「――ってワケで、パーティー的なものをだな……」 昼下がり。男二人に女一人が輪をつくって同時に頷いた。 珍しくアカイトが話を纏めていることに、マスターは若干の感動を覚えつつ家の子もやれる子だったんだわ、と気づかれないように涙ぐむ。毎日毎日カイトにお熱だったアカイトだって、カイト以外のことを考えられるようになったのだ、素晴らしいではないか。 なにかと、カイトがどうのこうの、カイトが火事をどうのこうの、カイトが犬をどうのこうの、カイトがロリコンだどうのこうのとか言っていた日々が嘘みたいだ。――ちなみにこれら全ての話は昨日アカイトが言っていたことだった。 「はいはーい! 俺、俺の意見聞いてっ」 唐突に挙手してから先生(アカイトもしくはマスター)の返事も聞かずに立ち上がった問題児、カイトが小さく咳払いする。ちなみにカイトは今日の書記係なので、立ち上がった際ノートとペンがことりと床に落ちた。そこで、カイトの文字の汚さにマスターは一人唖然とする。寧ろそこには文字など記されていなかった。暗号か、それともイラストかのどちらかだ。 そんなこと気にすることももちろんないアカイトは、やっと纏まった意見をぐるぐると一瞬にして掻き混ぜてしまう恐れのあるカイトの意見に固唾を呑んで、決心したように頷く。その合図を確認したカイトが、アカイトと似た声ですらりと言う。 「お酒は三缶までと決めましょう!」 ――だから、さっき焼酎瓶一本までだと、お前が提案したじゃないか覚えてないのか。 色々重症なのはカイトのほうだとマスターは再確認して、そういえばメンテナンスを最近行っていなかったと思い当たるのだった。 酒は焼酎瓶一本分しっかり冷やして置いてある、ケーキはアカイトとカイトがなにやら自信あり気に挙手したため任せきり(ちょっとは不安点も――否、多々あるが二人いればなんとかなるだろう)、お菓子はカイトが隠し持っていたものを強奪して大量に、チキンはかりっと皮は香ばしく、中はジューシーにと研究しつくした温度と時間で焼き終わったところだ。 オーブンを開ければさすがクリスマスに一番になくなる我が家のボーカロイドの好物も好物、美味しそうなチキンが油を垂らし、さあさあ口へ運びなさいと言わんばかりに座っていた。これはまた一番に消えてしまうんではないだろうか、と小さく唸りつつ熊の顔つきのお気に入りミトンを手に填め――と、そこでカイトの叫び声。どたどたどた、と二人分のなにやら焦ったような困惑しているような足音が重なり、溜め息を吐く。 「マスター、マスター!」 しかも普段滅多に合わない二人の歩調が揃って同時にマスターを呼んだ、ときた。 これは胸騒ぎや嫌な予感という類のものが湧かないはずがない。 「もしかして、ケーキ……」 「だ、だってマスター! アイス入れるだけでなんでも上手くいくんです! ……ふ、普通……だったら。ででででもあーくんが!」 「は!? 俺のせいかよ! 大体てめえがアイスなんか入れなきゃ俺はハバネロもタバスコも自重しましたー。お前があんな大量に入れなきゃこんなことになってないんですー」 「なっ、なんで俺のせいにするの!? 俺はただ、めーちゃんとめーくんに美味しいって言ってもらいたかっただけだもん! だから世界で一番美味しいものであるアイスを、」 「一番美味しい? はっ、よく言うなあ? お前の定規ではかってるだけじゃねえか、だからお前はアイスで死ねって言われんだよ! マジ、アイス、で、死ね!」 「う、っ……俺まだみんなでいたいもんっ、ね、ねえ、マスター?」 「……へえ、わたしに聞くの? カイト。わたしはね、こう思う。とりあえず二人とも黙って! それができないならなんとかして口塞いで、押さえて! それから大惨事になってるであろうケーキを見せなさい!」 声はもちろん荒く、鼻息も多少荒く一息に捲くしたてる。