Main | ナノ

01



深い森の奥に住む生物達は、日々過酷な生存競争の中に身を置く。小動物は大きな肉食動物に命を狙われ。連鎖の頂点に立つ動物でさえ、互いの命をかけて縄張りを勝ち取り生を育み後世へと種を遺していこうと必死なのだ。自然界の理は立派に回り、弱い種は淘汰されゆく。

「魔王は人を食うぞ?恐くないのか?」

そしてそれはきっと、この世界では人間にも当てはまる。我らが種族が頂点だと思い上がった人間も、この地では人食の者たちにより淘汰されていく。

「何とーー!なるほど、奇特な人間もいたものだ……」

弱い者から死んでいくこの世界は、人間の住む世界さえ自然界そのもの。だから僕は、地球とは全く別のこの世界にすんなりとなじめたのかもしれない。世界には魔法があった。魔王がいた。聖獣がいた。幼い頃から父に連れられ、自然界を見て回っていた僕は、それを拒絶すらせずごく自然に受け入れたのだ。

「出たな魔王!人間を襲うお前は俺が倒してやる……!」

だがこの世界の人間は、人間の上に立つ存在を嫌い駆逐しようと試みていたのだ。彼らは魔導士の育成を強化し、かの伝記に伝わる救世主となるべき異世界人を呼び出したのだ。言い伝えによれば救世主は魔王の闇を打ち払う白い炎の使い手、剛健なる剣士と聖獣を従え魔王を調伏せしめるのだという。

少し前、世界に召喚された救世主は、伝記そのままに黄金色の髪を纏い世にも美しい姿をしていた。人間はこぞって救いを求め、封印させていた聖獣を彼の元へ差し出し、国一番の剣士を従えさせた。それはもう、国をあげて、世界をあげての一大作戦。

そして今−−

「うぐっ……!」
「どうだ魔王、みんなの苦しみを思い知ったか!」
「アース、もう少しだ!」

魔王と救世主達は対峙している。救世主は、自らの炎の力と聖獣から貰い受けた聖なる力を駆使し、魔王を追い込んでいる。魔王一人に対し、救世主一行は二人と一頭。さらに魔王はこの地から仲間を逃がすため力をかなり消費している。

頭数だけでも明らかに、魔王は不利だった。
一方的、とも言える攻撃。

「これで終わりだーー!」
「!」

救世主が大きく両手を振り上げると間に光の玉ができた。それはみるみる内に大きくなり、巨大な炎の玉と化した。これが魔王に当たれば唯では済まないだろう。素人の僕が見ても十分に想像できた。

そんな僕は、その光景を目の前で、魔王の結界に守られながら見ている。胸がザワザワとして落ち着くことなんてできやしない。この土地にきてからの日々が思い返された。魔王の生態、魔獣の存在、弱肉強食の世界……。そして僕は思わず、結界の外へと飛び出した。バチンッと音がしたかと思えば、結界は瞬く間に消えさった。もう後には引けない。

「バカッ!ルーイやめろ、下がれ!!」
「何!?」

ルーイ、間違ったその呼び名を呼ばれるようになってからもう大分経つのだ。

魔王の目の前に飛び出して。僕は魔王目掛けて襲って来るその炎の玉を、瞬間的に打ち消した。盛大な爆発音と共にソレは消滅し、彼らはまとめて数メートルほど吹き飛ばされた。僕も耐えきれず後ろに飛ばされ、生々しい怪我を負った魔王に抱きとめられた。相変わらず大きい。そうして、爆風が止んだかと思えば、途端に焦ったような声が後ろから飛んできた。僕は聞こえないフリをして、さっさと魔の手から解き放たれた。

ここまできてようやく僕は決心を固めた。人間に在らざる者と呼ばれようが、魔の者と呼ばれようが。
そうだ、僕はこうせざるを得ない。僕の良心が、かの魔王を痛めつける事を許さないのだから。僕の人生は、余りにも人間界から離れすぎていた。自分でもおかしいと思うがーー自然の摂理を壊そうとするこの人間達を、僕は疎ましく思う。

「、何をする!貴様、何者だ!?」
「魔王の手下か……!?いや、でも彼、異形じゃ、ないーー?」
「馬鹿者!これではお前はッ、人間界に戻れぬではないか!!奴隷の癖に私の策を台無しにする気か!?」

口々、何かを吐く周囲は煩く、僕は思わず顔をしかめた。勝手に出て来てなんだが、もう少し穏やかに出来ないだろうか、と思ってしまう位には煩わしかった。

「煩い……」
「おおッ、喋った」
「お前……私に対して煩いとは何事だ!先ほどから……」
「ヘタレは黙ってて」
「へ、ヘタレだと!?そんなことを言っていると……!」
「全部喋っちゃうよ」
「ぐぬぬ……」
「……魔王が、」

今の僕は機嫌がよろしくないらしい。おかげで、人様の前で魔王をけちょんけちょんに……
こんな風に、思わず普段のように接してしまったが、別に魔王を卑下しにわざわざ出てきたわけではない。僕の目的はちゃんとある。わざわざ面倒な事態に巻き込まれようとしている、その目的。全部を収束させるためだ。救世主だか何だか知らないが元々この世界には必要ない。僕がいる限り。

「残念だけどさ、アンタらのやってきたことは全部無駄」
「な!?どう言う事だ!!やはり魔王の手下だな!?」

事実と言えばいいのか、僕の願望と言えばいいのか。しかしどう転んでも僕がいる限り別の未来はあり得ない。僕も頑固な所はあるから。父に似たんだろうか。そういう僕の考えを察したのか、ニンゲンの味方救世主達は、顔面凶器へと早変わりしていく。ニンゲン恐ろしや。

