ふざけんな、小さく漏らしたけれど帯人には聞こえなかったようで、ぐ、とアカイトは唇を噛んだ。それから、本当に悪趣味だと思った。なにがって、目隠しだけはしなかった点。顔が丸見えで異様に腹が立つ。

「もう降参なの?」

 にやついた口元に無性に腹が立って、軽く視線を逸らせば、顎を掬われた。

 それから交わった視線に、帯人は満足気に微笑む。降参どころか、最初から帯人はこうするつもりだったんじゃないだろうか。

「ねえ、あークン? なんも言ってくれないと分かんない」

 ――ああもう、本当に煩い。分かってる癖に、どの口がそんなこと言ってんだ。




>>>





「とりっくおあー、とりーと?」

「あ?」

「ハロウィン。あークン知らない?」

「あー、知らねえっていうか、興味がねえ。……そういう話なら、カイトんとこ行って来いよ。喜んでつき合ってくれるんじゃねえの?」

「……あークン俺と話したくない?」

 じ、と片目で射ぬかれた。それ反則だって何回言ったら分かってくれるんだろうか、小さく溜め息を吐いて、困ったようにアカイトは頬を掻く。「こうやったらあークンはいつも話してくれる」とでも思われていたら最悪だ。もしかして策士なんだろうか。

「あーもう分かった分かった。で、なに。話すっても、それ以上なにを?」

「パーティしたい」

 ぼそりと言った言葉を、アカイトはしっかりと聞き流さなかった。数秒固まる。

 その間、帯人は一瞬も視線を逸らすことなく、アカイトの膝の上にいた。


「はあ?」


 そして、たっぷりの間を開けてアカイトが返す。呆れたような、困ったような、そんな感情を込めて帯人を見れば、不思議そうに帯人がアカイトを見つめる。いや、見つめるんじゃなくてなにか返せよ。そう思ってアカイトは帯人の無口さを今となって憎むことになる。機嫌がいい時はいつもの態度はどうした、というほど喋ってくれる癖に。


「……パーティ」

「いや、んな単語だけで催促されてもすげえ困るんだけど。大体、マスターだって留守も多いし、最近仕事が増えたって言うし、負担になっちゃ困るだろ? 帯人も」

「……マスターはなんとか、なる」

「ならねえならねえ。お前今日我が侭、っちょ、顔近づけんな」

 鼻先が擦れ合うほどに顔が近づいて、どうしようもできないほどにアカイトの胸が高鳴る――と同時に、帯人がからかうようにくすりと笑った。「あークン初心」なんてぼそりと呟かれて、アカイトは眉間に皺を寄せる。反論したい時は合っている時か合っていない時か、二つに一つだけど、今回の場合は前者だと分かって、余計に頭が痛くなる。


「あークン」

「あー、なに。まだなんかあんのかよ、初心で悪か――」

「勝負、しよ」

「……もう俺、お前の思考回路が理解できねえ。やっぱカイトのとこ行け」

「カイトは優しすぎるからやだ」

「ドMかお前」

「違う。けど、勝負、しよ。俺が勝ったらパーティー」


 心なしかきらきらと輝いた瞳で帯人は言う。強情で我が侭で、そんな言葉をかけられることくらい、帯人はしっかりと理解していた。だからこそ、無理には言わない。アカイトの怒る少しだけ手前を滑って、誘導する。


「……帯人が提案したこと軽く呑めねえよ? マスターのことも考え――」

「あれ? あークン、負けるのこわいの? あ、結果が出るのがこわいんでしょ、あークンが俺より劣ってて、マスターに必要なのは俺だって、理解するのがこわいんでしょ?」

「な、に、言って……」

「マスターは優しいけどさ、なにかあったら二人に一人しか残れないかもよ? そんな時、勝負に負けたやつと勝ったやつ、どっちが残るか分かる? ふふ、あークンは知りたくないのかな。弱虫だもんね」


 早口に言って、帯人はさっとアカイトの膝の上から退く。これで、アカイトが手を伸ばしたら勝ちで、伸ばさなかったら帯人の負け。どれだけ危ないところを擦り抜けて、ギリギリのラインを渡れたかが勝負の鍵。意外と辛抱強いアカイトには、これくらいがいい。

 にたりと、わざとアカイトがむかつくような笑みをつくって、少しだけ遠くから見つめる。アカイトは無言で、帯人は今日は自分が負けるのかもしれない、と小さく思った。


 ――ああでも知ってる? こんな勝負、そんな意味は持ってやしないんだよ。本当は少しだけじゃれたいだけ。本当に二人に一人になったらその時は譲るから、帯人が思って目を細くして、そうしたら、大きく溜め息を吐いたアカイトが口を開いた。


