「見つけたの!!」
織香は紅茶の入った白いカップを割れそうなぐらいに力を入れてテーブルに乗せた。
その音は喫茶店中に響き渡り、客人の視線はここに集まった
何を?とため息まじりに思わず問い返しそうになった。
だが、片手に持ったブレンドコーヒーを眺めながら懸命に頭の中を駆け巡ると、ある記憶と彼女の言っていることがリンクした
一か月ほど前だっただろうか・・・・
彼女がこんなのことを言い始めたのは・・・
***
三月初旬。
まだ足元がひんやりと冷え込む時季・・・・
いつもと変わらない毎日を漠然と過ごしていた。
春も近いというのに変わることは何一つ・・・いや、一つだけあるか・・・
織香が僕のいる大学に来ることだ。
それで、この機会にと織香は一人暮らしをするだなんて言うもんだからびっくりする以外になかった。
昔から世話の焼ける織香が一人暮らしだなんて・・・
家が火事になるに違いない。
だが織香は新生活を思い描き、大学に行ける嬉しさで揚々としていた
そんな輝かしい顔を見ていたら「一人暮らしなんてやめた方がいい」なんて僕にはいえなかった
そして織香はこの一か月間、予算とも合い、大学との交通アクセスも良いアパートを探していた
***
織香は料理の心配だけはいらない。
昔から料理が趣味で今でもたまに僕に腕を振るってくれる
だが…
「大丈夫なのかい?掃除とか・・洗濯とか・・」
「大丈夫だって!!!・・・でも一つだけアパートを借りる条件が足りなくて・・・」
本当に大丈夫なのかな…
「はぁ・・・何なんだい?」
「予算がね〜…ちょ〜っとだけ足りないの…」
「なんだ、そんなことか。じゃあ、諦めれば良い。」
意地悪く、コーヒーを飲みながらそんなことを言って見せると織香はこの世の終わりを見ているかのような顔をした。
これも予想通りの反応だ…
「でもね!!他の条件がぴったりですごくいい部屋なんだ!!日当たりも良いし…」
そう言いながら、僕に部屋の見取り図を差し出してきた。確かに日当たりも良く、交通アクセスも良い…
僕が暮らしている家に居候させても良いが、僕は家を空けることが多く、他に一緒に暮らしている人もないし織香を一人にすることになる。
…心配すぎる。
僕は経済的に裕福だからこれくらいの足りない予算の分なら払ってあげてもいい…
でも、織香を一人で暮らさせるわけには…
……そうだ!!
「織香、じゃあ僕が残りの分を払ってあげる。その代り僕にも条件がある。」
前半の部分を言い終えたときはパッと顔を織香は明るくしたが、後半の部分を聞けばさっきまでの笑顔は消え、顔が引きつっていた
僕がとんでもない条件を付けるとでも思ったのだろうか?
「な…何?…条件って?」
「フフッ・・・まだ、内緒だよ。」
僕はまたコーヒーをすすってニコッと笑って見せた
「すごく嫌な予感がする…半兵衛ってやっぱり腹黒だ…」
涙目になりながら織香はつぶやいた
僕に聞こえないように言ったつもりだろうが丸聞こえだ。
さて…彼に電話をしなければ…
きっと彼は淡々と聞き入れるだろうね…
そして僕は織香から離れポケットに入った携帯電話を取った。
驚愕
半兵衛が足りない家賃を払ってくれると言った。
だけど、条件付きで・・・・
彼に条件付きと言われたら良い予感は一切しなかった
その代り私は大学生にしては贅沢すぎる部屋に一人暮らし・・・・
それさえあればどんな条件でも立ち向かってやる!!と心に強く決心していた
次の日、いつもの喫茶店で半兵衛が条件を発表してきた
「君にはあの家で三成君とこれから暮らしてもらう。いいね?」
「・・・・は?」
耳を疑った…三成君って…まさかあの!?
半兵衛の後輩だとかいう…確か私とは同い年で、同じ大学に来るとか言ってたっけ?
……ヒィィィィ!!!
い、いやだ!!あの人ってすごく目つき悪いし何考えてるかわかんないし…あんな人と暮らすなんて無理!!私の精神が壊れるに違いない!!
「いやだ!!あの人怖いし…無理だって!!仲だってあんまりよくないし…挨拶ぐらいでしかしゃべったことないし…だから無理!!却下!!」
「でもね、織香…三成君は僕が最も信頼できる後輩だよ?君の世話もしっかりとしてくれるしいうことなしだと思う…君のプライベートには一切干渉させないから安心したまえ。」
にっこりとほほ笑みながら半兵衛はそんなことを言うが私にはその笑みが恐ろしく見えた。
「で、でも…そんな世話係みたいなの私…いらないよ…」
「君を一人で暮らさせるわけにはいかないんだよ。心配だ…用心棒の一人ぐらい君は空気のように思っておけば良い。三成君とは面識があるだろう?」
「そうだけど………」
不安そうにしている私に半兵衛は真剣な表情で見つめてきた
「君はあの家に住みたいんだろう?僕の大事な幼馴染を一人暮らしにさせる…僕が心配するわけ、分かるよね?」
「……」
歳は離れているが私は半兵衛とは幼馴染だ。
幼馴染だからなのか私は半兵衛にいつも心配されてきた。
何かあれば心配だ、心配だと言ってきた。
もう大人といってもいい歳になった今の私にでもその口癖は健在だ。
だから、これは私を思っての判断なのだろう。
「……分かった…三成君と一緒に住むよ…」
多分、私にはyesという選択肢しかなかったと思うけど…
すると半兵衛は脱力したように息をついて私ににっこりと笑ってきた
「よかった…これで僕も一安心だ…」
その笑顔はいつもの悪戯っぽい笑みではなく心が温かくなる、陽だまりのようだった
ーーーー半兵衛を心配させるわけにはいかないもんね…
私は残りの紅茶をすべて飲み干した。
鼻にはまだ落ち着きのあるアールグレイの匂いが残っていた