※路上ライブをする天馬とそれを見に来る拓人の話


初めてアイツの歌を聴いたのは雨の中だった。



雨躱



煌々と光る駅と周辺に建つデパートやショッピングセンター。
その駅前のデパートの壁で一人歌う少年がいた。
彼はギターを巧みに弾きながら自分の歌を優しく、だがみんなに届くように歌っていた。
彼は常に笑顔でうれしそうに歌う。
そんな彼の周りには彼の歌を聴きに来る奴らで囲っていた。
俺もその一人だった。
冬に近づき暗くなり始めるのが早くなった街は冷たい風が吹き抜ける。
彼は大抵暗くなり始めた頃にこの場所に来てはギターの調整などの準備に勤しむ。
すでに彼の歌を聴こうと集まり始めては今か今かと待ちわびている。
ギター調整も終わり彼は自分の準備した小さな椅子に座った。

「今日も来てくれてありがとうございます。俺の曲をたくさん聴いていただければと思います。」

まってました!、なんて歌舞伎ではないのに周りから掛け声がかかり、うれしそうに彼は歌い始めた。
今日は元々天気が悪かったのもあり、雨が降り始めたら彼のギターケースにチップを入れてみんな帰ってしまい、早めのお開きとなってしまった。
人がいなくなり俺もギターケースに着物を着た偉人が印刷された紙幣を中に入れる。

「ありがとうございます。毎日聴きに来てくださりますよね。」

彼から俺に声を掛けてくるとは思わず、驚きのあまり傘を落としそうになった。
傘を握り直す。

「あぁ…お前の歌がすごく好きなんだ。」
「本当ですか!!じゃあ、特別にこれあげます!」

彼が差し出したのは曲が記された紙だけが飾られているだけのCD。
その中でも際立って気になる曲を見つける。

雨躱―…。

「この雨に躱す…てなんて読むんだ?」
「それはうたって読みます!」

うた…なかなか難しい読ませ方をさせるなと思ったが彼は得意気に笑って見せた。

「雨の中でもみんなに俺の歌が届いたらいいな、と思って作った曲なんです!」

彼はギターを構え直しピックで弦を弾きはじめた。
その音に自分の歌をのせた。


それは、俺が初めて彼の歌を聴いた曲だった。


「…その曲すごく好きだ。」
「音楽好きなんですね。」
「あぁ。音楽は俺が生きてきた基盤だからな。」


不在がちの両親がよく連れていってくれたクラシックコンサートは今でも良い思い出だった。
大学生になった今ではそんなことも無くなってしまったが。

「今度デビューが決まったんです。」

うれしそうにだけど寂しそうに彼は笑った。
彼の実力を考えると当たり前なことだ。

「なので、ここに来ることもなくなってしまうので、毎日来てくださるあなたにこのCDを渡したかったんです。」
「俺でいいのか?」
「あなたがいたから頑張れたんです。何かお礼をしたかったんですがこんなものしか考えられなくて。」

ギターを仕舞いギターケースを閉じた。

「…名前だけ聞いていいですか?」
「神童拓人だ。」
「俺、松風天馬ていいます。」

彼は…天馬は俺の手を大事なもののように包んで俺を見た。

「拓人さん、いつもありがとうございました。これからも俺のファンでいてください…。」

彼の青く澄んだ目には涙が溜まっていた。
抜けていく両手を感じながら天馬が煌々と光る街の中に消えていくのを俺はただ眺めていた。




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