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「ええぇ…どうしよう」
週明けの月曜、朝のホームルームが終わり、携帯を見ながら思わず声が出てしまった。普段独り言なんて言わないからか、高杉くんが珍しそうに声をかけてきた。
「どうした?」 「あっいや、あのね…友達が風邪こじらせて軽い肺炎になったみたいで1週間くらい休むってメールが来て」 「そりゃ大変だな」 「うん…」
私の唯一のクラスの友達。金曜は元気だったのに土日で体調崩したのかなぁ。勿論彼女のことも心配だが、これから一週間ずっと学校で一人で過ごすのか……はぁ。
「んな心配すんなって。風邪こじらせた肺炎なんてすぐ治る」 「うーんそうじゃなくて…一週間学校で一人かぁと思ってさ」 「……女ってくっだらねぇこと気にするよな」
くっだらねぇってそんな…。いや確かに高杉くんからしたらこんな悩みくだらなすぎるでしょうけど。そもそも毎日あなたは一人で過ごしてるようなものだし。でも私はなぁ…目立たないと言えど女子。そこは気にしてしまうんだけどなぁ。
モヤモヤと悩みながら授業を受けているとあっという間に昼休みになった。 チャイムとともに活気溢れ出す教室。ボッチにはきつい空気感。どこか一人でゆっくりできる場所って校内にあるっけなぁ…。ウロウロ探してるうちに昼休み終わったら嫌だし、やっぱ今日は教室で…
「おい」
頭上から声をかけられ顔を上げると、両手をポケットに入れた高杉くんが立っていた。そして顎をクイっと教室の外を向けた。
…ついてこいってこと?
スタスタと廊下に向かう高杉くんの背中を慌てて追いかけた。
「メシ、一人で食いたくねーんだろ」 「え?ま、まぁ」 「じゃあ来いよ」 「どこに?」 「屋上」
ドクンと心臓が鳴った。
初めて高杉くんが屋上でタバコを持っているのを目撃してから実は一回も屋上へ行けていなかった。別に来てもいいと言われてたけど、なんだか勇気がなくて…。
無言で階段を上っていく高杉くんの背中を見ながら、あの日見た大空を思い出した。また、あそこへ行けるんだと。
「椅子も机もねーけど、誰も来ないからボッチでも人目気にせず食えるぞ」 「あ、ありがとう…」
だだっ広い空間に私たち二人だけ。なんて贅沢なんだろう。風が少し強く肌寒いけど、あの閉塞感のある教室で食べるより何倍も気持ち良かった。
「いつもここで食べてたの?」 「昼飯は必ずしも毎日食ってねーけどな」 「え!うそほんとに?ほんとにあなた男子高生?」 「おー。老けて見えっかもしれねーけど年齢詐称してねぇぞ」 「そうとは言ってないけど…。まぁ細いもんね高杉くん」 「別に…元々こんな体型なんだよ」
私はお母さんが作ってくれたお弁当を広げ、高杉はコンビニで買ったであろうおにぎりをひとつだけ食べていた。骨張っているが大きいその手の中では、おにぎりがとても小さく見える。
お弁当作ってこようか?なんて言えたらなぁ。お母さんに作ってもらってるからお弁当なんて自分で作ったことないし、何よりそんな間柄でもないことぐらい、自分でもちゃんとわかっていた。
「高杉くん。ありがとう」 「あ?」 「一人でいる私を屋上に誘ってくれて」 「別に…。つまんねーこと悩んでるなとは思ったけど、お前にとってはつまんねーことじゃないんだろ?」
そう言って煙草を蒸す彼は、実はとても優しいんだと分かった。きっと、クラスの誰もが知らない彼の優しさ。一人でいる私を放っておけない優しさ。私だけが今日知ることができた優しさ。
席替えで高杉くんの隣になれて良かったと心の底から思った。
* * *
「高杉くん。そろそろお昼休憩にしない?」
時計が12時を回った頃、隣でパソコンと向かい合ってる彼に声を掛けた。
「あぁ、もうそんな時間か」 「うん。お弁当かなにか持ってきてたり?」 「俺がそんなキャラだと思うか?」 「だよねぇ」
分かってるけど、一応聞いただけなんだけどね。 私は鞄から財布を出し、椅子から立ち上がって隣に座る高杉くんにねぇ、と声をかけた。
「よかったら食べに出ない?私のオススメのランチ処紹介するよ」
その言葉に高杉くんは一瞬驚いていたが、すぐに行こうと返事をしてくれた。どんなものが食べたいかと聞くと、腹にたまるもんがいいと言われたのは意外だった。高校生の時はおにぎり一個だったのに、大人になってちゃんと食べるようになったのかな。
「驚いた。名字が飯に誘ってくれるなんて」
定食屋で注文を終えた後、水を飲みながらそう言われた。
「高校の時のお礼」 「お礼?」 「私の友達が休んで一人になっちゃったとき、屋上に連れ出してくれたの覚えてる?」 「……あぁ。そんなこともあったな」 「私はすごく救われたんだ。だからあの時のお礼。今日はご馳走させてね」
こんな形で再会できたのも何かの縁だし、と付け足した。 そんなのいい、と彼は断ったけど私が奢らせてと少し強く言うとすぐに引き下がった。
注文した赤魚の煮付け定食。たまたま食べたいものが一致して二人で同じものを頼んだ。高杉くんは美味いなと一言呟き、箸を休めることなく進めていった。
食べるのが早い。それは高校生の時から変わらないんだなぁと、あの頃の彼の面影を重ねながら見つめる。
「…なんだか高校生の時に戻ったみたい」
思わず口にしてしまった。高杉くんはその言葉に箸を止め私に目線を移した。そして柔らかく微笑む。その顔はあの頃とは比べ物にならないくらい優しく、儚げで。
「そうだな」
私の胸を締めつけるには充分なほどだった。
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