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03



ふわり、僕を慰めるかのように顔を撫ぜる柔らかいモノに、意識が現実に戻った。
ギョッとして目の前を見れば、フワリとした白い毛が見えた。手を伸ばして触れると、温もりが伝わる。独特のオーラ、威厳ある体格。
この場で間違うわけがない、聖獣だ。

この、白い狼のように見える聖獣は、人と同じ背丈でとても美しい獣だ。人々を導けるほど知能が高く、恐ろしい程に強い。そして何より。
神のご加護は他の何者よりも強い。聖獣の存在が在るだけで幸運が舞い込む。

僕の肩に顎を乗せ、慰めるかのように頭を押し付けて来る。手を首にあてれば、多少粗があるが、十分にふわふわとした感覚が手に伝わってきた。段々と気分も上昇してきて、肌に触れる感覚が気持ち良くて撫で続ける。すると、手に触れるモノがあった。細い、糸のようなもの。目立ちはしないが、良く良く目を凝らせば見えてくる。触れれば、その糸はぐるりと首に巻きついているようだ。苦しくはなく、しかし抜けない首輪のように。引っ張ってもビクともしない。途端頭を掠めた嫌な予感に眉を潜めた。ジイっと糸を見つめていれば。こちらを覗く優しい双眼に気付いた。銀色に輝く虹彩に獣らしい瞳。その奥からは微かな哀愁が感じ取れた。僕はハッとした。確かめるように糸を辿れば、思った通り、辛気臭い顔でこちらを見つめる救世主達の方へと繋がっていた。直感した。

この聖獣はずっと従わされていたのだ。きっと、魔法のようなこの糸で。そう気付けば益々ニンゲンのご都合主義が鼻についた。聖獣を信じもせずにその力に縋っていた。

「……切らなきゃ」

僕は呟いた。

両手で糸を挟み込み、力を込める。炎で焼き尽くすつもりだ。意識的に白い玉を作り糸を焼き切る様子をイメージする。両手を開き確認すれば、糸が炎に焼かれ見る見る内に細くなり、パッと音もなく弾けた。成功した、そう感じた。

ジッとしていた聖獣は解放されたと分かったのか、僕の顔を人舐めすると、 勢いよく飛び上がった。そしてしばらく、僕らを眺めたかと思えば、大空に吸い込まれるように消えてしまった。それはあっという間の出来事で、僕らはただ呆然とそれを見ている事しかできなかった。


「聖獣が……!」

呟いたのは救世主だったか。



「……なぜ魔王の味方をする……」

聖獣の消えた空をいつまでも見上げていた僕に、そう声をかけてきたのは、例の剣士だ。空から目を離してそちらを見やると、渋い表情で僕を見るその姿が目に入った。まともに見た彼は、短く刈り込まれた赤毛が印象的だった。

「恩があるから」
「……恩、とは?食われそうにはならなかったのか?」
「色々教えてくれたから。……あと、食われそうにはーーなったけどお仕置きはする」
「…………」
「オイ貴様、そんなに私に喧嘩を売りたいのか?恩はどうした恩は!」
「だって事実だし」
「じ、事実……!?」

それからしばらく。
色々と混乱はあったけれど、結局、救世主と剣士は魔王を倒すどころか僕と戦う事すらなく帰っていった。ここからは自分達の問題だと、苦々しく口にしていた彼らの姿は少しばかり小さく見えた。

「おいルーイ。お前、どういうつもりだ」

敵である彼らの背がちょうど見えなくなった所で唐突に、魔王はそうきりだした。きっと、僕が黙れと要求したから今まで聞きたいのを胸の中で我慢していたのだろうと思う。茶化せるような場面ではないが、躾が成功したような気分だった。

「どうって……ただ自分のしたいようにしただけ」
「……だからといって、お前が私を庇う必要はなかったろう?ニンゲンには魔王に奴隷にされていたと言えば誰も疑わない、お前のその力だって隠せんこともない。普通の暮らしに戻れるチャンスはここしかないとあれほど……」

苦々しく僕に詰め寄る魔王の言葉は、まさしく魔王に相応しくない言葉の羅列だ。自分を犠牲にーーといっても数百年ほど封印されるだけ(魔王にとってはその程度)だろうがーー、らしくもない。

だがこの魔王は、きっと元からこういう性質なのだ。僕が最初に会った時だってそうだった。ニンゲンなんてさっさと食い殺してしまえば良いものを、『泣いてたから(可哀想だった)……』などとのたまい、奴隷という名目で自分の子供を育てるかのように仏頂面で世話を焼くのだ。こんなのが、たった1人で世界を揺るがすほどの力を持った魔王だなんて、僕だってたまげた。聞いた時は二度見した。

「だから、僕は別に普通の暮らしなんて求めてないの。メシ食って水分取って生物の観察さえ出来りゃいいの、ニンゲンの観察なんか頼まれてもヤダね、むしろ魔王とか魔獣?辺りの生態が観察出来てたらそれでいいんだから」
「…………」

相手に言い分があるように、僕にも理由はある。僕だって科学者の端くれのつもりだから、生態系の観察、しかも未知なるそれの、だなんていったら何を差し出してもいいくらい、やってみたい。むしろ、ニンゲンなんていう、あの閉鎖的な連中の所で暮らすだなんて死んでも嫌だし、観察は生物を間近で見る事がかかせない。理由なんていくらでも並べたてられる。並べれば、僕のみっともない言い訳は、それも山程に。

「もちろん、そういう理由は僕の中ですごい、大っきいんだけどさ……けど、」

しかし、結局は僕のエゴイズム。僕自身がどうしても嫌なものがあるだけ。

「魔王だって……1人はいやでしょ」
「!」

自分の顔から火をふけるような、そんな強烈な言葉だったに違いない。けれど僕はこの時、頭がどうかしていたのだ。

「×××がいっしょにいてくれないとやだ。生きてけない……」

言葉半ばに俯いてしまえば、声は段々と弱々しいものになってしまう。本気で、僕は1人が嫌いなのだ。それこそ、ニンゲンとの一件で疑り深くなってしまった今では尚更。新しいのは怖い。ニンゲンは怖い。この世で最も恐ろしいのはニンゲンだと、身をもって知ってしまった。
だからなのか。
こんな僕の言葉に、魔王が息を呑んだのはすぐに分かった。そして、ゆっくりと魔王は僕に手を伸ばす。

「ーーーールーイ、」

強い者が勝つ、弱肉強食。
それはきっと言霊にもーー。





E N D










久しぶりに短編を更新しました
最近ずっとギャグ続きだったので、少しぐっとくる?ようなものを書いてみたかった
あ、あと曖昧に終わらせるっていう手法を使ってみたかっただけ
要約すると悪役主人公ってヤバくね?
貴重なお時間を割いての閲覧ありがとうございました


【CAST】
主人公:ルーイ(本名ルイト)
不幸少年兼愛玩動物

魔王:(×××)
オカン疑惑をかけられてしまったようだ

救世主:アース(本名アスカ)
きっと勇敢

剣士:……
例の如く救世主LOVEp





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