遠ざかった夜明け
まだ7月に入ったばかりなのに、うなだれるように暑い。寝る前にはついクーラーを付けてしまう。それなのに、ジンという男は未だに顔色一つ変えずに首元も隠すタートルネックに真っ黒なコートで身を包んでいた。見ているこっちが暑苦しい。もし私がジンを知らないで、街中で見かけてしまったら視界から消えるまで見続けると思う。それ程不思議なオーラをまとっている。


昔そんなことを本人に言ったら「お前じゃなかったら撃つぞ」と言われた。うん、冗談だと思う。というかそうだと思いたい。私の大好きな彼は冗談が好きな人なのだ。好きな人、気が付けば考えちゃう人、いつでも会いたい人。もしかしたら愛する人……。なんて言ってしまえば言った本人がむず痒くて笑ってしまうだろう。ジンが「愛してる」なんて言ってくれる時もとても似合うと思うだけでちっとも実感がわかない。


そもそも愛が分からないのに、愛をする、愛するというのはどういうことなんだ。1番最近囁かれた「愛してる」に疑問を抱き、とうとう本人に尋ねると体がちぎれて息が止まるんじゃないかというくらい抱き締められた。「ごめんなさい」と意味も分からず謝ると「愛してる、伝わったか?」と口端を怪しく引き上げて瞼に口付けされた。


ジンはいつも何でも知ってるような口ぶりで何も答えてくれない。例えば、ジンは何人の血が入ってるの?とか、日本語以外も喋れるの?とか、どうしてそんなに日本語が上手なの?とか、一年中同じ格好で暑くないの?とか、同じ服を何着も持ってるの?とか、次はいつ会いに来てくれるの?とか、どうしていつも違う番号から電話をかけてくるの?とか、愛してるは今何人の女の人に使ってるの?とか。


聞きたいことならいくつだって挙げられる。ジンのことならなんだって知りたい。ジンは私が話したこと、話してないこと、何だっていつの間に知ってるんだからフェアじゃない。


だからと言って私にはどうすることも出来ない。バイトのない日を狙って、家の前に高級車が泊まる。親は共働きだから気付かれてないと思うけど、そろそろご近所の噂になると思う。それくらい変わった、高そうな車だ。路上をジンの以外のこの型の車が走ってるのは見たことがないし、だからこそこれを見つけると心臓が跳ねる。それから彼が生活しているホテルへと案内されて、何をするわけでもなく一緒に過ごす。ちなみに同じホテルへ来たためしがない。どれくらいの周期で移動してるのか分からないけど、とりあえずものすごくお金が掛かってそうだ。


「夏は好き?」


ホテルへ入れば流石に帽子もコートも脱ぎ、ラフな格好へと早変わりする。綺麗な長い髪も一つに結わかれる。私はこの所作がとても美しくて好きだ。クーラーも付けて暑かったのかと尋ねると、肌の触れ合いが好きだと言っていた。夏だからべたべたしているのに、なんて物好きなんだろう。


今だってベッドの上でテレビを見ている私は、後ろから彼に抱きすくめられていた。あごを肩に置いているから、彼が喋る度に耳がくすぐったい。


「別に好きでも嫌いでもねぇ。俺が好きなのはお前くらいだ」
「ふーん」
「なんだよ、お前は嫌いなのか?」


ジンは何でも知ってるくせに、よく質問をしてくる。楽しいのか?面白いのか?寒くないか?暑くないか?大丈夫か?泣いてないか?寂しくないか?私の心なんて、もうすでにジンのものなのに。壊れ物を扱うように、ゆっくりと触れてくる。


「だって夜が短いでしょ?」


彼は夜と共に訪れ、朝が来る前に消えていた。いつだってそう。私が明日学校だと言えば必ず日付を越える前に送ってくれたし、折角の週末でも朝起きると彼はいなかった。食べたことのないような高級な朝ご飯も、一人きりじゃ味がしなかった。


「夜が短かったら、ジンといれる時間が短くなっちゃうじゃん」


そう言い終えるか、言い終えないかギリギリのところで私は強制的に言葉を押さえ込まれた。声のでないほどの痛みに、体が強ばる。信じられないがこの男、私の首筋に噛みついたのだ。あまりの痛さに視界がにじむ。


「笑わせんな」ようやく離れた口でそう呟いたジンは、少しだって笑っていなかった。何に怒っているのかさっぱりわからない。とりあえず痛い。それだけが私の頭を埋め尽くし、彼の言っていることが全然頭に入らない。「短いとか長いとか知らねぇけどな、俺が夜だって言ったら朝は来ない。午前4時だろうか7時だろうが10時だろうが、夜だ」はっきりと言い切った後、私の耳を軽く舐めながら「分かったか?」と吐き捨てた。


ぶっちゃけ一つも分からない。彼は何を言ってるんだ?とりあえず彼の表情を覗いたくて、ゆっくりと彼の手を緩めながら体を反転させる。すると、彼の顔は想像していた怖い顔なんかじゃなくて、珍しく眉間にシワさえ入っていなかった。とても似合わない言葉なんだけど、優しい顔、だと思う。


そして私はそれが、愛しいと、思った。私の力なんて、たかが知れてるだろうけど、精一杯抱き締める。彼の心臓を止めてしまえばいいと思った。「ジン、愛を、するって、ちょっと、分かった、かも」途切れ途切れになりながらも、消えそうな声で呟くと「一生忘れるんじゃねぇぞ」とようやく唇に口付けが落とされた。


遠ざかった夜明け




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