「勃っちゃった」って言う三ツ谷隆






やばい今日も日付け跨ぎそうもう無理禿げる

 そんな誰も興味がないでろう呟きをSNSに投下した後、デスクでため息を漏らした。

 今の会社に転職して早3ヶ月。今月が一番の繁忙期だと聞いてはいたがこれほどとは。今週は前残業も当たり前になって来てるというのに、さらに帰りは日付も変わる頃になるなんて流石に想像できていなかった。今はアドレナリン放出させてなんとか保っているけど、この激務シーズンが終わったらがたりと体調を崩しそうな予感しかしない。

 上司がそろそろ終わりにしようと声を掛けてきた時間は23時半過ぎだった。家に着くころには余裕で日付が変わっている。終電はあるけど最寄駅から自宅までの終バスはもうない。今日も残業代の一部がタクシー代に消えることが決定した。かと言って会社から自宅まで全部タクシーにするような勇気は私のお財布にはなかった。


「よ。おつかれ」

 会社を出てフラフラと数歩歩いたとき、聞き慣れた低くて優しい声が耳に響き驚いて顔を上げた。

「タカちゃん…!?」
「うん」
「えっ?なんでなんで?出張から帰って来るの明日じゃ…」
「もう一泊あっちで泊まるくらいならもう帰ろうと思って、最終の新幹線乗ってきた。そしたらナマエ SNSに死にそうな呟きしてるからさ、帰ってきて正解だったワ」
「えっうそ……もう…タカちゃーーん!」

 会社から出てすぐの道なのに。会社の人に見られるかもしれないのに。そのまま半泣き状態で大好きな彼氏に抱きついてしまうほど、今の私には場所を弁える力は残っていなかった。連日の激務で疲れ果てたところに一週間以上会えていなかったタカちゃんがサプライズでお迎えに来てくれるなんて、これは一体なんのご褒美なんだろう。

「よしよし、疲れたな。頑張ったな」
「うん…聞いてよもう!今日もあの例の業者がさぁ…!」

 私の鞄を左手に持って、私の手を右手で握って、私の仕事の愚痴を聞きながらタカちゃんは歩いてくれた。全く違う業界で働いているタカちゃんにとっては全然面白くない話だろうに、今日もたくさん相槌を打ちながら私の愚痴に付き合ってくる。

「あとね!部長がね…」
「はは、今度は別の話?」
「うん!ってあれ、車で来てくれたの?」
「だってお前疲れてんのに今から電車乗るのしんどいだろ?」

 近くのパーキングに停まっていたタカちゃんの愛車。新幹線で東京に帰って来て一旦帰宅してから車で迎えにきてくれたのかと思うと、感激して涙が出そうだった。タカちゃんは私に甘い。甘すぎる。私はなんも彼にしてあげていないのに、彼はとことん私に尽くしてくれる。

「タカちゃん…本当にありがとう」
「いーえ」

 車に乗り込み、助手席に座る私にシートベルトをつけてくれる。その際にちゅっと唇を合わせてくれるそのちょっとした仕草が私は大好きだった。かっこよくて、優しくて、甘やかしてくれて、面倒見が良くて。会う度に好きという気持ちが溢れ出そうになる。

「んじゃ出発するぞ」
「運転手さん、行き先は運転手さんのご自宅でお願いします」
「…いーのかよ。明日も仕事だろ?」
「でも運転手さんと離れたくありません」
「煽んなよ、ばか」

 ぐしゃりと髪を乱暴に撫でられた。いつもは優しいタカちゃんだけど、余裕がなくなるとこうやってちょっと荒く接してくるところに私はいつもキュンとしていた。私のこんな一言でタカちゃんが余裕なくなるなんて、そんな嬉しいことってない。

 運転しながらも手を握ってくれたり顔を触ってきたり、ちょっと戯れ合いながら車は進んでいった。ここ最近は自宅と職場の行き来だけだった私には、タカちゃんと過ごすこのなんてことない時間がものすごく楽しい。でもタカちゃんの出張先でのハプニング話を聞いて爆笑したあたりで、ふと一時的に忘れていた身体の疲れがどっと押し寄せてきた。

「ナマエ、着いたぞ。…あれ、寝そう?」
「あっごめ…寝てないよ、大丈夫」
「疲れてんだろ、今日はもうこのまま寝よう」

 残念だけど、とちょっと苦笑いしながらタカちゃんは車のエンジンを止めた。やだ、何寝そうになってるの私。タカちゃんを残念な気持ちにさせていいわけないのに。というか、そのまま寝るだけじゃ残念だなんて思ってくれてるんだから、ここは期待に応えたい。