その迫力にアカイトとカイトが暫し唖然とする。そこではじめて、マスターは己が勢いのみで怒鳴り散らしてしまったことを感じ、胸が痛くなる。ああ、やってしまった、と額に手をつけ、情報の整理。 「お、俺、ケーキ取ってきます!」 そうして、居心地の悪くなった空気を一番に察してカイトが、その後をなにも言わずにアカイトが着いて再び部屋に戻っていく。 元々、キッチンはここにあるのだから作業は三人でやろうと考えていたのだが、マスターのその意見をアカイトとカイトが首を左右に振り拒み、「キッチンなら俺らの部屋にも、小さいながらありますから、そこを使わせていただきたく……」なんて、いつもなら使わないような言葉遣いで話したもんで、別々に作業をしたのだ。 理由を訊いても二人は答えなかったものの、憶測で言えばそれは「マスターに誉められたいから」だとか「びっくりさせたいから」だとか、そういう類の思惑からきたものなのだろう。今となっては、なぜあの時全力で止めなかったのだろうと悔しさに唇を噛むくらいしかできないのだが。 「さて……」 気持ちの切り替えのため、敢えて口に出して考える。 何年マスターをやっていると思っているのだ、どんな状況になっているかの粗方の想像は容易い。マスターは脳裏に真っ赤であって嫌な甘さが残る、大体は辛いケーキを想像した。どちらかだけを入れるならまだしも、カイトの好物であるアイスと、アカイトの好物である辛いもの全般が加えられたため、その味は食べられるようなものではないだろう。 オーブンはここのみ。よって、まだ掻き混ぜている段階だ。だからと言ってぐちゃぐちゃに混ぜられたそれから要らないものを排除するなんて無理だ。じゃあ、どうするか。 ――どう頑張ってもつくり直すという考えにしか至らない。 メイコとメイトを半強制的に外に出し、大体はやくて六時には帰ってくるだろうと考えると――あと三十分ほどしか時間はない。まだ焼いてないからホイップは残っているだろうし、飾りつけに使う諸々の材料には手をつけてないはず。それなら、あれしかない。 「マスター?」 悩むマスターを前に不安げに、やはりマスターの想像通りの生地を持ってきたカイトが首を傾げる。 「うん。カイト、平気だよ。なんとか、……してみせよう!」 「俺のこと忘れんなよ、マスター。俺だってやればできる」 「……うん、アカイト。とりあえずその凶器とも言える辛いものたちを片づけてね。そうしたらケーキづくりに参加しても……まあ、文句は言わないから」 さて、あと三十分でどこまでできるか。 「お誕生日おめでとう! メイコ、メイト!」 パン、パパン、と少しだけタイミングが合わなかったクラッカーが音を響かせる。ちなみに散らからないタイプなのでどれだけ派手に鳴らしても後片づけが楽だ。五色ほどの紙テープが飛び出して、音に驚いて目を瞑ったメイコとメイトの髪の上に貼りついている。 それにマスターは穏やかに微笑んで、カイトも同じで、アカイトだけがメイトを指差して笑った。元々アカイトとメイトは喧嘩仲というか、喧嘩で愛情確認をするというか、家族でいる証というか、仲が悪そうに見えるコンビなのだ。 なにかとアカイトはメイトに突っかかるし、メイトのほうが大人に見えるけどそれでも、カイトに対しての表情とアカイトに対しての表情では全く違う。アカイトに対してのほうが少し餓鬼くさくなるというか。そこも可愛らしいところと言えるのだろうか。 だからこそ、今回のパーティーの提案者がアカイトだと聞いたらメイトはびっくりするだろうし、それは部屋に行った時にでも言ってあげよう、とマスターは心の中で独りごちる。まあ、喧嘩するほど仲がいいということなのだろうか。 「んふふ、めーちゃんめーくんっ、驚いたっ? 俺がつくったんだよ!」 