「土門、お前も行くよな?雷々軒」
「いや、今日はパス!ちょっと用があるんだ」
「なんだ、土門また彼女?」
「ん、まあな」



ヒラヒラと手を降りながら俺は円堂たちに別れを告げ、帰路を急いだ。帰路、といっても自宅へのではない。俺の最も愛する年上の彼女の家である。いつもは練習疲れでくたくたになった体を奮い起たせて帰る道も、今日は足取りが軽い。早く会いたい一心で自然と早足になった。


彼女のアパートの前に着き、二階にある部屋までそのままの足取りで階段を上った。しかしいざ玄関の前に立つとどうも緊張してしまう。生唾を飲み、一度だけ大きく深呼吸をして、インターホンを鳴らした。ピンポーン。中から隠った声で「はぁい」と聞こえた。




「飛鳥くん!おかえり!」
「ただいま、季節さん」
「もうすぐ晩ご飯出来るからね。適当に座ってて!」
「いや、俺も手伝いますよ。何かやることあります?」
「んー…じゃあ、お箸とコップと取り皿を出してもらおうかな。今日はお鍋だよ」
「りょーかい」



俺は学ランの上を脱いで適当に手を洗い、棚にしまってあるコップや箸を出した。テーブルに乗せてあるランチョンマットが妙に気恥ずかしい。この間一緒に選んで買った色違いの箸やカップを改めて見ると、なんだか初々しい気分になった。新婚って、こんな感じか?俺は一人で勝手に顔を赤くしていた。




「飛鳥くーん、これ運んでー」
「わかりました。おー、美味そう」
「でしょ?季節様の手にかかればこんなもんよ!」




威張ったように胸を張る彼女に俺は笑みを溢した。年上なのに子供のようにあどけなく、可愛くて、たまに手のかかることもされるのだが、きちんと自分の意見を持っていて、面倒見がよく(年下から慕われる、といったほうが言いのだろうか)、なおかつ優しくて人がいい。ぶっちゃけた話、こんなに素敵な人が俺の彼女であることがものすごい奇跡だと思っている。告白が成功したときは本当に夢かと思ったほどだ。あのときの嬉しさは多分一生忘れられないと思う。



「なにぼーっとしてんの」
「あでっ!」



考え事をしていたら季節さんに額をぺしりと叩かれた。楽しそうに笑いながら鍋つかみを俺に渡し、「熱いから気をつけてね」と釘を刺した。俺が鍋を運んでいる間、彼女は冷蔵庫からごそごそと缶ビールとウーロン茶を取り出し、テーブルが鍋と二人分の食器でいっぱいになった炬燵へと入った。



「練習お疲れ様。寒かったでしょ?」
「んー、まあまあですよ。運動してれば熱くなりますし。でも登下校は寒かったかも」
「ちゃんと汗とか拭かないと風邪ひいちゃうから気をつけてね」
「そのときは季節さんに看病してもらいますから大丈夫です」
「まさか私に感染して治そうってことじゃ…」
「バレたか」
「くそー、そんな飛鳥くんにはお姉さんがお仕置きしちゃうんだからね!」



そう言って季節さんは笑いながら俺の鼻頭を摘まんだ。思わずふがっと言ってしまい、それを聞いた季節さんはおかしそうにまた笑った。



「飛鳥くん、」
「なんですか?」
「…好きだよ」
「俺も、大好きです」



炬燵の中で足を絡めて、手と手を繋いで、唇と唇を重ねて、鍋から出る蒸気のように空気中に溶け合えたらいいのに。



110113




敬語から徐々にタメ口に変わっている過程ってなんか萌える



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