憎まれ口が恋しいなんて、
小さい頃に読んだ漫画で女の子が、男の子の側でぽろぽろと涙を流していた。


わたしたち、ずっとひとりぼっちだね。


そう言って泣いた女の子を男の子は優しく抱きしめた。当たり前なのに、どうして泣くのだろう。幼心にそう思った。2つは1つになれやしない。2つが1つになってしまったら、それはもう2つではない。


安心出来る家族といても、大好きな友達といても、それこそ一生側にいたいと思えた恋人といても、私はひとりだった。ひとつの固体だった。私はそのことに対して嘆くつもりも悲しむつもりもない。その事実は私が生きていく上で絶対的事実であり普遍的なことだったから。


それなのに、赤崎遼という男と出逢ってから。恋に落ちてから。付き合うようになってから。始まりはいつだったか分からないが、彼という存在は私という存在を侵食しようとするのだ。


甘い言葉も、優しいそぶりもほとんど無いくせに私というひとつの存在を塗り潰そうとしてくる。


会う約束があればその日まで頑張れる、会った次の日は昨日を思い出して頑張れる。それでも、それ以外の日は。会わなければ、会わないほど侵食を始めるそれに愛しさから恐怖を抱きだしたのは最近のことではない。


それでも理由もなしに忙しい彼を頻繁に呼び出せる程乙女でもなく、彼に面倒だと思われるかもしれないという不安がないわけでもなかった。だから、話したいことがあると呼び出して、少し距離を、置きたいと、告げた。


我ながらあまのじゃくの塊のような存在だと思う。彼との距離をなくしたい程会いたいのに、自分が溶けてしまうのが怖くて、もう考えたくなくて、とうとう告げてしまった。理由も告げず、一方的に切り出したことなのに詮索することもしないで、別れはしないからな、と言ってくれたことがどれだけ嬉しかったかわかんないでしょ?


そういえば、1日も開けずに会うの、本当に久しぶりだったね。メールも電話も得意じゃないし、正直面倒だけど、赤崎と会うのは毎日だって全然苦じゃないんだよ。なんて言ったら柄じゃないって笑うかな。もしかしたら、また受け止めてくれるかな。でも、怖いんだ。私、初めてなの。こんな気持ちとか、考えとか、全部、全部。この歳でようやく初恋って何だか分かった気さえしちゃう。


好き、じゃなくて、なんて言えば良いかもわかんない。こんな気持ち、なんて言うのだろう。


一週間も二週間も会えなかったこと、よくあったのにあれから5日目にしてわたしは溶けてしまいそうです。ひとりでどろどろになってしまうんだったら、赤崎に侵食されてどろどろになれば良かったかな、なんてまた勝手なことを思っちゃってる。


会いたい


1日以上、未送信ボックスに閉じ込められたままのメールはいつになったら彼に届くのだろう。このまま一生届かないだろうか。でもね、今日は平日で、彼は練習があって、疲れているだろうから、無理させるわけには。


小さい頃から真面目だと言われたことはあっても、良い子だと言われた記憶はあまりない。それなのに、彼が絡むといつも良い子のふりをしてしまう。苦しくて涙がこぼれそうな夜も、ぐっすり眠っていたとか言えてしまう。脳も口も彼が大好きなのだ。私との一緒で、彼が。


それとは裏腹に、脳も口も私が嫌いみたいだ。嘘をつけばつくほど苦しくなる。わかってるくせに、持ち主である私より赤崎を優先する。あなたたちは、私が一生懸命拒んでいる侵食をもう受け入れてしまったの?


ずるいなぁ。ずるいよ。ばか。


あの日から、って言ってもそんなに経ったわけじゃないんだけど、とにかくあの日から仕事はまったくはかどらない。それでも休もうとか思わないのは性格だろう。


今日も終わらなかった仕事も鞄へと詰め、きっかり定時に上がらせてもらう。どこかに寄ろうというような気も起きず、まっすぐに家路へつく。いつもは長くて退屈な電車の中も、赤崎のことを考えているとあっという間に過ぎていく。今頃なにしてるんだろう。


確かにそう思ったけれど、まさかうちの会社の前に車をとめて、他でもない私を待っているなんて微塵も考えなかった。私の誕生日、練習帰り迎えに来てくれた日を思い出す。一日中動いてくたくたなはずなのに、疲れた顔なんて見せずにたくさんのサプライズを用意してくれて、


驚いたのと、思い出していたので止まってしまった足を不審に思ったのか、運転席から出てきた赤崎は何も言わず私の方へ足を進める。


会えない間も、いつもの癖で眺めたスポーツ誌や雑誌で彼を見たとき思ったやっぱりかっこいいなぁ、なんて気持ちじゃなくて、本人を目の前にするとただ愛しくて、どうしてか泣きそうになる。


「久しぶり、だね」
「そうか?」
「そうじゃ、ないかも」
「どっちだよ」


ゆっくりと目の前までやってきた彼に発したのはなんてことのない陳腐な言葉。本当は、会いたかったとか来てくれてありがとうとか待たせてごめんとか伝えたいことは山ほどあるのに。しどろもどろな私に小さく笑った彼の存在に苦しくなる。


「お前がそろそろ俺に会いたくなったかと思って」


思わず黙ってしまった口は、次の言葉を探すも何も出てこない。私が伝えたい言葉は、脳は伝えたくないのだろうか。それは、赤崎の迷惑になるからなのだろうか。それなら、私も伝えたくなんてない。だけど、伝え、たい。


ぐるぐると終わらない自問自答を繰り返していたところに赤崎の台詞。考えるよりも早く零れていた「なんで分かったの…?」なんて言う私に赤崎は視線を下げて「俺が、会いたくなったから」と囁くような声量で呟いた。ざわざわとした雑踏の中、マイクで拾われたかのように彼の声だけが真っすぐに私の耳へと届き、そのまま涙腺まで刺激した。


「本当は、いつも、会いたかった」


ずっと思っていた自分の気持ちを伝えるだけで、怖くて、涙が止まらなくて、顔だってぐちゃぐちゃだろうし、赤崎は困ってるし、今すぐここから逃げ出したくて、でも、伝えたくて。


それなのに、また声が出てこない。たまには私の言うこと聞いてよ、と叫びたくても、喉も口も知らんぷりで、情けなくて。


「言うのがおせぇんだよ、バーカ」


その思考を遮ってくれたのは、優しい声と暖かい掌で。拭くものがなかったのか、着ているロンTの袖を伸ばして私の顔に押し当てる。そんなに厚くないそれは、すぐに染み込み色を変えてしまう。


憎まれ口が恋しいなんて、呆れたものだと思う


1つじゃなくて2つだから、彼の暖かさを感じられて。彼の優しくない言葉にさえ愛を感じてしまうのです。いつか、どうして1つになれないんだろうと泣いてしまう日が来たら、今日を思い出して、彼の暖かさを思い出したい。




110602
素敵企画白昼夢様に提出させて頂きました。
[ 6/11 ]
*前目次次#
しおりを挟む
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -