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02


ジリジリとうるさく鳴り響く携帯電話。しかし、動きを見せる者はいない。しつこく鳴り続ける音に、次第に鳴り止まないベルを気にかけ動きを止める輩も出て来た。誰だ、そう互いに音の出処を探る者までで始める。

それを知りながら、俺は無意識にポケットを抑えた。

「あの……サガラさん、携帯なってません?」
「………」
「サガラさん?」

どうやら近くに居たナカライさんは気付いてしまったようだが……そう、鳴り続けている携帯電話は俺のものだ。億劫さ故に幼稚な逃避をしようとした。

ここの所、俺にしつこく食い下がってくる連中がいるのだ。そんな腐った所にいないで、こちらに来て力を尽くさないか、と。どういうネタを仕入れたかは知らないが、見る目が腐ってるんしゃないかとさえ思ってしまう。繰り返し言うように、自分にそこまでの力量はないし、何より“おかかえ”でやってやろうなんていう気は微塵もない。やりたい時にやれればそれでいい。だから、何を言われても俺の答えはノーだ。

二ヶ月程前からしばらくは、諦めたかのように音沙汰もなかったのに。ここ数日、俺が仲間と上手くいっていないとどこから聞きつけたのか、勧誘の電話が鳴りっ放しだった。部屋に篭ってる間も数時間おきに鳴るものだから、常時電源を切っていた程だ。入れた途端、不在着信50件だなんて、失神するかとさえ思った。留守番サービスを切っておいてよかった。連中が、揃いも揃ってなぜ俺にこだわるのかが全く理解できない。ただちょっと情報収集が得意で、少しプログラムの扱いに慣れているというだけで。どいつもこいつも。


だが一方で、改めてよく考えればこれはチャンスでもある。この、鬱陶しい連中から少し距離を置けるまたとないチャンス。仕事だと言えば連中も少しは離れる。……流石に尾行は……しないと思いたいが兎に角、俺はこういう馴れ合いは嫌いだから都合はいい。

散々悩んだ挙句、意を決した俺は、隠していた携帯電話をジーンズのポケットから取り出すと、背に乗っている奴を振り落としてシッシッと離れるように手で合図した。そのまま廃工場の出口を目指し歩きながらコールに出る。ここまで十数コール。相手も中々しつこい。

「はい」
『ああ、今日は出ましたね、珍しい。出なかったら新しいプレゼントを用意しようと思ったのですが……何です、あなた、またあの鉄臭い工場に居るんですか?いい加減、私の所へ来ればいいのに』
「……用件は?」

廃工場から抜け出した俺は、電話を片手にそのまま家路へと足を向けた。帰っちゃうんですか〜という声には後ろ髪すら引かれなかった。ペットみたい、だなんて思ってしまった過去の自分を殴り殺してしまいたい。

『相変わらずですね』
「用が無いなら切る」

クスクス、そう言って馴染みの良い声が笑いを堪える音に苛立ちを感じつつ、俺は話の先を促した。話を少ししただけでもずる賢いキツネを連想させるこの男は、とある団体の跡取りらしい。半年程前から秘密裏に俺を使ったり利用したりするようになったのだ。俺の事は噂で知ったらしい。取引は電話と電子メールだけで済ましてしまうため、俺はこの男に実際に会った事はない。だが、会わずとも分かる、この男は相当の切れ者。それでいて腹の中は真っ黒だ。

『まぁ、冗談はさて置いて、あなたに調べて欲しい事があります』

以前俺は、この男の素性を調べようとした事があった。何ひとつ教えてくれない相手の鼻を明かしてやろうという軽いきもちだったのだ。しかし、メールからも電話からも、俺は男を辿れなかった。いくらお偉方がガードされているはいえ、俺でさえ情報のひとつやふたつくらい簡単に手に入る。だがこの男はというと、普通ではあり得ない程頑丈に守られている。二重三重にロックされており、ダミーの数も手が込んでいる。よっぽどの大物なのか、あるいはーー他人に知られたらまずいような人物なのか。

そうして終いには、『そんなに私の事が知りたいなら言ってくれれば良いのに、私が手取り足取りーー』だなんて、俺の行動が筒抜けである事をまざまざ知らしめてきた。その時俺は悟った、この男には絶対に敵わないと。以来、俺は大人しく、だがしたたかに男の依頼を受けるようになったのだ。

『あなたには、九十九(ツクモ)という一族について調べていただきたい』
「……九十九の一族?どこのツクモ?」
『東海の山口組。ここまで言えばわかりますね?』
「テコ入れの件か?」

山口組。元は東海方面から名を上げてきた者達だが、ここ最近で勢力を急拡大させてきた。今では関東でも指折りの組に数えられる程で、かなりの広範囲を支配下に置く珍しい組だ。今尚、勢力は衰えを知らず、関東での地盤を固めつつある一派。とある筋の情報によれば、最近ではこの組をめぐっての小競り合いが絶えず、山口組がその糸を引き大物同士の共倒れを狙っているとか。

『さすが。それのルートと方法を探ってください。金に糸目はつけません。前金がフタマルマル、成功報酬は言い値でどうぞ』
「……桁が多い」

そういう事情故に、この山口組の情報はとんでもない価値を持っているのだ。内部の事情や構成員の素性などなど、知りたがる関係者は多い。だが、広い縄張りを持つが為に焦点が絞れきれず、結局はまともな情報すら集まらない。それ以上に、彼らに見つかれば終わりだ。どこまでもしつこく追われる羽目になる。正直やりたくない。この男も、俺がやりたがらないだろう事をがわかっていながらこの金額をふっかけてきたのだ。少しだけだが目が眩んだ。

