ベッドに寝ころんでから、どのくらいの時間が経っただろうか。
寝転ぶ、といってもパジャマのままというわけではない。朝早く起きてお気に入りの洋服に着替えて、バッチリ化粧をして。ヘアアレンジだって自分なりに頑張ったつもりだ。

なのに、それなのに。

朝はあんなにウキウキしていたのに、一通のメールによってわたしの気分はどん底に落とされた。今日久しぶりに会うはずだった、ウォーリアからのメール。
いつも恐ろしいくらいシンプルな文面である彼からのメール内容は、要約すると仕事が急に入ってしまった為、今日は会えないというものだった。


「…ウォーリアのばか」


返事は返していない。つくづく自分は、可愛くない女だと思う。
本当は分かっているんだ。彼はものすごく真面目で、いつだってプライベートより仕事を優先する人だって。それでも一緒にいたいとわがままを言ったのは他でもない自分であるし、そんなウォーリアだからこそ惹かれたのも事実だ。でも、そんなに簡単に割り切れるほどわたしは大人ではない。

他の誰でもなく、ウォーリアに会いたかった。きっとウォーリアが思っているよりずっとずっとわたしは今日を楽しみにしていたのだ。すごくすごく、会いたくて。頑張ってお洒落もした。


「すまない、って…いつもそうやって」


こうして伏せったまま色々と考えていると、こんな風に思っているのはわたしだけなのではないか、という不安が胸をよぎる。
仕事だから仕方ない、それはよく分かっている。だけど、ウォーリアにとってわたしと会えなくなったことは、さほど重要ではないのかもしれない。こんな想いをしているのも、わたしだけなのかもしれない。こんなに、好きなのも。

考えだしたらどんどんネガティブな方向に進んでしまう。たまらなくなって枕に顔を押し付けた。
見てもいないけど、携帯電話だってきっと光ってないんだろうな。目尻に浮かんだ涙を欠伸のせいにして、そのまま目を閉じた。







再び目を開けたその時、辺りはすっかり暗くなっていて、夜が来たのだとわかる。
一度指で髪を梳き、外と同様真っ暗になった部屋中を見渡して、ようやく違和感に気付いた。一瞬驚いて、ベッドの淵に腰掛ける人物へと視線をやる。


「…なんでウォーリアがここに居るの」

「思ったより早く切り上げる事が出来た。此処にいるのは、君のくれた鍵のおかげだが」

「…知ってるよ、それは」


ああまた、可愛くない。ついぶっきらぼうな言い方をしてしまう。
彼のことだ、デートに穴を開けてしまったことに多少なりとも罪悪感を感じて、黙々と仕事を片付けてきたのだろう。
ちらと時計を見る。いつもなら、まだ職場にいる時間帯だ。


「何度か連絡を入れたのだが。一向に返事が来ないから、何かあったのではと心配した」

「……そう」

「ずっと家に居たのか」

「うん。だって今日は、ウォーリアと会う筈の日だったし」


わたしを想ってやってくれていたことだ。素直に嬉しい、嬉しい筈なのに素直になれない。仕方ないとわかっていても、自分の中の拗ねた部分が未だに今日のことを引きずっている。こうして顔を合わせても、本音を濁して棘を向けることしか出来ない。

もういやだ。こんな女、愛想尽かれて当然だ。心底そう思った。


「もういいよ。今日はもう、帰って。ゆっくり休んで」

「何故私の目を見ない、シオン」

「なんでもないって。ごめんね、一人にして」

「……」

「わざわざ来てくれてありがとう。おやすみ」

「…ああ、おやすみ」


足音が遠ざかる。ガシャンとドアロックの音がして、わたしは膝を抱えて再びうずくまった。
どうして、こんなくだらないことで傷つけてしまうんだろう。
わたしは、わたしが思っている以上に自分のことだけしか考えていないんじゃないかと思って嫌悪した。嬉しかった、疲れてるのに家まで会いに来てくれて、本当に嬉しかったのに。

しばらくして、シャワーでも浴びてすっきりしようと思い立ち、重い腰を上げる。
脱衣場に続く廊下を歩いていたその時、ふと玄関に見覚えのない物が置いてあることに気付いて、足を止めた。


「なに、これ」


視線の先のそれは、花だった。しかし花瓶に入っているものではなく、丁寧にラッピングされた色とりどりの大きい花束。

考えるより先に、足が動いた。
勢い良くドアを開けようとしたが、何かが扉にのしかかっていた為にそれは叶わなかった。ギィィと鈍い音を立てながら、一斉に闇色が視界を覆う。


「ねぇ、だから、なんでウォーリアがここにいるの」


ドアに寄りかかるウォーリアは、わたしに背を向けたまま腕を組んでいる。
投げかけた質問の答えは、答えとして返ってはこない。


「私は、私には女心というものがよくわからないが」

「…うん」

「君と話したことならば全て覚えている。君はあの時、」

「わたしの機嫌が直らないときは、両手いっぱいの花をちょうだいって。言ったね」


あれ、冗談のつもりだったのに。思わず笑いをこぼしたら、ウォーリアがこちらを振り返って目を見開いていた。
驚いている。わたしが笑ったことに対してではなく、わたしがこぼした一言に、だ。
そうだ、この人は。

どこまでも真面目で、真っ直ぐな人。頭では分かっていた。だけど、時々見失う。様々な感情に惑わされて、大切なことを、忘れてしまう。


「…すまなかった」

「いいよ。仕方ないもんね。わたしも、可愛くないことばっかり言ってごめんなさい」


肩を引き寄せられ、互いの体を寄せ合う。
ウォーリアの体は冷たくなっていたけど、今はそれをちょっとだけ幸せに感じてしまう。


「君とこうするのも、久しぶりだな」

「さっき、言いそびれちゃったけど」

「ん?」

「会えただけでもよかった。来てくれて、嬉しかったよ」

「…ああ」


さっきまでの、あんなに捻くれていた気持ちが嘘みたいに、心にかかった霧が晴れ渡っていく。
不思議だ、周りはこんなにも真っ暗なのに、わたしの目の前には、あたたかい光が浮かび上がっている。


「シオン。私は君が好きだ」

「ふふっ、珍しいね」

「そうやって私がはぐらかすと、いつも君はむくれるが?」

「うん。…私も好き。好きだよ、ウォーリア」

「上出来だ」


沈んだり、舞い上がったり、苦しくなるのも全部全部、あなたに恋をしているから。
繰り返しても、すれ違っても、そのたびに愛が大きくなればいいなぁなんて。そう思えるのも全部全部、あなただから。


惑うばかりの恋をつむごう



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