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席替えするぞー。
先生の声が教室に響いたと同時にクラスメイトの浮き立つ声が広がった。
先生の席替えするぞー、はいつも突然だった。明日するぞー、とかではなくいつも今からするぞー、だった。まだ心の準備ができてないのに、なんでそんな突然…。
「あーあ、折角一番後ろだったのによ」 「ほんとにね…」
前の方の席だった人たちはウキウキしているが、私たちのように後方の席だった人たちからはブーイングが起きていた。別に私は後ろだろうが真ん中だろうが場所なんて何処でもいい。ただ、高杉くんの隣に座っていたかっただけなのに。
「この席にならなかったら名字とも話さずに一年終わっただろうな」 「そうだね」 「さみしいな」 「えっ?」 「お前の隣じゃなくなるの」
…そんなの、私の方が寂しいよ。 この数ヶ月で私は誰よりも高杉くんと仲良くなれた。屋上で一緒に過ごした。連絡先も交換して、一緒に舞台なんて観に行ったりした。高杉くんの優しさに誰よりも触れられてたのに。
「やだなぁ高杉くんたら。クラス替えじゃなくて席替えなんだから。まだ同じ教室にいるよ?」 「まーそうだな」
でも恥ずかしくてそんなことは言えなかった。
「名字、席どこになった?」
クジを引いてすぐ、高杉くんは私に聞いてきた。
「……廊下側の列の一番前……」 「ククッ、マジかよ。一番後ろから一番前って…お前引き運強ェな」 「はぁ最悪…。高杉くんはどこ?」 「なんとまた一番後ろ。しかも今度は窓際」 「えっ!ずるい!」 「一番いい席だなこりゃ」 「2回連続で一番後ろはダメとかなかったっけ?」 「んなルールねぇよ」
なんて羨ましい。私なんて一番最悪と言ってもいい席なような…。ドアに一番近い席だから何かと先生に雑用頼まれること多い席だし。
「見事に離れたな。対角線上じゃねぇか」
それにこれからは、高杉くんから最も遠い席になってしまった。こんなことってある?神様意地悪すぎない?折角仲良くなれたのに。もっともっと彼のこと知りたかったのに。
「んじゃ、世話んなったな名字」 「あ、こちらこそ…」
各々荷物を纏めて新しい席に移動し始めた。
高杉くん、また屋上に行ってもいい? また携帯に連絡してもいい? また一緒に出掛けてもらってもいい?
言いたいことはいっぱいあった。私と高杉くんを繋げてたのは席が隣という事実だけで、席が離れても一緒にいるような仲じゃない。そう頭では分かっていた。でもそんな一瞬で繋がりがなくなるようなことないよね?だってクラスメイトだもんね?
けど…高杉くんは私以外のクラスメイトとこの数ヶ月話してることなんてほぼなかった。私も明日からただの一クラスメイトになっちゃうの…?