「…………やってやるよ」

「別にいいよ、あークンがこわいならさ。俺、あークンのこと嫌いじゃないから」

「やってやるって言ってんだろ? それともなんだ、帯人のほうこそ負けるのがこわくなったか?」

「はは、黙ってたほうがいいよ。あークンが負けるのはもう決まっちゃってるんだから」

「……勝負は、」

「降参、って言ったほうが負け。簡単でしょ? それまでのルールなんて面倒なもの、俺はつくらないよ。そっちのほうが、楽しいじゃない」

 緩く口元で弧を描けば、アカイトも同じように微笑んだ。




>>>





「で、さ。なんでこういう状況になってるワケ? 俺やっぱお前が分かんないわ」

 悔しさ紛れに呟けば、帯人が音を立てて笑う。喉の奥で籠もったそれは、アカイトの腹を立たせるには十分だった。解け、低く冷たく言って、だけれど帯人は聞こえないふりをする。それから、包帯を持ったままでアカイトに近づく。

「ごめん。俺だってこういうことをシたいワケじゃないんだよね。だけど、あークンがはやく降参、って言ってくれないからさ?」

「はっ、笑わせる。大体、てめえがこういうことシたくて、あれはおねだりだったんだろ? 俺をわざと腹立たせて、勝負に誘って。それで満足しながら俺は知りません、だもんな。いっつも卑怯な真似しやがって」

 苛々して、いつも言わないことをほとんど無意識に口走る。今の状況で言っても逆効果だ、そうは思うけれど、止まらない言葉は部屋を埋め尽くして、次第に吐き気がするほどの空気をつくりだしていく。


「……なんか言えよ」

「口も塞げばよかったかな、ね、あークン。お行儀が悪いよ?」

「どうせなら、口も目も塞いでくれ。俺だっててめえの顔も見たくねえし、言葉も、交わしたくない」


 その言葉で、体が冷たくなる。分かってる、逆効果だ。
 腕も、足も拘束されてる。帯人の好きな包帯で。きつく縛られて、動けないように。


 元々は別にこういうことをしてたわけじゃなかった、はずだ。早口言葉だとかしりとりだとか。それでアカイトが負け続けて、「ずるい」と言えば、帯人が「じゃあ、あークンでも勝てそうな勝負にしよっか」と言ってきた。そうして、急に拘束されて。


「分かってる? 我慢大会なんだよ、これは」

「あ? 俺はンなこと言われる前にてめえに拘束されてるから知らねえよ」

「ふうん。じゃあ、今説明してあげる」

 くるくると人差し指を回しながら、いつもなら見せない満面の笑みを貼りつけて帯人が言う。それから、温度の低い手でアカイトの頬を撫でる。

「アカイトは、拘束を解いて欲しくなったら負け。俺は、拘束を解きたくなったら負け」

 傍から見れば可愛らしい笑みで、帯人はじっとアカイトを見つめる。

「はーん、そういうことか。お前も変なヤツだな」

 くすりとアカイトが、やっと余裕を取り戻して笑う。小さく息を呑んで、それでも笑みを忘れない帯人を見つめる。やっと、視線が交わって。


「ばーか、分かってんだよ、お前の言いたいことは」

「はやく」

「お前も黙ってりゃ可愛いことしてんのに。なんでわざと腹立たせるようなことするんだか。……俺はマスターが特別に好きなワケじゃねえのに」

「うん」

「好き、愛してるから。帯人だけを」

「……知ってる、よ」

「ばーか、不安だったんだろ? 素直になれよ、俺だって素直になってやってんだから」

「……あークン、ピリピリしてて、少しだけ不安だった」

「少しだけ?」

「……たくさん」


 その言葉を最後に、帯人は不安げに視線を落とす。笑顔も消えて、きらきらと光る瞳すら深く沈んでしまって、微かに睫毛が震える。ああ、泣くな、とアカイトは最後を知った。

「抱き締めてやる。一人で泣かせたりしたくねえし」

「うん……!」




悪い子には


( 悪戯なんてちゃちなモンじゃなく、拘束のプレゼントで心を開く。 )




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とんでもない雰囲気小説。帯人はさびしい時でもおねだりが下手で、ぎゅーしてとか言えないんだけど間接的になにかをしてアカイトに構ってもらおうと頑張って、だけどアカイトはなんだかんだいって帯人のそんなところを分かっていて結局は帯人を甘やかす。そんなアカ帯ですもえる。

その後アカイトがサプライズでマスターとカイトに頭を下げて、パーティーをやってあげると、いい。アカイトは「お前のために頭下げて回ってやったんだ、ちゃんと楽しめよ」とか言いそうです。そして帯人は泣く。結局どちらもぶきっちょです。

20091015/ゆゆむら

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