「俺の名前、最初は読めなかったでしょ」
「うん」
「リンヤって読んだ?」
「……うん」
「やっぱり。君って結構馬鹿なんだね。ちょっと考えれば解るものじゃない? イザヤ以外に読み方無いよ」
「いや、解んないよ」
「俺は解る」
「そりゃ臨也くんは産まれた時からイザヤなんだからね」
「まあね」
「変わってるよね」
「よく言われる」
「うん、喋ってばっかいないで手も動かしてくれるかな」
 私と折原臨也くんは、放課後の教室で、一つの机を挟み向かい合って座っていた。間にあるのは日直日誌。ちなみに私は本日日直ではない。臨也くんと一緒に日直だった筈の男子生徒が逃げたため、私がHR委員として代役をしている。
 あの生物の実験以来、何故か私は教師に「折原と仲良し」のレッテルを貼られ、この役を押し付けられた。それは間違いだ。決して仲良しではない。現にあの実験の日以来一言も会話を交わしていないのだから。
 臨也くんは私の言葉を無視し、綺麗な手でシャーペンを弄び始めた。ペン回しが上手い。
「ていうか、私なんでここにいるの? 鈴木くんはなんでいないの」
「へえ、知りたい?」「……知りたいよ」
 鈴木とは本来日直だった男子生徒だ。臨也くんが急に私へ目線を寄越して、笑顔を浮かべたから、私はほんの少しだけ固まった。
「あいつ、負けたんだよ」
 何に、とは、彼の嫌な笑顔を見れば聞くまでもなかった。賭博だ。ペンを回す手が止まった。
「あいつが負けたのは俺の所為じゃないのに、馬鹿だから昨日からずっと俺を避けてるんだよねぇ、鈴木」
「……へぇー……」
「俺と目が合うとさ、大げさなぐらいビクンッ! って身体揺らして驚くんだよ。その後も不自然に目ェきょろきょろさせてビビッてんの。ああもう、本当に人間って奴は面白い! そんな反応しても俺を喜ばすだけってあいつ気付いてないのかな? まあどんなに謝られても金は払ってもらうんだけどね」
「……」
 私は彼に返す言葉を用意できる程の脳みそを持っていなかった。いや正直に言おう、ドン引きした。しかしここで目をそらしてはなんだか彼に負ける気がして、私は日直日誌をずいと彼に差し出した。
「うん、まあ、いいからここにコメント書いてくれる?」
 すると、折原臨也くんはスッとした目をぱちくりと開いて私を見た。驚いているらしい。そのお顔はやっぱり美しかった。ここまでイケメンだと、人生イージーモードなのだろうか。羨ましい。
「なに」
 数秒経っても彼がそのままだったから、なんだか居心地が悪い。早くしろ、の意で、日誌を何度か彼のほうへ押しやった。
「今日一日の感想、なんか書いてよ」
 そう言うと、折原臨也くんはうん、と言って、持っていたシャーペンでコメントを書き始めてくれた。
 文字を書く為に伏された瞳を縁取る睫は、異様に長い。絶対に私より長い。それに覆いかぶさる黒髪は、艶やかで柔らかそうだ。絶対に私より綺麗。男の子なのに。
「はい」
 臨也くんは日記を閉じて私へ手渡した。
「竜宮さんって面白いね」
「え?」
 一瞬何を言われたか理解出来なかった。私が面白い? 貴方の方が何百倍も面白いと思いますけど、とは、言えなかったが。
「うん、俺は君のことも大好きだよ」
 にっこりと、今度は天使のような笑みだった。


20130103