翌日の深夜、エルヴィンさんはそっとやってきて私に鍵を手渡した。
「隣と繋がっている隠し戸がある。此れで入るんだ」と私に耳打ちした。
 左側の壁を見ると、本当にあった。今まで気にしたことがなかっただけで、同じように此処にあったに違いない。それは、私が縮こまってようやく通れるであろう大きさの、小さな扉だった。都合の良い話だ。
 これは秘密裏に、エレン・イェーガー訓練兵の牢へ忍び込めということなのだろうか。エルヴィンさんの言った私の「仕事」、つまり彼の「相手」は、「調査兵団」による公式なものではなく、エルヴィンさんが私に気を使って作ってくれた「仕事」に違いない。
 確かに私には話し相手もおらず、エルヴィンさんはお仕事で忙しいから毎日毎日私と面会しているわけにもいかない。少しさびしい、というのは、紛れもなく、事実だった。彼は其れを感じ取り、エレン・イェーガー訓練兵と私を引き合わせてくれたのだろう。……なんて出来る人間なんだ、エルヴィンさん。感謝の言葉も無い。
 私は、果たしてエレン・イェーガー訓練兵が私を受け入れてくれるだろうかという不安、そして「イェーガー」の発音が正しいのかという様ざまな不安を抱えながらも、隣へ忍び込む決心をした。
 牢の外を盗み見ると、二人居る看守は二人ともこっくりこっくりと居眠りに入っている。仮にも巨人化する「危険人物」を目の前にこれで良いのかと不安になったが、エルヴィンさんの言葉を思い出した。
「彼は憔悴している。労ってやってほしい」
 エルヴィンさんがそういうのだから、危険人物なはずがない。


 隣の牢に入り込むと、昨日の私と全く同じ状態で監禁された男の子がいた。
 両手に錠を嵌められ、ある程度の身動きしか取れないようにされている。
 昏睡している男の子の貌は薄い傷が沢山あって、痛々しかった。目を閉じているのに眉間にしわが寄って、苦しそうだ。
 私は看守から見えない位置を探り、音を立てないよう意外と大きなベッドの端に腰掛けた。ギシ、と小さな音が鳴って焦ったが、ばれてはいないようだ。
「……エレン、イェー……、ガー?」
 耳元に顔を寄せ、小さな声で名前を呼んでみたが、彼が目を覚ます気配は全くない。……それにしても「イェーガー」の発音が合っている気が全くしない。
 顔を近づけて見ると、エレン・イェーガー訓練兵はなかなかに綺麗な貌をしていた。鼻はすっとして高いし、眉毛も綺麗。長い睫が、目を開いたらどんな瞳をしているのだろうと、好奇心をそそった。しかし、私は途端に悲しくなってしまった。
 この幼い貌をしたエレン・イェーガー訓練兵は十五歳でありながら、「調査兵団」に危険人物と認定され地下牢に監禁されているのだ。私もたいして待遇は変わらないが、彼は私のように異世界の人間ではない。「此処」の人間に違いないのだ。
「……エレン……は、大丈夫、なの……かな。」
 「調査兵団」で、彼の信頼に足る人物は居るのだろうか。エルヴィンさんは彼を無碍に扱ってはいなそうだが、いかんせん年齢が離れすぎている。もっと頼れる、信頼できる、同年代の友達は居るのだろうか。……この前此処に来たばかりだから、そんな人間居る筈がない。
「……エレン。」
 此処に、この「地下牢」にいる間だけは、私が貴方の「友達」に成れる。
 まだ見ることのない彼の瞳を思って、私は彼の目尻に口付けを落とした。
「エレン、……早く、起きて……、ね」
 ……この世界の言葉は難しくて、いまだにスムーズに文章を言えない。




エレン目覚めませんでした、すんません!つづきます。
2013-08-09