「私の土門くんに近づかないでよ!」




そう言った彼女からは、ふんわりと良い香りがした。髪にゆるくウェーブをかけていて、まさに『女の子』。涙目でわたしを睨みつけている。個人的にはとても可愛いと思う。今の立場でなければ素直にそう思っていただろう。




「土門くんの彼女はわたしなの!土門くんは優しいからあなたに付き合ってるだけなの!」




そんなことを言われても、声をかけてくるのは土門本人からであって、幼馴染だから仕方がないのではないだろうか。彼女はわたしと土門とクラスは違うが、謙虚で明るくて人当たりがよく、学年でも評判のいい素直な良い子だったはずだ。わたしもたまに廊下などで彼女を見かけたとき、評判通りの子なんだなあと感じたことが何度もある。



「…ごめんなさい。わたし、あなたに嫉妬してて…あなたは何も悪くないのに…。わたしが間違ってるってわかってる…。でも…」




そう思っているのなら最初から以下略。けれどそういう気持ちになってしまうのは分からなくもない。一応わたしも女の子なのだ。やるせなくて泣きそうになったことは何十回もある。好きな人が彼女である自分ではなく他の女の前で笑顔振りまいてたらそりゃあ嫉妬の一つや二つぐらするだろう。彼女が本格的に泣きだしそうになってきたので、わたしも声をかける。



「あのさ、君の気持もわかるよ。でも幼馴染だから少しは付き合いあったりもすると思う。だからわたしからもアイツに『彼女のことももっと気にかけてやれ』って言っとくからさ」



そう言うと、彼女はとても愛らしく微笑んで「…ありがとう」と呟いた。全く、こんな彼女を持ってアイツは本当に幸せだ。








彼女と別れた後少し用があり、ちょっとだけ学校に残っていたわたしは、帰る支度をするために教室にいた。すると、ガラリというドアの音とともにさっきの元凶が現れた。




「お、まだ残ってたのか」
「うん、土門はもうサッカー終わったの?」
「おう。忘れ物取りに来たんだ。一緒に帰ろうぜ」




土門は彼の引き出しから忘れ物をカバンの中にしまい、二人で教室を出た。校門を出ると空はすっかり暗くなっていて、遠くの空が紫色に変っていた。




「土門と一緒に帰るの、久しぶりだね」
「そうだな。アメリカ行く前はよく遊んだりもしてたのになー」
「まあ話もあったし、ちょうどよかったよ」
「なになに、告白タイム?」
「バッカじゃないの」



わたしはハァ、と息を吐いた。白く蒸気になったそれは虚空へと消えていく。




「あんたさぁ、彼女のことたまには構ってあげなよ。あの子すごく寂しがってたんだよ」
「マジで?え、なんでそのこと知ってんの?」
「彼女がわたしのところに来たから」



土門は驚いた顔をしてわたしの方を見た。わたしは続ける。




「今日はたまたま時間が同じになったから一緒に帰ってるけど、本来わたしがいるこのポジションは土門の彼女の場所なんだからね。今度は彼女と一緒に帰るなりしてあげなよ。可哀想に」
「……そっか」
「そうだよ。だから…」
「俺は、お前に俺の隣りを歩いて欲しい」




今度はわたしが土門の顔を見る番だった。土門は真剣な眼差しでわたしを見ている。時間が止まっているようにさえ感じた。「ずっと前から、四季とこうやって歩きたかった」やめて「辛い時や悲しい時、お前の笑顔が俺の力になってくれた」やめてってば「でも幼馴染の関係を壊したくなかったんだ」やめろよ「ずっと勇気がなくて言えなかったけど」やめろってば!!!!!




「なあ、四季」
「……今更何言ってんの」




わたしはやっとの思いで口を開いた。私の中で、世界で、今ここで、時間が動き出したのがわかった。



「そういうの、もっと早くに言って欲しかったのに」
「四季、」
「もう遅いんだよ、土門」




そしてわたしは、土門の頬を思いっきりひっ叩いた。どうしようもなく泣きたいのを堪えているのがバレないように。




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アンケート2位タイ土門くん。両想いだったのにねって話。後悔先に立たず。

title:虫喰い