らしくないときめき


 産婦人科で貰った一枚の白黒写真。そこに写し出された小さな命に私は猛烈に感動していた。体の不調もしっかりあったため妊娠を疑っていたわけではない。でもこうやって目に見える形でお腹の中の子を見ると、もうこれはまごう事なき現実なんだと知らされた気分になった。この子は、私と隆くんの子。私と隆くんの赤ちゃんなんだ。



「…これが赤ちゃん?」

 夜帰宅した隆くんにエコー写真を見せた。決して見やすいとは言えないそのぼんやりとした写真を彼はじぃっと凝視していた。

「とりあえず…本当に妊娠はしているみたい。それでなんだけど、」
「なぁ、これが頭?」
「え?あ…うん、確かそう。いま体の大きさ5、6センチなんだって」
「ふーん…こんくらいか」

 左手に写真を持ち、右手の人差し指と親指で約5センチ幅を作り、こんな小さいのかと声を漏らした。そうだねととりあえず相槌を打ってから、もう一度「それでさ」と話を切り出してみた。

「お腹出てくるのっていつくらい?」
「え…わかんない。あのさ隆くん、」
「性別は?いつ分かる?」
「5ヶ月とか?…だったかな」
「へぇ」

 こちらの呼びかけに一切反応しないまま、彼は自分の聞きたいことだけ一方的に聞いてくる。その間もずっとエコー写真をまじまじと見ながら。…一応、赤ちゃんには興味があるようだ。この間は混乱してて言葉が上手く出ないとか言っていたのに、一応彼の中での混乱はもう治ったのだろうか。そんな中これからのこと…主に離婚だとかそういった暗い話題をぶつけようとしている私は非情なのかもしれない。病院では早く母子手帳を取りに行くよう言われたけど、私は妊娠中の離婚だとかそういったことを一番に気にしてしまっている。お腹の子のことを、一番に考えなくてはならない立場なのに。

「悪阻どう?」
「相変わらずだよ…あと1ヶ月はこの状態覚悟かな」
「まじ?そんなに?」

 なんて、そんなの分からないけど。ネットで見ても急にパッと治ったとか、ピークを過ぎれば徐々に良くなるとか書いてあるから、今のピーク(と思われる状態)が丸々1ヶ月続くかは定かではない。そう言えば隆くんも少し安心するだろうけど、なぜか言えなかった。もしかしたら私はこの人に過剰に心配してもらいたいのかもしれない。

「…横んなっとけよ」
「その前に隆くん」
「あ、なんか食う?」
「いい。食べる気分じゃない」
「でも栄養とらねぇと。なんか買ってきてやってもいいけど。コンビニぐらいしかもうやってないけど」
「隆くん。この子の父親になる気あるの?」

 わざとなのかそうじゃないのか分からないけど、全然こっちの話を聞こうとしない彼に痺れを切らした。私が聞きたかったことは、たった一つだけ。私と、家族として、夫婦として、子を持つ親として、やっていくつもりがあるのかどうかだ。

 この手の質問が来ることを予想していたかのように、隆くんは眉間に皺を寄せながら目を閉じた。きっと今、脳内で言葉を組み立てているんだろう。どう答えるのが最善か、どんな言葉を選んだら私を傷つけないかって。でもね、隆くん。この子の父親になるって即答できない時点で、私は少なからず傷ついているんだよ。

「…正直、かなり戸惑っている。お互いが希望して作った子供ではないから」
「うん、そうだね」
「でもお前の体調の変化を見たり、このエコー写真見たりしていると、このままでいいわけないって思ってる。たとえこれまでの俺達が、どんな形であっても…」

 彼の言葉一つ一つがすとんと胸に落ちていく。分かっていた。彼が良くも悪くもハッキリとしたことを言わないことは。それは有り難くもあり酷く残酷なことでもある。子供はいらないとか、絶対育てたいとか、どっちでもいいからハッキリと言ってくれたら私の覚悟も決まるのに。こんな蛇の生殺しのような答えじゃ、私もどうしていいか分からない。

「ナマエ、間違えても墜ろしたりするなよ」
「へ?しないよ、そんなこと…」
「そっか、良かった。じゃあ離婚とか、そういうの考えてた?」
「……なんで分かるの」
「何年も一緒にいたらお前の考えてることくらい分かるよ」
「…なによ何年もって……ここ一年、まともに会話なんてしてなかったのに…」

 目頭が熱くなるのを感じる。泣くつもりなんて微塵もなかったのに、私の意志に反して涙が溜まってきた。本当は嬉しかった。隆くんとの赤ちゃんができたこと。本当は一緒に抱き合って喜びたかった。そういう夫婦になりたかった。こんな関係でも、妊娠が分かれば何もなかったかのように一瞬で元に戻れるかもって期待していた。なのに、なんで。なんで上手く行かないの。

 隆くんは私に一歩近づいてきて、でもまだ少し隙間のある絶妙な距離で私の頭を抱いてきた。昔みたいに苦しくなるほどぎゅっと抱きしめてくれない。それが今の彼の精一杯だった。

「泣くなよ。母親になるんだろ」
「そんなこと言うなら…そっちだって父親に、なるんだから…」
「分かってる…分かってるから。ナマエは今は、お腹の子のことをしっかり守っててあげて。俺のことなんて二の次でいいから…ちゃんとこの命、無駄にしないであげて」

 隆くんの肩に頭を預けながら私は啜り泣いた。ポン、ポン、と気持ちのいいリズムで私の頭を撫でてくれるのが気持ち良かった。お腹にいるこの子を守るなんて、そんな当たり前のことは分かっている。言われなくたってそうするつもりだ。ただ私は一緒に守ろうとしてくれる、そんな存在が欲しいだけなのに。隆くんはわかっているのかな、私のそんな気持ちを。でも今は、久々に彼に頭を撫でられる気持ちよさに浸れるだけで十分だった。





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