Main | ナノ

02



必死になって走る。大きな怒鳴り声を背に感じつつも、次々と溢れ出る涙を拭い、死に物狂いで走る。僕をいざなう白い光を目印に。この地で僕は孤独だった。だから、この小さな光だけが頼りだ。服はボロボロ。靴は取り上げられた。体も、体力が衰えてあちこちが軋んでいる。思考も止めた僕は、何も考えずに追いかける事しか出来ない。涙で滲む目の奥に、父の死に際の顔が浮かんだ。



ーーそれからどれ程走っただろうか。気づけば森の中をフラフラと走っていた。ここまでの記憶はスッポリと抜け落ちているが、目の前には相変わらず小さな光が漂っている。朦朧とした意識の中、周囲を見回せば、そこは暗い森の中だった。不気味さが漂っていたが、僕にはそんな感情さえ感じる余裕はなかった。

それからもしばらく小さな光は僕を先へといざなった。そうして、気づけば美しい湖の畔へと出た。小さな光はある場所にたどり着くと、その場でクルクルと回り始める。僕は誘われるようにその場所へ向かう。ゆっくりとそこへたどり着くと、光は僕の髪を一瞬フッと撫ぜ、回りながら上昇していった。行ってしまう、そう思った時には僕から自分のものとは思えない、掠れた声が飛び出す。

「ーーねがぃ、ーーとり、ーーないで」

随分話していなかったせいで、それは声とは呼べない酷いものだ。それでも、僕にはそれすらどうでもよかった。一人はもういやだった。

手を伸ばすも、それは見る見る内に高い所へ離れて行く。ああ、と思った瞬間には小さな光の塵となって少しずつ消えていった。キラキラ光る塵をひたすら追い、最後のひとかけらが見えなくなるまでただ縋っていた。

何もなくなった、そう認識した瞬間、僕の体からフッと力が抜け、そのまま地べたに座り込む。呆然としていた。しかし、それからしばらくジワジワと襲って来たのは、右も左も分からないまま、一人で生きていくという酷い現実だった。ただそれでも、僕は自由になった。あれ以上痛めつけられる事はないし、食料もきっと、水も十分手に入る。これ以上に幸福な事はない。

ひたすらにそう、思い込む事でしか自分を保てそうになかった。



「なぜ人間がここにいる!?」
「!!?」

さめざめ、俯き震える僕に突然かけられた声に、僕は飛び上がった。ただ、次の瞬間には、その声をかけてきたモノの美しさに目を疑ってしまった。なぜこんな森の奥に、と。

人でない事はすぐに分かった。しかし、美しさに目を奪われ、恐れすら忘れさせた。漆黒の髪は腰程に長く、しかし手入れを欠かさぬかのように滑らか。その髪の間から突き出た角は、彼が人でないことを証明していた。顔立ちも、地球での欧米人のように堀は深く目鼻立ちもはっきりとしていた。色は白人に近いだろうか。黒いローブに包まれた身体は凛々しく独特のオーラがある。遠くから見ても大柄だろう事がうかがえた。そんな美しさの中でも、特に目は印象的だだった。切れ長に浮かぶ紅色。毒々しくもあるが、目が惹きつけられて離す事ができない。ジイっと見つめられると、動く事すら憚られた。

これ程までに美しい人を見た事がなかった。目の前にしただけで衝撃を受けたものだから。それが目の前に来るまで、話しかけられている事に気がつけなかった。

「オイお前、私が話しかけているのに無視とは……いい度胸だな?ニンゲン」
「…………」

意味を理解するまでに十秒ほどかかった。どうしてこんなに美しいものが森の奥に潜んでいるのかと。何より、目の前のそれが何者か分からないし、どう応えていいか分からない。声すら返せるかも分からない状態だった。

「…………」

この時、僕は首を横に振る事で問いに応えた。声を出すよりも、早いと思った。

「……喋れぬのか?」

首を横に振る。

「……ではなぜ喋らんのだ?」

しばらく動きが止まった。

「……もうよい……、ではお前、何者ーーいや、ニンゲンか?」

縦に振る。

「なら、私の事くらい聞いているだろう?私は魔王だ。魔王は人を食うぞ、恐くないのか?」

一瞬迷って取り合えず首を横に振った。事実、これが人でない事は分かっているが、この魔王だというモノに恐怖は感じてはいない。別にここで食い殺されたとしても、それは自然の摂理。だがそれ以上に、魔王とやらの慣れ慣れしさからは野性味というか……食うぞ、という殺気(?)が感じられない。野生動物にロックオンされるような経験があるが故に、魔王に対する恐怖はなかった。

「何とーー!なるほど、奇特な人間もいたものだ……」

奇妙なモノを見た、そんな驚きで魔王の目は見開かれていた。
そして、

「ふむ、ニンゲンを奴隷にするのも一興」

そう言った魔王は、僕が言葉を理解するより早く僕を俵のように抱き上げると、バッと大空目掛けて飛び上がった。

それが、僕と魔王との出会いーー






list
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -