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「千里くんお疲れ様。学校はどんな感じだったかな?」

授業もなく、昼を過ぎると解散という流れになった。俺は弥生さんと落ち合う約束をしていたため、話しかけたそうな生徒たちから逃げるように教室から脱出した。そうして、迷いながらも無事に弥生さんと合流を果たした俺はホッと肩の力を抜いた。優しい声音が俺の心を癒してくれる。

「疲れたかい?」
「少しだけ……」
「そうか……まだ挨拶に行かなければならないけど、余り気を張らないでいい。自然体の君を、見せてあげてほしいな」

大きく、近代的な建物をエレベーターに乗って上がりながら、そう苦笑する弥生さんだったが、弥生さんがそう言い切る前に、俺は既に他所行きの面を被ってしまっていた。しとやかに、柔和な笑みを浮かべ、内面は読み取らせない。それが神辺(カンベ)家の流儀だったから。もう神辺とは何の関わりもないけれど、体に染み付いている上面は剥がすのも難しい。弥生さんはそれが分かっているのか、優しく俺の頭を撫でるとそれ以上何の追及もしてこなかった。

「初めまして。かんーー、千里と申します。以後お見知りおきを」

俺は恭しく頭を垂れ、頭に染み付いた挨拶文を読み上げる。不自然に見えないように、笑みを浮かべゆっくりとした動作で。死んだ父親に文句など言わせない程に、俺は完璧にやってのけた。

「この子が例の一族の奴かい?随分と、仰々しくやってくれるじゃないか?」
「兄さん、少し自重して下さい」

きっと理事長の言ったそれは、謎ばかり囲う俺達ーーと言っても、もう一族からは絶縁されているのだがーーを揶揄した台詞なんだろう。だがしかし、俺には、そんな些細な揶揄を気にしていられる程、精神にゆとりがなかった。

狐面が突然、新しく憑く相手を探し始めたのだ。

一族から離れて以来、俺の纏う力は日に日に衰え始めている。ほんの少しずつではあるが、それを彼らは敏感に察知し、次なる相手を探し始めているのだ。彼らの好物は、人間から溢れ出る微量の力。力とは、霊力だとか神力だとか言われるそういったものの類い。持っていない人間も中にはいるが、一般人でもある程度は備わっている。その力を、俺達のような人間は何十倍、何百倍も持っていて、一族では憑かれている狐面の数の多さが一種のステータスになっていた。彼らを繋ぎとめておくのも、変に暴れないように見張るのも、かなりの精神力を必要とするからだ。故に俺達は自ら隔離され、己の精神力と力を高めてきたのだ。

それをやめた俺と母が危惧するのは、この狐面たちが及ぼす他人への悪影響だ。母からはすでに一体離れ、この弥生さんにひっそりと憑いている。幸いにも、弥生さんの傍にはいつも母か俺が付いているし、穏やかな性格の弥生さんに憑く狐面もやはり穏やかな性質だったため、おそらく今後も大事に至る事はない。

そして俺の場合、少なくとも2体がこの身から離れたがっている。俺には計5体の狐面が憑いていた。そして、俺から離れようとしている2体は、父親が策略の為憑かせた攻撃的なモノたちだ。彼らはどうにも性質が荒く、憑いた者に何かと食ってかかる、支配欲の塊だ。派閥争いの術合戦ではとても役に立つのだが、好きあらば体をのっ取ろうとするものだから、俺も御するのに苦労した。そんな2体が、次なる相手を探しに詮索を始めていたのだ。俺は気が気でなかった。

キョロキョロ周囲を見回しながら、理事長、生徒会長、そして彼らの親戚筋の少年、その3人をジロジロ観察している。狐面は自分に似た性質の人間に引き寄せられるからつまり、弥生さんの一族にはそういう匂いのする人間がいるということだ。俺の元に残る3体に助けを乞う方法もあるが、それは逆に弱味にもなる。狐面に弱味を見せれば、それの性質に関わらずあっという間に体を支配されてしまう。それが俺達と狐面との関係であり、一度憑かれれば一生それと付き合っていかなければならない。それが、俺達一族の狐面。憑かれて良かった事もあるが、リスクを負う覚悟も必要になるのだ。

だから、俺は彼らが新しい獲物を探す彼らが気になって仕方なかった。

「……?ーーくん、千里くん?大丈夫かい?」
「!……あ、すみません」

じいっと彼らの動向を察知していた俺は、考え事の余り名を呼ばれている事にすら気づけなかった。素直に謝り、気を取り直せば、心配そうにこちらを見る弥生さんが目に入った。余裕が無ければ、それすらも体をのっ取られる原因になる。このままではいけないと気を引きしめ、揺れていた心をそっと鎮めた。

「少し気になる事ができたものですから、つい……折角の席に申し訳ありません」
「……こういう場で気もそぞろでは困るよ、気を付けたまえ」
「はい」

先ほどから棘のあるもの言いな理事長、一体何が気に入らないのか。すこしだけ顔の表情が引きつったような気がした。大方、自分よりも良い家柄の奥方をもらった、弟である弥生さんが気に食わないんだろう。滅多に外部と交流を持たないレア中のレア、神戸家の血筋だ。歴史が比較的浅く、成金とも揶揄される彼らの家なら尚更、これ程の手柄は他にないんだろう。そういう野心が、荒い性質の狐面を引き寄せるとも知らずにーー俺は少しあきれつつも、素直に謝り先を促した。ここからは、彼ら藤(フジ)家のターンだ。






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