「ただいま」

 めんどくさそうな声が部屋に響く。家のどの部屋も真っ暗の中、一つの部屋だけ電気が点いたのを確認した途端、めんどくさそうな声が更にめんどくさそうになって意味のない言葉を発し、溜め息を吐く。それから逃走準備。しかしもうこちらをギロリと見つめているその人――李亜を見て、歌憐は自宅に帰ってきて早くも二回目の溜め息を吐く。


「遅かったわね、なにしてたの?」

「いや、別に関係ねぇよな、お前に。ってことで放置でいいよな? ドアの音でわざわざ起きることねぇだろ、いいからさっさと寝ろ」

「質問されてるんだから答えなさいよ、さあ」

「分かってるくせに質問する意味あるか?」

「あら、質問っていう意味辞典で調べたほうがいいんじゃないかしら? 分からないから訊いてるのよ。もしかしたら今日は、どうしても抜けられない用事だったのかもしれないし? いつもと同じか分からないから訊いてるの。もしかしてそれくらいも分からないくらい内のボスは頭がイカれちゃった?」

「お前地味にムカつく言いかたするよな。……ああ、そうだ、喧嘩し」

「あらそうやっぱり」

 食い込み気味に微笑まれた。怖い。この笑みを歌憐は知っていた。それが合図のように頭を抱えた後売られた喧嘩で少し傷ついた腕を差し出し、苦笑する。


「治療しろよ」

「してください、じゃなくて?」

「お前が勝手にするする煩いだけだろ、俺はしてなんて一言も言ったことねぇぞ」

「あなたがボスな限りしなくちゃいけないの、よって喜んで傷口を差し出すべきよ」

 嫌な笑顔を向けられ、「う」と口籠もる。人を不愉快もしくはなにも言えなくする術をこいつはなんでも知ってる、そう歌憐は思って苦笑した。

 いつだってそうだ、夜だろうが昼だろうが血の臭いがした瞬間李亜はこちらを見据え溜息を吐き、傷口を目一杯掴む、それはもう遠慮や配慮をしらない無邪気な子供のように。だけれど李亜はもう子供じゃないから余計性質が悪い。昔は無邪気に笑う可愛い子供だったのにと少し過去を振り返っているところ、何度もされて慣れた痛みが体を支配する。一瞬体が震えた。

 少し視線を落とすとどこか嬉しそうに微笑んで傷口を掴む李亜が見えた。

「うふふ、そんなに痛い?」

「お、まえ……が、やったんだろうが」

 くすくすと笑われて余計腹が立つ。わざとそういう笑いかたをするのは知っているから、怒りを爆発させないよう何度も深呼吸をして耐える。むかつく、非常にむかつく。

「消毒してやるから大人しく、ね」

 人差し指を口元に当て、「しー」と呟いて微笑まれた。再び言葉を失う。李亜の持っていた消毒が、前見た消毒と変わっていた。ラベルに危険!と、どデカく書いてある。

 絶対にあれは普通の消毒じゃない、なんというか、腕がなくなりそうな気がする。

「ざけっ――」

「んな、って言おうとしたの? だめでしょ、言葉遣いには気をつけなきゃ」

「そ、れ」

「ああ、消毒ね、変えたのよ。試作品だけどわたしが作ったものだから絶対大丈夫」

「だから逆に心配だっつのに」

「ぁあ? なんか言ったかよ」

「いや、なんでもないです」

 こいつは本当に、人を黙らせる術をよく知っている。

 ボスに傷があるとなってはなんたらって言われて始めたこの治療も、今ではこいつの試作品を試す会になっている。それで成功したのは片手で数えられるくらい。失敗したのは――ああ、もう思い出したくない。いつからこいつはドSになったんだ。

 昔と今の差が激しすぎて頭が痛い。

 その後やはり失敗した実験に、もっと酷くなった傷口を握ってメモしている李亜と悲痛と苦悩を叫んだ歌憐がいたのは言うまでもない。


「もうやめろ、李亜。これ体が持たな――」

「明日はなにを混ぜてみようかしらー」








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へたれなボスが好きです。
いつも強気な男の人は、崩したくなる性。

20081118/ゆゆむら

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