たちの希望を守るため、日々を生きている。

「はい、終わりましたよ。−−全く、そのお綺麗なお顔にこんな火傷なんかつくって……完全に消えなければ私、もう容赦しませんから!」
「……」
「お返事が聞こえませんけど」
「は、はい」

両手と顔の右半分に包帯を巻き終えると、リンは些か怒ったようにルーへと語りかける。渋々、俯き気味に返事をするルーは、まるで叱られる子供のよう。そして周囲からは夫婦漫才がはじまった!だなんて囁かれる始末、ルーは、新しい包帯が巻かれたばかりの両手で、思わず顔を覆った。これでも総隊長なのに。

「よろしい。では、次に包帯を変えるまで絶対安静ですよ。抜け出したりなんかしたらまた鎖でベッドに繋ぎますからね!」
「…………」
「ではお大事に、ルー総隊長殿!」

やれやれ、ルーは疲れたような表情で医院代わりの小部屋から去った。小部屋とは言え、修練場横の一区画にパーテーションで場所を囲っただけの簡易なもので、周囲には丸見え、丸聞こえ。帰り際には、組手を行なっていたらしい武兵隊員達には、生暖かい目で見られていた。ルーは猫背気味に修練場から石積みの壁をグルっとぬうように設置された螺旋階段を伝い、隊員達の部屋がある上階へと上がっていった。ルーは上階の扉の向こうへ消えるまで、隊員達の視線がジッと向けられるのを感じていた。


「毎度毎度……世話焼きめ」

ボソリ、1人になったひんやりとした廊下でルーはふてくされる。別に、これくらいの怪我どうってことない、とルーは塔に着くなり気を失った当日の事を棚に上げてそうごちる。普通より頑丈な【カリカ】には少しの怪我でも回復は早い。例え大怪我を負っても傷すら残らず回復する事だってあるのだから、ルー自身の怪我だってあと数日も立てば全癒するのだ、というのが彼の言い分だ。

総隊長であり、この武兵隊の創始者でもあるルーには、皆を守りこの武兵隊を発展させていく義務があるというのが彼自身の考えだ。自分の一存で、隊員達全員に危険な任務を負わせ、隊として名を売って行かなければならない。だからこそ、それを命じる自分は、自分自身を犠牲にしてでも隊員達を生きて返すべきなのだと。数年前、自分のミスで1人を死なせてしまって以来、その気持はより強いものとなっている。その当時、その隊員の家族から、死んだ彼も本望だと、そう優しい声をかけられたのは彼の心に酷く沁みた。今でも彼の家族は武兵隊に尽くし、物資や食料の調達を引き受けてくれている。そんな、心優しい彼らが自分を信頼し、この隊の為に動いてくれている。それを無駄には絶対したくなかったのだ。

ルーは廊下を奥へと進み、最も奥、自分の割り当ての部屋の扉を開けた。基本、武兵隊員の部屋は5人部屋で、それぞれのチームの編成隊で分けられている。つい先日は訳あって4人で行動をしてはいたが、基本は5人のチームなのである。だから、この部屋を使うのは、ルー率いるチームのメンバーだ。

「ルー、調子はどうだ?」

ルーが入るなり声をかけてきたのは、先日チームには居なかったチームの最後の1人、レオンだった。金髪の鬣のような髪に、【カリカ】には珍しい小麦色の肌をしていて、黒のタンクトップから覗く身体はとてもガッシリとしている。ベッドに腰掛けてはいるが、2mは超えるその身長が、彼を一層逞しく見せている。ルーに向かって手をふりにこやかに声をかけていなければ、彼は非常に凶暴な顔立ちをしていた。本人は否定するが、顔面すらも泣く子も黙る百獣の王そのままだった。実際、力もあり戦いの勘は鋭く、当に戦士として相応しい体格をしているのだ。しかし、レオンの気性はとても穏やかで、争い事は好まないらしい。ルー曰く、宝の持ち腐れだという。

「レオンか……ああ、調子は悪くない、あと2〜3日すれば傷も消えるだろうが……安静にしなければ俺はまた鎖でベッドに繋がれるらしい」
「ブッーーおっかねぇカミさんだなあ!」
「ち、違うって、何度も言ってるだろう!そもそも俺には心に決めた人が……」
「おうおう、だったらそりゃ誰なんだ?様子を見てる限り、そりゃリンだろうが」
「……リンじゃない、けどそれは秘密だ」
「なあ、そろそろ教えてくれたっていいんじゃねぇか?俺達もう10年近く一緒にやってるんだぜ?」

いつものような軽口の後、ふとレオンが疑問を口にした。レオンの言うように、ルーとは長い付き合いで、レオンは武兵隊発足時の初期メンバーの1人なのだ。それにも関わらず、ルーは心に決めた人がいるとずっと言い続けていながら、それが誰なのかは決して言おうとはしないのだ。誰がどう聞こうとも決して口は開かないものだから、多くの人は聞くこと諦めている。しかし、レオンを含め一部の旧メンバーは今でもしつこく問いただしてくる。旧知の仲ではあるが、ルーにも言えない訳がある。

「だから毎度言ってると思うが、お前達の思ってる人間ではないし、教えるような事があれば俺は武兵隊から出て行く」
「……全く、何だかなぁ、別に想い人教えるくらいで……」
「気にしなくていい。俺の気持ちの問題だ。−−もう、寝る!」

少々、レオンのしつこさに苛立ちを感じながら、ルーはピシャリと言い放つ。その思い人の事を話題にするのはかまわないのだが、しつこく詮索される事は嫌いなのだ。足早に壁際に並べられたベッドの方へ向かい、自分のそれに潜り込む。知られたら、それこそ終わってしまう。ルーは枕に顔を埋め、そのまま部屋からレオンが出て行く音を最後に、ルーは言葉通り眠りについた。






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