旧式Mono | ナノ

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朝のすがすがしい空気が、やけに心地いい。
時刻は午後5時半。まだ空は日が昇っていないためか藍色をしているけれど、私は気にせずに家の外へ出る。大きく伸びをすると、寝惚けた体がぽきぽきと音を鳴らし目を覚ます。ジャージとパーカーという気軽すぎる格好だけど、時間が時間なためあまり気にならない。おし、と自分自身に気合いを入れて、まだ暗い道の中を走りだす。



早朝ランニングは、私の日課の一つだった。
受験勉強で溜まった体のストレスを運動によって解消すると同時に、ダイエット効果も望める一石二鳥の日課だ。
犬は飼っていないため一人で走っているんだけど、最初はこれがどうしても恥ずかしかった覚えがある。まあ今では早起きする近所のおじいちゃんやおばあちゃんと顔見知りになり、「ナマエちゃんはいつも偉いねえ」と声をかけられるため、恥ずかしさも感じなくなってしまったけれど。


片道4キロのおなじ町内の神社まで行って、そこで少し休憩して、有酸素運動―つまり歩いて帰ってくる。これが、何時ものメニューだ。最初はとてもとても時間内に神社までいけずに引き返していたけど。今ではもう少し量を増やしてもいいかな、と思えるようになってきた。
これは、長年文化部に所属していた私からしたら、かなりの進歩だ。まあ元々運動は苦手なでも嫌いでも無く、ただギスギスした先輩後輩関係と「絶対必勝!」と言う熱血が嫌で運動部に入らなかっただけなのだけど。


のらり、くらり。そんなゆったりとした今の自分が、私はとても気に入っている。
昔は腐女子とか、普通の人から見たら異質な分類の場所にいたせいだろうか。派手なわけでもなければ、そこまで地味ともいえない。オタクじゃないとは言い切れないけど、そこまで酷いわけじゃないし。そんなどこにでも居る普通の子でありたかった私にとって、この高校生活は花丸ものだった。


「はぁ、ついた…」


神社の最後の一段を登りきると、私は肩で息をしながら、ポケットに入れてきた100円を自販機に転がし、水を買う。水ぐらい持ってきてもよかったのだけど、走っていると濁って不味くなるし邪魔だから、ここで買うのが習慣だった。私は取り出し口から水の入ったペットボトルを引き抜くと、いつもの休憩場所へと足を向ける。


神社にある小さい林の部分の先に、小さな高台になっている場所。其れが、私のお気に入りの場所だ。
町を一望できるその場所は、私の知るこの町の隠れ絶景スポットの一つで、日の出が出るまでここにいるようにしている。そんなに広くない町だけど、日の出の風景は本当に綺麗だと思う。ここまで走ってきた疲れを吹き飛ばしてしまうくらいに。

私はいつもの木の幹に背中を預けて、水を半分ほど飲み干す。日の出までにはまだもうすこし時間があるから、もう少し休憩できるかな。そう思いながら、少し疲れた両足を揉み解していると、後ろにふと『人』の存在を感じた。


ここに人がくると言うのはよくあることで、ご年配の夫婦なんかが朝一番にこの神社に来て、お参りをするなんて日常茶飯事だ。気にすることも無い。
だけど私は、何故だかそこで振り向いてしまった。――後から思えば、其れは失策だったとしか思えないが、とにかく私は振り向いた。何も考えずに、何も思わずに。


感想。
――凄く、驚いた。



振り向いた先の林には、一人の男が佇んでいた。しかもこの時間、この場所では珍しい、若い男の人。
だけど、私はその若さに驚いたわけじゃない。その男の、奇抜すぎる風体に、思わず目を奪われたのだ。
青みがかった白い髪は、ウニのとげのように外へとつんと向いていて、まるで近くに寄ろうとする人間全てを威嚇しているような雰囲気。身長は、私が座っているから分からないが、とても高そうだった。すらりと伸びた足が、女のものかと見紛うほど綺麗だと思う。
そこまでだと、綺麗な人だなあで終わっていたのだけど。彼の着ている白い、なんともいえないような格好が彼の雰囲気を『綺麗』から『変な人』へと塗りつぶしていた。なんか、漫画でありそうな衣装に、私は思わず眉根を寄せる。


その瞬間、私の視線に気づいたように彼はゆっくりとこちらを見て、私と視線を合わせる。その瞬間にこりと微笑まれてしまい、私は思わず引きつったような笑みを返してしまった。
横向きでは分からなかった顔立ちのよさは、微笑むとまるで狐のような『細い』綺麗さを持っていた。遠くからでも分かる透き通るような白い肌に、青い瞳。イギリス系、っていうんだっけ?青い瞳の人って。まるでサッカーの観戦者のように左目の下に三つ爪のペインティングをしていて、其れが綺麗な容姿の中で凄く目立っていた。