「はよ、名字」 「おはよう」
次の朝、下駄箱で高杉くんと会うといつものように挨拶をしてくれた。けど私が上履きに履き替えるのを待つことなく一人で教室に向かっていった。
別にそれは今までと同じ。元々一緒に並んで歩いたりなんてしたことなかった。だから高杉くんはいつも通りの高杉くんだっただけ。
だから…席が隣じゃなくなったら話す機会なんてなくなったんだ。
わざわざ彼が私の机にまでお喋りしにくる性格なわけもなく、私は私で恥ずかしくてわざわざ高杉くんの席にまで行けなかった。こんな性格だから勿論、屋上にも行けず、携帯にメールすることもできなかった。
そうしている間にこのクラスで過ごす日は終わり、私たちはクラスが離れた。
* * *
「えぇえ!?高杉さんと名字さん、元々知り合いだったんですかー!?」
高杉くんが入社してから一週間ほど経ったころ、同じ課のメンバーで彼の歓迎会を開いた。そして私達が知り合いだったという話題に皆驚いている。
「はい。高校の同級生で」 「それで同じ会社同じ部署の隣の席で再会するって…すごい確率っすよね」 「俺もすげぇ驚きました。でも名字はあの頃と変わってなかったんですぐ分かりましたよ」
え…やだ私変わってないの?高校生の頃と比べて?それはそれでショックなんですが…。なんとなく反応しづらくて、ビールジョッキで顔を隠しながら飲んだ。
「へぇー名字さん高校の頃からこんな静かな感じだったんですね」 「静か?こいつ静かですか?」 「え?まぁ…あんま喋らないっすよね。高杉さんと同級生ってことも全然言わなかったから今知りましたし」 「へぇー…高校の時は結構俺とは喋ってたよな、名字」 「へっ?あ、うんそうだね…席隣だったもんね」
えぇ〜高校でも隣の席ー!?と周りは盛り上がっていた。
高杉くんはあの頃のこと覚えてくれてるんだ。たった数ヶ月の出来事だったけど、たくさん話して過ごしたこと。私にとっては忘れられない数ヶ月間だった。特別な数ヶ月間だった。
「でも昔から大人数の中で喋るのは苦手な奴でしたよ。一対一だとかなり喋る。全然大人しくもなんともない。だよな?名字」
まるで私を知り尽くしたような口調で話す彼に目が奪われた。大人しくもなんともないって、そういえば高校の時にも言われたっけ。あの時、高杉くんさえ私のこと分かってくれたらそれでいいって思ったりもしたなぁ。それくらい彼に惹かれてたんだろうなぁ。
「名字この後まだ時間あるか?」
歓迎会もお開きになった時、高杉くんが私にコソッと話しかけてきた。
「あ、二次会?次長たちするった言ってたね」 「そうじゃなくて飲み直さねぇか?二人で」 「二人で…?」 「そう。二人で」 「…うん、行けるよ」
口角を少し上げて私の頭を軽く撫でてから、高杉くんは次長のところに行き二次会は辞退すると伝えに行っていた。私は元から二次会とか行かないキャラとして定着していたから伝えに行く必要はない。
それにしても高杉くんと二人でお酒を飲むなんて…そんな日が来るなんて。こんなことならもっとオシャレな服で来れば良かった…!
「行くか」 「うん」
ネオンが灯る繁華街へゆっくりと足を進めていく。高杉くんと並んで夜の街を歩く。それだけでドキドキする。一緒に観劇に行った時も、並んで歩いて私達恋人同士に見えたりするのかなって気にしてたっけ。
「舞台のチケットは取れたか?」 「何個か候補は見つけたよ。あとで送るからその中で行ってみたいやつ教えて」 「いいよ、お前の行きたいやつで」 「でも折角なんだから高杉くんが観たいのにしようよ。私はしょっちゅう色んなの観てるし」 「いいんだよ。何を観るより誰と観るかの方が俺は大事だから」
…それは、私と行くことに重きを置いてるってこと?
高杉くんを見上げれば私を見ながら優しく微笑んでいた。こんな彼の顔、見たことない。また高杉くんの新たな一面を見れた。
だからこそもう逃したくない。あの時席が離れて話せなくなった時みたいに後悔したくない。あれが恋かどうかなんてあの頃はまだ分かってなかった。でも今ならハッキリとわかる。高校生の私は高校生の高杉くんに恋をしていた。そして今、大人の私は大人の高杉くんにまた恋をしているんだ。
「高杉くん…。舞台終わったら一緒に感想言いながら食事したい。ぶらぶら街を歩いて綺麗な夜景が見たい。なんも用事がなくても電話して声が聞きたい。隣の席じゃなくなってもたくさんお喋りしたい。…そう思うのは、私のわがままかな…?」
届け、私の想い。 高校生のとき言えなかった私の全ての想い、どうか、どうか。
「奇遇だな。俺もそう思っていた」
だって私はあなたの隣の席じゃなく、あなたの隣にいたいから。
隣の席の高杉くん もうあなたの隣から、離れません。
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