「待ってタカちゃん。ちょっとウトウトしたからもう眠気吹っ飛んだよ」
「無理すんなって。最近いつもこんな時間に帰ってんだろ?疲れ溜まってるに決まってんじゃん」
「でもタカちゃんが迎えにきてくれたからエネルギーチャージされてもう元気になった」
「ンなわけあるかよ」

 鍵を回して玄関を開けると、出張に持っていったであろう大きめのトランクがどんっと置いてあった。狭くてごめんな、と言いながらタカちゃんは私を中に入れてくれた。タカちゃんだって出張で疲れてるはずなのに。トランクだけ置いてすぐ車で私を迎えに来てくれたのに。久々に会えたのに。お家まで来たのに。このまま寝るなんて……絶対嫌だ!

「タカちゃん待って待って無理ーー!このまま寝かせないからね!」
「おいおい、なんでそんな盛ってんだよ」
「寧ろなんであなたは盛ってくれないの!久々なのに…」
「ナマエの体が大事だから。あ、そうだ土曜の昼さ、お前が行きたがってたレストラン予約しといたんだけど」
「え!?予約…とれたの…?」
「おう。ほらだから今日はもう寝よーぜ。疲れすぎて土曜昼過ぎまで寝てたら食いにいけねぇじゃん?」

 な?と言いながらタカちゃんは私のおでこに優しく唇を落としてくれる。なかなか予約が取れないことで有名な人気のレストラン。流石にそれは絶対に行きたい……。仕方ない。今日はえっちするの諦めよう。分かった、と言うとタカちゃんはいい子だなってまるで子供をあやすように頭を撫でてくれた。それにしても…本当に自分だけ盛ってるみたいでなんだか恥ずかしいな。結構頑張ってストレートに誘ってみたのに、タカちゃんは全く動じてなかったし。

「シャワー先にお借りしまーす」
「おー」

 洗面台で手を洗っているタカちゃんの横で、一人服を脱ぎ始めた。しょっちゅう泊まりに来ているからもうバスタオルの位置も洗濯ネットの位置も分かる。脱いだブラをネットに入れ洗濯機に放り投げた。ああ、なんだか体の緊張が解れたのかまた眠気が襲って来た。そう思いながらスカートのファスナーを下ろしていると、ずしりと背中にのしかかってきた重みと腰に回る洗いたての冷たい手…と、お尻の辺りに当たる硬いなにかを感じた。

「え…タカちゃん?どした?」

 はぁーっとため息を吐かれそれが自分の頸に当たってくすぐったかった。タカちゃん?ともう一度彼の名前を呼ぶと、脱ぎかけのスカートの中にゴツゴツとした手が侵入してきて、ファスナーが下ろされた状態だったそれは呆気なく床に落ちた。

「ちょっ、なに?」
「…ごめん、やっぱ、無理」
「え?」
「勃っちゃった」

 ぐり、とわざとお尻の辺りに押し付けられたソレに、気づいていなかったわけはないんだけども。もう完全にそういう気分から脱していた私は、正直戸惑ってしまった。

「なん…え、なんで勃った?」
「なんかお前が脱いでる姿見てて…あーエロいなーとか思ってたら…」
「え?脱いだだけで?」
「そう。脱いだだけで。すげぇ女だよなお前って。もう何度もお前が脱いでるとこなんて見てんのにな?」

 もう一度わざとらしく吐かれたため息。どうしよう、こうなったタカちゃんを拒むことはもうできない。でも疲れてるのも事実だし、冷静に考えれば明日だって私6時前には起きないといけないんだが…。

「疲れてる私の体を労ってくれてたんじゃなかったのー?」
「うん。だからすっげー優しく且つナマエの体に負担ないようにするから」
「…本当に?私明日も朝早いし一回だけだからね?」
「分かってるって。つーかゴムもう一個しかねぇんだよ。だから絶対一回だけ」
「本当の本当だね?」
「ほんとーだって。な?いいだろ?そもそも誘ってきたのナマエじゃん?」

 そう言われると、いよいよ断れるわけがない。しょうがないなぁとわざとらしく言うと、タカちゃんは笑ってからぎゅっと力強く抱き締めてくれた。本当は私が喜んでいることも、強がってしょうがないなんて言ったことも、きっと彼にはお見通しだろう。眠さで倒れそうだったはずの体は不思議とまた眠気を忘れていた。都合の良すぎる自分の体に呆れながら、齧り付いてくる大好きな彼の唇に私も齧り付いた。





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