いつまでも視線を逸らさない彼に、私は適当に会釈をかえす。すると彼は親しげな笑みを浮かべてこちらに一歩、踏み出したはじめた。


彼が大きすぎるボストンバックを抱えて一歩ずつ私に近づくにつれて、私の額に冷や汗が流れる。
どうしよう。と、焦りながら思わず身構える。私は、英語なんて話せない。
文系に属していながら、私の英語能力は教師が頭を抱えるほどにサッパリだった。どれぐらいできないかと言えば、英語の教科担任に「頼むから平均点下げるな」と懇願され、担任からは「英語の無い受験方法でいけよ」と諭されるほどだ。

…無理、無理。絶対無理!

中学では恒例の、道を教えるというのの英文さえ、私は英語で説明できない。
むしろ地理には疎いため、日本語だって地元をうまく説明できないのだ。英語で道案内?なにそれおいしいの?


彼が「Could you tell me the way to the〜」という一息でいえてしまう、流れで覚えたお決まりの道を聞く英語が出てくることに恐怖し、私は身を硬くした。
私に話しにきたわけじゃない、と言う一抹の期待は、周りを見て誰も居ないことからすでに砕け散っている。
彼は私の前で足を止めると、私と視線を合わすようにしゃがんだ。明らかに動揺している私に、彼はにこりと微笑む。


「こんにちわ、ナマエちゃん」

予想外の日本語に、呆気にとられる。
彼が自然に吐き出した名前に気づくことができないくらい、私は驚いた。予想外すぎる流暢(リュウチョウ)な日本語に「は?」と、声を出すと、彼は笑みを深くした。
彼はそんな私に小首をかしげながら「どうかしたの?お化けでも見たような顔して」と軽い調子で答える。
なんとなく、彼の声に聞き覚えがあるような気がした。柔らかい、其れで居てどこか威圧感のある声。ドラマだったか、映画だったか、思い出せない。


私は近づいてきた彼をよくよく見ると、徐々にその違和感に気づいていく。
白い、身の丈にあった細身の服。肩口にはなにやら硬そうな金属製の物があしらわせていて、なんだか重そうな印象を与えるその『衣装』。其れが、どこかで見たことあるような気がした。しかもどことなく、彼の髪型と頬のペインティングにも見覚えがある気がする。……なんだっけ、これ。

黙って違和感の原因を探る私に気づいたのか、彼はにこりと笑いながら「分からないかなあ」と飄々と言ってのける。
分からないも何も、初対面じゃないですか。と思わず口走りそうになって、止めた。なんとなく、細められた瞳から鋭い恐怖を感じさせる何かを感じた気がした。だけど其れは一瞬で、瞬き一つ分の時間で消えてしまったけれど。
私が「どこかでお会いしましたっけ?」とやんわりと彼に言うと、彼は「やだなあ、未来では愛し合う仲なのに」となにやら不穏なことを告げ出した。


――何この人。
新手のナンパ?それとも電波?


いぶかる私に、彼は右手を差し出す。
そこには一つの指輪がはめられていた。そこで私はようやく、彼が「どういった人であるか」というのを理解し、目を見開く。彼は「わかった?」と嬉しそうに笑うから、私は呆然としたまま頷いてみせる。彼は、少し嬉しそうだった。


「というわけでさ、僕らの仲間になってよ、ナマエちゃん」

その言葉に少し違和感を感じたけれど、私がどこが変なのか分からなかった。
彼は本当は知るはずの無い名前を2回も口にしているのだけど、あまりに自然に呼ぶために、其れに気付くことができない。
私はとりあえず彼を見ると、震えそうになる心を必死に牽制する。声を震わせたら、負けだ。
できるだけ毅然とした態度に見えるようにぴんと背筋を伸ばすと、彼の藍色の瞳をまっすぐに見つめ返す。
心なしか、少しだけ彼が動揺したように見えた。

―でも、負けない!



「えっと私、コスプレには興味ないんで……っ!」

言い切った!となんともいえない達成感を感じながら、私は心の中でガッツポーズする。
ビラ配りで渡されそうになると、どうしても立ち止まって受け取るタイプなのだけど、今私はここで変われたらしい。これでこの人どこかいってくれるぞ!と思った私は彼を見ると、彼はなんともいえない表情を浮かべていた。
そしてきょとんとした表情で、「なんのこと?」…と。
私の勇気をぶち壊しにする一言を、いとも簡単に言ってのけたのである。
(08/09/15)


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