『あれ?やりたくありませんか?』
「……そんだけハイリスクって聞くと、食指がな。あんたならこれくらい自分で調べがつきそうだが」
『私にも色々と動けない事情があるんですよ。……じゃぁこうしましょう。あなたがこれを受けてくれたら、あなたの欲しい情報を差し上げます』

男の提案に俺は道半ばに一瞬立ち止まった。大通りを歩く人々が迷惑そうに俺をよけて進んでいる。男の提案によれば、自分はしばらく金に困らず、欲しい情報も手に入れられる。金には困ってはいないが、この先に不安は尽きない。この男の提案に、俺はグラリと傾いてしまったのだ。特に情報に関しては、金を投げ打ってでも飛びつきたい程に惹かれた。知りすぎているこの男にだからこそ、頼める事というものがある。ずっと知りたくて、しかし自分で動く訳にはいかなかった情報を。

「情報……何でもいいのか」
『もちろん。何なら私の素性でもーー』
「それはいらん」
『……なぜです?普通なら絶対に教えません、出血大サービスですよ?』
「胡散臭いし知ったら知ったで面倒だ」
『……残念、私の個人情報レベルだったらどんなことをしてでも手に入れたいという人ばかりなのに……知ってます?私の情報の市場価値がどれくらいなのか』
「…………」
『億は下りませんよ?』
「俺には無価値だ」
『随分、無欲ですね』
「興味がないだけだ」
『つれないですね……では話を戻しましょう、あなたの欲しい情報は何です?』
「◯×県内の抗争、ここ3ヶ月のものを小さいものから大きいものまでリストアップしてほしい。勝者と敗者がわかるように」
『◯×県ーー出身地がそんなに気になりますか?』

様々な言葉遊びにはスルーを決め込むが、突然飛び出た発言に俺の胸は大きく波打った。初めて会った時も全く同じ事を思いはしたが、本当に、俺の何もかもを知っていそうで怖い。それでいて悔しい。相手に手も足も出ない自分の力量の無さが。

『……いいですよ、リストを後日送付します。契約はそれからで構いません』
「ああ……それで頼むーー、ミツキ」
『……名前呼んでくれるの、もしかして初めてじゃありません…?』
「さあな」
『全く、あなたは私のツボを抑えるのが上手ですね……ではまた』

最後まで俺の逃る余地を残す男が少し憎らしくて、俺は出来る唯一の犯行を試みる。俺の言葉が、時に男を弱らせる事を知っている。フフッと苦笑しながら、男は挨拶を終えるとアッサリ電話を切った。ツー、ツー、という音を聞くと、大きなため息が出た。

しつこく食い下がる割にはあっさりとしているこの男。扱いが上手いというか、心得ているというか。

俺を組織に、と求める連中は多くはないが、この男は中でも一番俺を理解している。どういう事に触れられるのが嫌いだとか、自分と身内と赤の他人の境界がどこにあるだとか、俺のラインの中に入りすぎず離れすぎず、絶妙な位置に身を置いてくる。だから俺は、拒絶も享受もしかねるのだ。もしかすると、俺が一番気を許しているのはチームの連中でもナカライさんでもなく、この男なのかもしれなかった。

この男が俺がどういう経緯でこの仕事を始めたのかを知らないはずがない。裏社会の人間だか何だか知らないが、最初だって、誰にもバレないようにしていたはずの俺の家を知っていて、この携帯電話が家に送られて来たのだ。あの時は恐怖だった。

突然家のポストに届けられた謎の携帯電話と手紙と小切手の入った封筒、
そこで鳴り出す持ち主不明の携帯電話、
電話に出れば、あなたの腕を見込んで頼みがあります、と言う携帯電話の送り主、
依頼を受けなければあなたの事を徹底的に調べ尽くして差し上げます、と脅す正体不明の男、
挙げ句の果てには、電話の切り際のいつも見ていますよ、という不気味な発言。

恐怖のせいか、まともな判断のできなかったその時の俺は、男に言われるがまま仕事をこなし、暗号化して資料をメールで送った。自分の正体が調べられてしまう、それが嫌で泣く泣く依頼を受けた俺だったが、よく考えれば俺のしょうもない情報なんかとっくの昔に調べてあげられていたに違いないのだ。でなければ、俺の家に俺名義の携帯電話なんかが送られてくるはずがない。それに気付いてからも、俺は最初こそ男に怯えていたが、しばらく経っても男が俺の情報を掴んでいる事を槍玉に上げる様子もない。ホッとした反面、何故だろうかという疑問ばかりが湧く。本名も知らず顔も知らず、電話口で聞こえる声だけが頼り。知りたい、という欲が芽生えるのもそう時間はかからなかった。先ほどの応酬で男の提案が出た時。正直イエス、と言ってしまい気持ちもなかったわけではない。だが、男がどこまでを境界と捉えているかわからないまま一線を超える事は恐ろしい。非常に細い糸で繋がれた今の関係を崩すにはひどく惜しい気がしたのだ。俺の弱い所も狡い所もみんな分かっている上であえて、俺を誘うのだ。実のところ、これ以上に惹かれる話など他になかったのだった。

何時の間にか到着していた我が家へ、俺は足取り重く入っていく。いつまで経っても、やはり俺は弱いままだった。
 





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