「勃っちゃった」って言う三ツ谷隆(クズver.)






やばい今日も日付け跨ぎそうもう無理禿げる

 そんな誰も興味がないでろう呟きをSNSに投下した後、デスクでため息を漏らした。

 今の会社に転職して早3ヶ月。今月が一番の繁忙期だと聞いてはいたがこれほどとは。今週は前残業も当たり前になって来てるというのに、さらに帰りは日付も変わる頃になるなんて流石に想像できていなかった。

 上司がそろそろ終わりにしようと声を掛けてきた時間は23時半過ぎだった。家に着くころには余裕で日付が変わっている。終電はあるけど最寄駅から自宅までの終バスはもうない。今日も残業代の一部がタクシー代に消えることが決定した。かと言って会社から自宅まで全部タクシーにするような勇気は、私のお財布にはなかった。

「よ。おつかれ」
「え…え?三ツ谷?」
「おう」
「何してんの?」
「迎えに来てやった」

 なぜか私の会社の前で待ち構えていた三ツ谷は、そう言って自分の背後に停車してある車を指差した。いやどうして?とか車持ってたんだっけ?とか、色んな疑問は生まれたけど、でも疲れ切っている今の状態の自分には「迎えに来てやった」の一言がどうしようもないご褒美に思えた。

「うそ…どこまで送ってくれるの…?」
「どこがいい?」
「自宅マンション前まで希望!」
「しゃーねぇな」

 乗れよ、と言いながら三ツ谷は助手席のドアを開けてくれた。私は神に感謝するような勢いでお礼を言って車に乗り込みシートベルトを締めた。その途端、急に体が緊張してきた。

 何を隠そう、私は三ツ谷が好きだ。気の合う飲み友達という関係性を壊したくないから、気持ちを伝えるつもりもないが。だって三ツ谷は絶対私を異性として見ていない。まるで男友達と話すようなノリで話してくるし、私もいつも楽しくなってしまって女らしく振る舞えていない。でもこうやって三ツ谷の車で送ってもらうなんていう今までにないシチュエーションに、心臓がバクバクしないはずない。

「なんで来てくれたの…?」
「ん?お前SNSですげぇ時間まで残業してるっぽいこと呟いてたから」
「それでわざわざ来てくれたの?」
「違ぇわ。オレも結構遅くまで残って仕事してたからさ、ならお前乗せて一緒に帰るかーって」
「神だよ三ツ谷…」
「今度ビールの一杯ぐらい奢れよ」

 三ツ谷の職場は私の職場から徒歩でも行けるような距離にあった。だから私が繁忙期に入る前はしょっちゅう飲んで帰っていた。ああ、早く来週にならないかな。そしたらだいぶ仕事も落ち着くのに。三ツ谷とまた飲みに行けるのに。たんまり稼いだ残業代でビールだってなんだって奢ってあげるのに。本当早く、来週になってほしい…。





「ナマエー着いたぞ」

 名前を呼ばれてぼんやりとしていた意識が少しクリアになる。どうやら私、あのまま寝てしまっていたようだ。やばい…絶対口開けて寝てたわ……。とりあえず起きなきゃ、と体を伸ばそうとしてみたが、何故かうまく動かない。

「え…?」
「どうする?ベッドに置こうか?それとも風呂が先?」

 は?と思わず声を漏らしてしまう。重い瞼を開けてみると、そこは明らかに自分の部屋だったから驚いた。いやそれよりも…今の自分のいる位置だ。私、いま、三ツ谷に抱き抱えられている。は?ともう一度声を漏らし顔を動かせば、すごい至近距離に彼の顔が。

「なに…なんで?いつ着いたの!?」
「ついさっき。お前全っ然起きねーから鍵拝借して部屋まで運んでやってんだぞ」
「うそ…?ごっごめん!」
「いやこっちこそ悪かったな。勝手に鞄漁ったりして」
「ううん、ぜんっぜん!なんかほんとごめん!えっととりあえず…下ろして?」

 まさか三ツ谷に所謂お姫様抱っこをされる日が来ようとは…。嬉しい気持ちも勿論あるが、それよりも恥ずかしくて顔から火が出そうだった。

「どこに下ろせばいい?」
「えーと…じゃあベッドにお願いします」
「おう」

 別にどこでもいいけど、高さ的に床に下ろすより下ろしやすいかなと思ったからそう言ったまでだった。生憎ダイニングチェアは脱ぎっぱなしの洗濯物に占拠されていたし。三ツ谷はベッドの前まで歩くとそっと私の体を下ろしてくれた。密着していた体と体の間にやっと空気が入り込み、少し熱っていた体に涼しさを感じる。

「ありがと…」

 お礼を言うと、何故か三ツ谷は私の隣に腰掛けた。安物のベッドがぎしりと軋む。そして真隣に座られたことで私の心臓はどきりと音を立てた。

「…お前さっき言ったことさ、覚えてる?」
「へ…?何か言ったっけ?」
「うん。マンションの前着いたから起こそうとした時、『疲れた眠い無理、お風呂入れて着替えさせて寝かせて』って」
「いやいやご冗談を」
「冗談じゃねぇって」

