「ねえ、わたしの部屋に来ない?」
「え、」
「君ともっとお話ししたいなぁ」

そう言って四季さんは笑った。優しく微笑む彼女へ、脳が警告を出す。ダメだ、ついて行くな、絶対に。こめかみを汗が伝う。口の中がカラカラで唾さえ飲み込むことが出来ない。

「土門くん」
「は、い…」
「お姉さんのこと、好き?」

四季さんの手が俺の学ランのボタンにかかる。外されはしないが、胸のあたりをうっすらと撫でられ、思わず吐息が漏れた。差しのべられた手を振り払うことも出来ず、おれはただただ彼女の好きなように弄ばれている。これ以上彼女に触られたら、俺は、おれは、っ

「あは、」

俺は四季さんの手首を壁に押さえつけて、彼女を見下ろした。さらりと揺れた黒い髪も、白い肌も、香りも、仕草も、全てが俺の理性の箍を外す。滴った俺の汗がうっかり四季さんの胸元に落ちた。彼女は余裕のある表情のままだった。

「そんなに息を荒くして、どうしたの?」
「四季さん…」
「なぁに?」
「どうして、俺なんですか」

なけなしの理性を総動員させて、俺は四季さんに尋ねた。ずっと聞きたかったのだ。一之瀬や豪炎寺のように目立つ存在でもなく、鬼道や円堂のようにカリスマ性も人を惹きつけるものもない俺に、どうしてかのじょはこんなことをするのだろうか。やっと湧いてきた唾液を意を決して飲みこみ、彼女を見る。その瞬間、四季さんの表情から笑顔が消えた。腹の底がすうっと冷えた気がした。

「じゃあ逆に聞くけど、どうして君はこんな状況になっているのかな?」
「それは…」
「それは?」
「……四季さんが、その、誘って、きて…」
「そう。わたしが土門くんを誘ったの」

そう言って彼女は俺の手をすり抜けて、俺の頬を両手で包み込むように添えて、振れるだけのキスをした。

「わたしは誰にでもこんなことする女じゃない。土門くんだから誘ったの。わかる?」
「俺、だから…」
「土門くんは、わたしのこと、好き?」

四季さんはそう言いながら、俺の学ランを乱す。俺はかすれた声で答えた。

「好き、です」
「よかった」

さっきの余裕のある妖艶な笑みとは違う、可愛らしい微笑みを浮かべて、四季さんは笑った。それから、俺の耳元で囁く。

「わたしの部屋に行こう。わたしの全部を見て欲しいの。だから土門くんのも全部見せて?」

彼女からする噎ぶような良い香りに脳が麻痺していくのがわかった。彼女はきっと麻薬のような成分ででも出来ているのだろう。俺は彼女の耳たぶに噛みついて、肯定した。俺は完全に堕ちたのだ。

「覚悟してください」



110503