みんなでテーブルの前、仲良く立っていたからメイコやメイトから見たら見えなかっただろう料理の数々を振りかえってカイトは誉めてとばかりに微笑む。お酒はもちろん二人が好んで飲むものを、お菓子はカイトが好きなものを、チキンはまだ温かいし、ケーキは――仕方ないから罰ゲーム用にと焼いてみたアカイトとカイト特製ケーキと、それから市販のケーキ台を慌てて買ってきて三人(もしくは一人と二体)でデコレーションをできるだけしたケーキがテーブルに並んでいる。もちろん、いつもはメイトが用意してくれる取り皿からフォークからも人数分揃っている。 「んだよ、俺も忘れんじゃねえぞ、バカイト。俺だってちゃんと手伝った」 「えー、だってあーくんはホイップつくっただけ……」 「あれが意外と大変なんだってば!」 「はいはーい! 二人ともよく頑張りました、今は二人におめでとう、でしょ?」 気を抜いていたらこれだ。二人を制止させ、とりあえずはメイコとメイトを見る。 これでも、二人は頑張ったほうなのだ。いつもならテレビやゲームを二人でやりつつメイトの料理を待っている二人がほとんどしたことがない料理をしたのだから。マスターとしてはなにか子供が巣立っていくような、大人になっていくような感覚がある。 「あ、えと、おめでとう、めーちゃん、めーくん」 「俺からも。メイコおめでとう。あ……、あと、メイトも一応、うん。いつも色々してもらってるし、……ま、別に俺からのおめでとうなんて要らねえと思うけど!」 メイコとメイトが二人似たような動作で目をぱちぱちとさせて、二人見合う。 もしかしてなにがどうなってこんなことになっているのか理解してないのだろうか。誕生日、だとか覚えていないとか? そんな、まさか。 「う、んと、誕生日……」 「あー……そういや、今日だったかも」 それから確かめるように二人、言葉を紡ぎはじめる。 「あたしたち、忘れてたわよね。出かける時もなんだか強引だったけど、……それもこれのためだったワケね。なにかあるなとは思ってたけど、まさか、こんなこととは」 「それも知らず俺ら、マスターが勘違いしてると思ってたよな。最近俺とメイコ、二人の同人誌が部屋に乱雑としてたから、なんとか二人をくっつけようとしてたのかと、」 「そうそう。それで喫茶店で二人、笑ったのよね。あー、これのことだったのね、全然知らなかったわ。ちゃんと記念日は憶えておかないとだめね」 「ボケが回るにははやすぎる、よな。確かに。まあ、とりあえず、ありがとう」 「そ、そうね。……ありがとう。ああ、照れ臭いわねこういうの! うんうん、頑張ってこんなに料理も用意しちゃって! 人数が多いからといって、ケーキは明日に持ち越しちゃうんじゃないかしら? んふふ、まあいいわ。とりあえず、ありがとうね、ほんと。嬉しいわよ。カイトもよく頑張ったのね」 「アカイトもさー、俺のためにこんなことしてくれるなんて、もしかして俺に惚――」 「れてねえよ! ばっかじゃねえの! 俺が好きなのは――げふんっ」 「まあまあ、二人とも今日は喧嘩しないの! お酒もあるみたいだし、みんなで盛り上がりましょーよ。あー、なんか楽しくなってきたっ」 メイコがいち早く酒に気づいてそれを左右に振りつつ微笑む。パーティーがはじまる合図のような気がして、みんな同じように笑って、それから頷いて再び笑った。 ――生まれてきてくれてありがとう、なんて。照れ臭くて言えないけれど。 精一杯の 愛情表現 ( その表現方法はそれぞれらしいけれど 。 ) −−−−− メイコとメイトお誕生日おめでとう!わーい! まだキャラが把握できていないのですが、メイトさんは家のお兄ちゃんキャラです。 気づいたらアカイトとカイトばかり話していてすいません。みんな好きだよ! #前作:心臓を返せ 20100000/ゆゆむら |