幸福と哀憐が交わり廻る
「私そんなに幼く見えますか?」
「どうかしたか?」
「もう!宏さんにやけてます!」


にやにやを隠さない顔のまま読んでいた雑誌を閉じ、コンビニの袋を片手に仁王立ちしている私をソファへと手招きした。その顔はとても気にくわないけれど、彼の隣は大好きなので口をへの字にしたまま隣へと腰掛ける。頭をこつんと肩により掛けると、大きな腕が私の肩を包む。暖かくて、安心する。


宏さんも私もお休みの朝。急にデザートにプリンが食べたくなった私は、ラフな格好に薄く化粧をしてコンビニへと出かけた。家から数分だし、休日の朝だからそんなに人はいないだろうと高を括っていた。玄関の扉を開けたところで水をまいていたお隣さん。おはようございます、と挨拶をすれば驚いた顔をされた。


「緑川さん家にはこんなに可愛いお嬢さんがいたんだね」


驚きすぎて声が出なかった。というか、言葉の意味が理解出来なかった。何度も何度も咀嚼して、ようやくお嬢さんがお子さんを意味しているのだと気付き「妻のなまえです」と言えたのは30秒くらい過ぎた後だった。


雰囲気が違うから、と謝られたが、化粧でそんなに変わるのだろうか。いつも挨拶しているのに気付いてもらえなかったのが寂しいっていうのもある。でも、それよりも、私と宏さんは年が離れすぎている、と言われた気がして苦しくなったのだ。それに気付いたのは、買いものを済ませて帰っている時だったんだけど。


「からかわれたんだろ」
「違います!絶対素で言ってました!」


「明日からはコンビニ行くのも、ばっちり化粧して、スーツで行ってやるんだ」半ば叫ぶように、感情のこもってないような抑揚のない声で文字を並べる。素敵な宏さんの素敵な奥様は素敵なスーツをしっかり着こなさないといけないのだ。そんな風に言われてる気がしたし、今私もそう思った。


「そんなにふくれるなって」肩から移動してきた手が、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。もともとぼさぼさだった髪の毛が空気を多く含んでふわふわと逆立っていく。スウェットと仲良しの中学生みたいだ、なんとなくそう思った。


「それってさ、俺たちが似てたってことなんじゃないのか?血も繋がってないのに、不思議な話だよな」


血も繋がっていないのに。もし宏さんと私の間に子供が生まれたら、その子は宏さんとも私とも血が繋がっていて、彼と私を血で結んでくれているみたいですね。いつか、ベッドの中でした例え話をふと思い出す。結婚したって、子供が出来たって、結局は他人の私たちが似ることなんてあるのだろうか。


「行動かもしれないし、性格かもしれないし、もしかしたら顔かもしれない。このままずっと一緒に居たら血も繋がったりしてな」


私の髪をゆっくりと撫でていた手を見上げて、ゆっくりと私の手を合わせる。全然大きさの違うそれは、私とは違うそれが流れている。そんな当たり前のことを、どうして悲しくさせるのだ。私とあなたは違う人間で、血のつながりもなくて、赤の他人。そんなの、分かってるよ。だからこそ、一枚の紙にさえすがりたくなるんじゃないか。


そもそも似るって、飼い主とペットじゃなかったけか。そしたら、私は宏さんのペットということなのか?「…からかってるのは宏さんじゃないですか」重なっていた手をグーにして彼の掌に押し当ててみるとぎゅっと握られた。押さえつけられた私の血管は、血の巡りをいつもより深く伝える。


「ばれたか」
「もう!真面目に聞いてください!」


頭突きするように宏さんの胸に倒れると、体中に彼の暖かさが広がる。ねぇ、好きです。好きなんです。世界中の人に宏さんの奥さんだって自慢して歩きたい。お似合い夫婦だって微笑まれたい。人の目なんてどうでも良いだなんて、私は言えない。


「俺は嬉しいよ。なまえが俺に似るのも、俺がなまえに似るのも、奥さんが若く見られるのも、そんな可愛いことでふくれるのを一番近くで見れるのも。血の繋がりなんて忘れてしまうくらいに、誰よりも傍にいれるのも」


私はこうして、今日も彼の口車にまんまと乗せられて機嫌を直してしまうのです。大切な人に守られて幸せしか見えない世界。暖かくて、ふわふわしていて、絵本の中みたい。最後はいつも、めでたしめでたし。愛でたし?芽出たし?


汚いものから、怖いものから、子供を守るために大きなその手で両目両耳を塞いでしまうのは、本当に幸せなのだろうか?もしそうなら、誰の幸せなのだろうか?消えてしまいそうな意識の中、ぼんやりと考えたけれど鼻孔いっぱいに広がった彼の匂いのせいで、上手く考えられなかった。


愛情とは
幸福と哀憐が交わり廻る




110620
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