旧式Mono | ナノ

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痛みは、悲しいほどに慣れきっていたけれど。


パチ、と言う音がしたかと思うと、眩しいほどに明るい部屋の照明がつく。
私はその瞬間初めてすでに日が落ちていたことを知り、「あれ…」としばらく俯けていた顔を上げると、そこには何時もどおり不機嫌そうな雲雀恭弥。
ああもうこんな時間か、とか、ご飯作ってないや、とか思うことはいっぱいあったはずなのに。私は彼の顔を見るだけで、ただ呆然を彼を見ることしか出来ない。
私を見下ろす瞳はとても冷たいのに、何故だか今はソレほどまでに恐怖を感じない。「何やってるの」と抑揚の無い声で問われ、私が吐き出した答えはなぜか「おかえりなさい」という言葉。


空ろ。虚ろ。うつろ。

まるで夢の中にいるみたいに曖昧な意識。極度の精神的疲労からやって来る倦怠感に、私は完全に囚われていた。
『この世界の秩序を護るため、我々は貴女を殺すことを決定しました』というチェルベッロの言葉だけが私の脳裏に刻み込まれ、私はソレしか考えることが出来ない。
何をやっていても、どんなことをしていても。虎視眈々と私を殺そうと目論む人間がいる。――その恐怖は、まるであの有名なバトルロワイヤルという映画の中に放り込まれたような錯覚さえ起こさせて。数ヶ月前までは普通に高校に通っていたはずの私からしたら、その精神的な疲労はまさにピークに達していた。


よくよく思い出してみれば、雲雀恭弥は別に私を殺そうと常に狙っているわけではない。彼の気に触ることさえしなければ、殺される確率は低い。
六道骸は、特に私を狙っていたわけでもなく。ただ単に面白いおもちゃでも見つけたかのように私を攫っただけで、別に殺すのが目的だったわけではない。
私を殺そうとしたバーズも突発的で、あの恐怖に晒された時間はごく僅か。白蘭だって、別に今私を殺そうというわけでもない。ボンゴレだって、私の問題は様子見、と言う感じで殺すつもりも無い。


だけど、チェルベッロは違う。
彼ら、もしくは彼女らは私を殺すことを『決定』している。つまり、いつでも私を殺そうとしている。…ソレは、私にはあまりにも……重かった。


「何をしているのって聞いてるんだけど」

虚ろな私の意識を呼び覚ますために雲雀恭弥が私に与えたのは、トンファーと言う痛み。
だけど今の私はそんなものさえも優しさに感じて、殴られたこめかみを押さえて「すみません…」と条件反射のような言葉を繰り返す。彼はソレが気に入らなかったのか、もう一発反対方向のこめかみにトンファーの先をめり込ませる。幾分か力が優しい、と感じた私は、もうすでに末期なんだろう。一瞬白く染まりかけた意識と浮遊感に身を任せようとしたその瞬間、胸倉を捕まえられ、私の体は宙に浮いていた。



「何をしてるの」

くどい位に、三度目の言葉を繰り返す。
それは疑問系ではあるものの、私の答えなど求めていないように繰り返されていた。例えるなら――きっとあれだろう。子供が何か悪いことをしたときに、親が「何してるの!」っていうアレ。行動の名前(答え)なんか求めてはいない、ただただその行動を否定するための言葉。もしそうだとしたら、『すみません』が通じない今、私は何も言うべきことは無い。


「何で君はそんなにも狙われるの」

通じないとわかったのか、彼は質問の内容を変える。
私は失いそうな意識を懸命につなぎとめながら、「分かりません」と、つっかえつっかえ、いき絶え絶えに呟くと、彼は私をソファーの上に投げ捨てた。床じゃないのは優しさなのか、偶然なのか。よく、分からない。

狙われた、と知っているということは、ユージさんはきっと今日の件を報告したのだろう。
ユージさんはどうやら攻撃を失ってからも多少の意識はあったらしく、『彼女ら』の声をどうやら二言三言覚えているようだったし。…彼は私に言わなかったけど、きっと殺す、と言う宣言も聞いているのだろう。



「君は、何者なの。赤ん坊が言っていた、君の世界って、いったい何なの」


いつかは突っ込まれると思っていた言葉を、なぜか彼は今ここで口にする。私はうまく答えれずにいると、彼は投げ捨てられて横になったままの私の頭の横に手を着いた。
ぱさ、と中心だけ長い彼の前髪が下に垂れ、彼の恐ろしいほどに無感情な切れ長の目が私を見下ろす。見方によっては、性的行為と言う意味で襲っているように見えなくも無い体勢だけど、彼の瞳はそんな色を微塵も感じさせない。

感じるのは、恐怖。慣れきったとはいえ感じずにはいられない、絶対的な恐怖と重圧(プレッシャー)。



「何故君は僕の家にいたんだい」

私の上に馬乗りになった彼は、右手で私のあごをつかんで、上に持ち上げる。ぐ、と力をこめられるソレに思わず表情がゆがむと、彼の手は首を伝い、頚動脈あたりを圧迫した。白く細い指は恐ろしい力で私ののどに食い込む。意識が飛びそうだからだろうか。私を無感動に見下ろしていた彼の瞳が、何故だか少し、戸惑ったように見えた。


「君はどうして」

酸欠にあえぐ喉が、変な音を立てた。その瞬間、彼の力が弱まり、急激な酸素に私の肺は苦しさにあえぐ。
生きてる、と思うと同時に、殺してくれればよかったのに。と思った自分がいて、私は自分自身に驚きつつしろずむ意識にまぶたを落とす。今日は…いや、今日も、ひどく疲れた。


私の上に馬乗りになった雲雀恭弥は、『君はどうして』の続きを呟いたけど、意識が沈みかけていた私の耳には届かなかった。
(09/02/22)


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