「……決めちゃったもん」
「貴様、何を言って……」
「ーーああそうだ、それじゃあ救世主の白い炎って、どうして白いか考えたことある?」

僕の父は一端の科学者だった。その父について回っていた僕は、いつの間にか父のように考える人間になっていた。科学的に理屈っぽく。知識は劣れども立派に主張すこと。父に教えられたもののひとつだった。この世界で、僕の知識が通じるかは分からなかったが、やって見ることにはちゃんと意味はあった。

淡々と質問を繰り返す僕とは裏腹に、彼らは酷く困惑しているようだった。

「……白の炎には……我々人間の神が宿る。伝記でも救世主には白い炎が宿ると書かれている、それ以外に理由なんて……」
「神、伝記、ヤドリギ……なんか宗教的だね。けど僕はさ、白く見えるのは炎の温度が高いから、って考えるんだけど……因みに魔王から言わせれば、そこから普通とは違う強いエネルギーを感じるんだって」

魔王は言っていた。普通では考えられないエネルギーを感じる上に、そこからは神聖な気配すら漂うと。強ち、白には神気が宿るというのは嘘ではないらしいが、僕の言いたいのそこではない。

「……何が言いたい?」
「白い炎って、たしかに高温といえば高温なんだけど、」
「……だから一体、何をーー」
「ほら、これ見て」

そう言って、僕は両手を優しく合わせ力を込めた。フッと両手に暖かさを感じた所で、僕が両手を開くと、そこにはユラユラと青みがかった炎の玉が揺れていた。ピクリ、聖獣がおののいた気がした。青は魔の色だと、魔王からはそう聞いた。迫害の対象だとも。

「……青い、炎」
「そう、青だよ」

救世主は驚くようにその球体を見つめ呟いた。ここの普通の人間には、何色であってもこういう炎を出す事すら出来ない。

救世主は、何も知らない。世界で青という色が、どう考えられているのかを。

「貴様ーー、やはり魔に堕ちた人間かーー!?」
「え!?」
「…………やっぱり、そう考えるんだ」

そう、この世界で青い炎というのは、悪だった。反応はあの時と変わらず。この世界にきてから結構経ったが、未だに忘れられない出来事が僕の頭を掠める。魔の者は人間の敵。誰であっても容赦しない。それが常だった。

「青」
「貴様、やはり捨て置けない、ここでーー」
「単純に言えば、青い炎は白い炎よりも高温。条件の変化によって見える色は変わってくるけど、一般的にそう言える……そこの救世主サマはこの事、知ってた?」
「え!?……あ、えっと、少しなら、……でも、」
「魔の者が軽々しくアースに声をかけるな!!」

この場でいち早く理解してくれそうなのは、救世主だ。だから、少し戸惑う彼に僕は問いかける。一番、僕に近いのは彼だから。

「……そう、でもここで僕らの常識が通じるかは分からない。だよね?」
「【僕ら】、って、あッーーーー!?」
「ね、君は分かったでしょ?僕の言いたいこと」
「アース!?どうした?……あんな奴の言葉な惑わされてはダメだ!!」
「……違う……」
「?」
「そうじゃない」

救世主サマのオツムの出来は上々らしい。これでどうしようもないバカだったら救世主を問答無用でぶっ潰していたけれど。そんな手荒なマネをしなくて済みそうだ。

「うん。そうじゃないんだよ、そこの……おっさん?」
「ッ無礼な!!このオスロ卿に向かってなんて口を……!」
「じゃあオスロさんとやら、黙ってこれを見ててよ」
「?」

淡々と言えば、恐い顔はそのままでも、訝しげに口を閉じた。それを見計らい、僕は手にかざした炎に再び力を込めて。そして少しずつ力を抜いていった。思い切り力を出すよりも、加減して力を抑える方が結構疲れるものなのだ。僕はこの時、これ以上にない位集中した。その努力が実るのに、時間はかからなかった。息を呑む音が聞こえた。

「ッそんな、バカな……!?」
「っ、」
「事実だよ。目をそらさないでよ」

僕の手の中のものをみて、彼らは酷く動揺している。そんな僕の手の中には白い炎。救世主が出したソレと同じものがユラユラと浮かんでいる。ここまで見せればもうわかるはずだ。魔王も、知っている。

僕もまた、救世主としてこの世界に呼び出された人間の一人なのだ。

「僕は、そこの彼みたいに異世界から来たニンゲンだよ。けど、見て分かる通り、僕はニンゲン側に付く気はサラサラない。それに、魔王には恩があるからーー君らが魔王を倒したいなら僕を殺しなよ。怨みはしないさ。ただの自然の摂理だから」

ーー僕が今の救世主と違うのは、力の加減を知らずに青い炎を見せ、何も解らぬままに魔の者だと罵られ、人間に迫害され牢に入れられた、そういう経験を持つという事実。

僕は、見る見る内に顔色を変える剣士をジイっと見つめた。こうした事実を伝えて、少しはこの胸のわだかまりが取れるだろうかと、人知れず期待していたのだが、ただ自分の惨めさが一層際立っただけだった。僕だって、あの時失敗さえしていなければここにいる救世主のようにーー、と考えたがやめた、どちらにしろ僕は歓迎はされていなかった、美しいとは言いがたい僕の容姿だって、魔王と同じ漆黒の髪色だって、最初から。

顔を驚愕色に染めこちらを見る剣士と、複雑そうにこちらを見やる救世主の姿を見て。僕はバラさなければよかった、とそう思う。僕はいつも後悔ばかり。父と喧嘩した時だって、父が山肌を滑り落ちて死んだ時だって、この世界に来てしまったことだって。
急降下した気分そのままに、僕は項垂れた。






list
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -