「あれ、四季?」
「えっ、うそ、円堂?」




週末、仕事終わりに疲弊した身体を癒そうと一人で偶然入った居酒屋で懐かしい人と出会った。童顔ではあるがいくらか大人びた顔になり体格も細いが長身で、声も低い。けれど、わたしに声をかけたときの笑顔は何一つ昔と変わってはいなかった。




「懐かしいなー、いつぶりだ?」
「高校卒業してから連絡とってなかったもんね…」
「お前、一人か?もし誰も来ないんなら一緒に呑もうぜ」
「ん、いいよ」




わたしは円堂の隣の椅子に腰かけると、カウンターの目の前にいた店員さんにとりあえず生ビールを二つ注文した。円堂はもういくらか呑んだのだろうか、少しだけ頬が赤くなっている気がした。




「四季は今なにしてんの?」
「普通に就職したよ。ただのOL。円堂は?」
「俺は雷門中のサッカー部の監督やってんだ」
「へー!やっぱり円堂はサッカーの職業が性にあってると思うよ」
「へへ、ありがとな」




彼は嬉しそうに、だけど辛そうに笑った。なんだかおかしいと思ったけれど、久々の再会でそんなことを聞くのは野暮だろうか。わたしたちは店員が運んできたビールをありがたく受け取り、その会話を終えた。




「じゃあ乾杯しよう!」
「おう」


グラスをぶつけて一口。疲れた体に炭酸が染み込んで、空っぽの胃に落ちて行った。適当に注文を決めてさっきの店員さんに告げる。それからわたしたちはたわいもない話に花を咲かせ、十分に酒も回ってきていた。こんなに楽しくお酒を飲んだのはいつぶりだろう。身体がふわふわして気分がいい。可愛らしいグラスの、何杯か前に変えたカクテルを呑みほした。



「そういやさ、四季って彼氏とかいねぇの?」
「うん…残念ながらね。円堂は?秋ちゃんとか」
「?なんでそこに秋が出てくるんだ?」
「いや…なんでもない」
「そうか!」



円堂は屈託のない笑顔でグラスを傾けた。彼は昔と変わらず優しくて、明るくて、少し安心した。10年も経ってしまったら人は嫌でも変わるものだ。わたしだってそうである。得たものも失ったものもそれなりにある。円堂といると、昔に戻れた気分になってしまった。



「鬼道とか元気かなぁ。豪炎寺とかさ。連絡取ってる?」
「ああ、たまにな。最近はなにかと忙しい見たいだけどな。たまに三人で呑んだりするぞ?」
「マジで?今度誘ってよ!わたしも久しぶりに二人に会いたいなあ」
「そっか。じゃあもし三人で集まる時には連絡するな。あ、アドレス変わってないか?」
「あ、わかんない…円堂の携帯のアドレス見せてくれない?」



携帯を貸してもらい確認すると、やはり中学生のころのアドレスのまま止まっていた。疎遠になってしまうというのはそういうことなのだ。若干寂しい気持ちになったが、それを新しいアドレスに書き換え、返した。



「これで大丈夫だよ」
「ありがとな」


携帯電話を受け取った円堂の表情は、さっきと違ってどこか深刻そうな顔をしていた。一変した雰囲気に少し戸惑いながらも、気分を変えようとカクテルを手に取った。が、空のグラスには何も入っていない。店員さんに新しいカクテルを頼もうと声をかけ―ようとした。しかしそれを遮ったのは円堂だった。



「なあ、ちょっと飲み過ぎたみたいだ。外でないか?」
「え、あ、うん」



円堂はそのまま立ち上がり会計に向かう。わたしははっとして財布を手にとりレジへと向かったが、すべて円堂が払ってしまったあとだった。円堂はわたしの手を
取り店の外へ出る。そして街灯だけの路地をどんどん歩いて行った。円堂は私の方を振り返らない。



「ちょ、円堂、お金…!」
「いい。俺が奢る」
「いやそんなの…」
「四季」



円堂はピタリと足を止めて、わたしの方を見た。その瞬間、円堂はわたしにキスをした。触れるだけのキス。けれど長く、熱く、甘い。運よく人がいなかったから良かった。円堂はわたしの身体を抱きしめ、そして唇を離した。しかしまたすぐに唇を重ねられ、上手く息が吸えない。心臓が暴れる。息があがる。膝が笑う。円堂にもたれるような体制になり、彼の胸を押した。案外簡単に離れた円堂は、わたしの耳元で囁く。



「なあ、俺、お前のこと好きだったんだぜ」
「な…ぁ…ッ」
「もうお互いに、中学生のままじゃないんだ」



円堂はそう言って、わたしの首筋に顔を埋める。チクリとした痛みに、わたしは目を見開いた。身体が、顔が、全てが熱い。




「俺、今夜はもうちょっと飲みたい気分なんだ。お前も一緒に来るだろ?」




きっと酔っていた。そうに違いない。わたしは彼の手を取った。一瞬だけ昔の仲間たちの映像が思い浮かぶ。しかしそれはすぐにかき消された。もう、何も、考えられない。



その後のことはよく覚えていない。記憶にある妖艶に笑う彼の笑顔に、もうあの頃の面影はなかった。




110126




円堂監督の妄想が止まらない