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05



「ーー見事、」

その一撃の後、静まり返った森林の中でそう呟かれた。

そう呟いた男は、クロスした2本のナイフで首を捉えられ、仰向けに地に倒れている。ルーはその上に跨り、両手でナイフを握っていた。その周囲には、意識のない男が2人倒れ伏している。首元から地面に転がり出たペンダントが、森林の隙間からの木漏れ日に反射して時折鈍い光をゆらゆらと放つ。それ以外、彼らの周りに動くものはなかった。

この状況から、この小競り合いにルー達武兵隊が勝ったのは言うまでもない。だが、魔術による攻撃を身に受けたルーが無事なわけがなかった。男を制圧したその様子からは窺えないが、十分な深手を負っていたのだ。放たれた炎の光と衝撃にやられて一時的に右側の目と耳の機能が麻痺していたし、熱による炎症で両手の感覚は痺れ、火傷の痛みで身体はルーの言う事を聞かなかった。その瞬間に男が油断をしていただろう事を踏まえても、普通の人間からすれば、そのような怪我を負いながらそこまで動けた事が不思議としか言いようがなかった。傷を負いながらも、ルーは普通の人間の倍以上のスピードで男を拘束したのだ。
それ故に、男はルーの異変に気づかない。


痛みで体が悲鳴を上げる。怪我による熱で朦朧としかける思考を必死で繋ぎ止めて、ルーは男を押さえる。このまますぐにこの場から消えてもよかったのだが、ただ少しだけ、ルーには言っておきたいことがあった。

「私をどうする?脅すか?気絶させるか?」

荒くなりそうになる呼吸を必死で抑えつつ、ルーは男の声を捕えた。意識して男を見れば、細めた彼の眼中に映る色は疑念か恐怖か、はたまた好奇心なのだろうか。

ルーは一瞬の躊躇の後、ゆっくりとした動作で男の耳元に口を近づける。互いの呼吸音が聞き取れる程の距離、ハッと、男が息を飲む音がルーにも聞こえた。

「言え、何が知りたい」

そこにいる2人にしか聞こえないように、囁くように、ルーは男に問いかけた。おそらくそれが、武兵隊初まって以来の“譲歩”だった。

「言え、この場限りだ。二度とない」
「あ……、待て、少しだけ考える時間を−−」
「二人が目を覚ます。あと20」
「っ、では、教えてくれ、君等はなぜそう、話す事を拒む?」

ルーの声音につられてだろうか、男の問う声も小声になった。しかし、こういう状況にあっても、男は冷静さを失ってはいない。魔道士団総隊長の名は、伊達ではなかった。

「【カリカ】を、疎む人間は多い。そういう感情を人一倍、持つような人間は、必ずいる。どんなに崇高ぶっても、所詮は人間。往々にして、何かしてくるヤツが、出てくる。そういうヤツから、この部隊と、【カリカ】の、人間を守るために、素性は、一切明かさない。それが、ルールだ。ルールを、蔑ろにする人間は、部隊には、要らない。【カリカ】全体にすら、影響する」

感情も込めず淡々と、ルーは語りかける。時折息が乱れるが、男もルー自身も気にしてはいられなかった。

「それが要らぬ疑心を生むとしても、そこまでする必要があるのか?語りすらしなければ一層の不信と疑念を生む、お前達にとってもやりにくくなるだろうが」
「それは、問題にならない。端から、【カリカ】に疑心のない人間は、存在しない。語っても、語らなくても、それは同じ。ならばいっそ、徹底的に、隠れる方がいい。ただそれだけだ。

−−ーー時間だ」

ふと、二人の耳に呻くような声が耳に入り。ルーは動く気配を感じ取る。ハッとしたように男がそちらを見やれば、気絶していた団長達が意識を取り戻したようだった。そうした次の瞬間、気がつけば男の上に乗っていた体重は瞬く間に消え去っていた。

「おい待っ……」

それに気づいて男は声をあげるが、既にその場からルーの気配は消え失せていた。まるで何事もなかったかのように。男が呆然と周囲を見回すも、目に入るのは、彼らが投げたナイフだったものの残骸が、数本残っているだけだった。もっと投げていたはず、そう男が思えども、その場に残っているのは使い物にならなくなった鉄くず、ただそれだけだった。まるで先ほどの出来事がなかったかのように。

「ゆめかうつつか……」

彼らの消えた方向を見やりながら、男はひっそりと呟いた。






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