 全く記憶にないが…なんてことを言ってしまったんだ私は。とりあえず眠さでそんなおかしなことを言ってしまったことを謝ったけど、何故か腑に落ちない顔をされる。どうしようと頭の中でぐるぐると考えていると、そっと三ツ谷に肩を抱かれた。

「で?どうする?どこまで手伝う?」
「ん?なにが?」
「風呂と着替えと…あと寝かしつけ?」

 え゛っと濁った声が思わず溢れてしまった。いや何でそんな、寝言みたいな冗談を真に受けているんだこの人は。

「冗談やめて」
「はぁ?言ったのそっちじゃん」
「寝言だって分かるでしょ!?」
「でも手伝う気になっちゃったから。しょうがねーじゃん?」

 そう言って三ツ谷は私の背中に手を回し、ワンピースの背面ファスナーをしゃっと下に滑らせた。服が緩み自分の両肩が露になるのが分かると、いよいよ私も焦り始める。服が落ちないように胸元を押さえている私を見て、ニヤリと笑う三ツ谷を見てどこか喜んでしまう自分が憎い。

「あーーーやっべ…めっちゃいいねそれ」
「え?」
「ナマエがいつもの5割増しでエロく見える」
「なっ!!?」
「このままずっと眺めていたいとこだけど…」

 と言いながら三ツ谷は私を抱き締めてきた。部屋に運んでもらった時とは違う抱き方と体の密着度。両手が背中に回され、自分が彼の腕の中にいると実感できてものすごい幸福感…なのだが、冷静に考えてこれは交際していない男女がすることではない。ぱちんとブラのホックを弾かれ、いよいよこれは…まずい。

「三ツ谷っやめて」
「なんで?やだ?」
「そうじゃなくて、私たちこんな関係じゃ…」
「じゃあそうなろうよ」
「…ん?」
「好きな女が無防備に自分の車で寝て、挙げ句の果てにあんな誘うようなこと言ってきてさ…そんなんもう我慢できるわけねぇじゃん」
「え…え…?」
「つか言っていい?もう勃っちゃったわ」

 耳元で囁かれる三ツ谷の言葉に頭がクラクラしてきた。好きな女ってだれ?私のこと?え?勃つ?なんで?私を見ててそうなったの?これ現実?三ツ谷に自分の気持ちは伝えないと決めていたぐらいだから、当然向こうからこんなこと言ってくるなんて想像した事もなかった。

「みつ、」
「じゃーまずは風呂から?」
「いや、あの、」
「着替えってどこにあんの?」
「そこのタンスの二段目…じゃなくって!ねぇもう帰って!」
「なんで?両思いなんだから何も問題ねぇだろ」

 両思い…?って私の気持ち、気づいてたの?
 私の動きが止まったのを見て、三ツ谷は悪戯に笑った。その手にはちゃっかりタンスの二段目にしまってあった私の寝巻きが握られている。

「気づいてないと思った?」
「思って…た」
「そっか。ごめんな、オレそういうの結構気づくタイプでさ。ナマエがオレのことそう見てくれてるって分かってからすげぇ意識しちゃったワ」
「うそ…?」
「嘘じゃねーって」

 そう言って唐突に塞がれた唇。三ツ谷とする初めてのキスにびっくりしていたのも束の間、直ぐさま舌が入ってきて口内を掻き乱された。混乱と、脳が溶けそうなほど上手いキスで、私の頭はもう思考停止状態だ。

「やべ…風呂で襲っちゃいそう」
「それは…ちょっと……」
「じゃあこのまま抱いてもいい?」
「えっでも軽くシャワーくらいは…!ていうかごめん!あの、私結構ご無沙汰で…あの、ゴムとか、ない…からやっぱ今日は…!」
「あ、大丈夫。持ってっから」

 え?持ってる?なにサラッと言ってるの?まさかこの人常備してるの…?あれ、三ツ谷ってこういう人だったの?それとも男の子ってみんな持ち歩いているものなの?

 グルグルと自分の中で巡りまくる思考。明らかに戸惑っている様子が顔に出てしまっているのか、三ツ谷は軽く笑いながらかーわいっと私の頭を撫でた。

「何が可愛いのよ…」
「ん?全部」
「うわぁ嘘くさい…」
「なんでだよ」

 だって、こんなの私の知る三ツ谷じゃないみたいなんだもん。明らかに私のこと女扱いしてきてなかったのに、なんで、こんな急に…。

 好きな男に可愛いと言われて嬉しくないわけがない。緩みそうになる口元を手で押さえていると、三ツ谷にそっと手を握られて口元からどかされた。そして耳元で囁かれる、今日は寝かせねぇからな、なんてありがちなセリフに馬鹿で単純な私は鳥肌が立ってしまった。今日がどれほど甘い夜になるかなんてまだ分からない。でもきっと、私は三ツ谷から離れられない体になる。そんな予感は既にしていた。


 





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