旧式Mono | ナノ

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「…大丈夫?」


何がなんだかわからずに、私は彼女に促されるままにユージさんを公園まで運んでベンチに横にさせる。
手伝ってくれた彼女…凪、もしくはクロームに頭を下げつつお礼を言うと、彼女はわずかに頬を緩めて「大丈夫」とだけいう。
私の中のパニックはいまだ納まらず。それどころか彼女のやさしい表情を見ていたら拍車がかかり、私は落ち着けるために深呼吸を繰り返す。よほどひどい顔をしていたのだろうか。彼女は「大丈夫?」と心配げに私の顔を覗き込んで、冷たい手のひらを私の額に重ねる。彼の白い手はとてもきれいで女の子らしくて、隣いると自分が少し恥ずかしくなる。かわいいと思った。本当に、ほんとに。


「平気…で、す」
「そう、よかった」


彼女はそういうと、私の額から手を放す。
そしてわずかに視線をあたりにめぐらせて、「犬と千種も、いる」と本当に小さくこぼす。
その二人の名前に、私の体は無意識に震える。憎まれている。疎まれている。そんな感覚が私の中ににじみ広がって、私はの胸はぎゅう、と締め付けられるような錯覚に陥る。
骸が深い牢獄に入ると知りながら、止めれなかった罪。ロータスイーターという彼らにとって傷つける存在でしかない罪。そんなものが脳裏によぎって、私はうまく頭を上げれなかった。
私は彼女のように気配を探ることもできなければ、よほど露骨に見られなければ視線すらも感じれないのに。責められるのが怖くて、私はおびえたように目をそらすことしかできない。


「…怒ってる、よね」と、気がつけば私は彼女に聞いていた。
きょとんとする彼女の顔には疑問符が出そうなほど「何のこと?」という表情が現れていて、私はまたひとつ、心が重くなるのを感じる。



「私…知ってたのに。助けれなかったから…」

そう吐き出す私に、彼女は今度こそ「何のこと?」という。彼女は本当に、わかっていないらしい。
なら、いいや。と私はつぶやくと、不意に背後の垣根からガサッと音がしたかと思えば、鈍い痛みがわずかな衝撃とともに頭部に広がる。
反射的に振り返った私は、そのものに目を合わせた瞬間に目をそらした。彼は、とても不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「何いってんらテメーは。バッカじゃねーの!」

あきれたような。それでいて怒っているような。よくわからない声音が振ってきたと思えば、ため息のつくような音がその横から零れ落ちた。


「なにしてんの犬。見てるだけって言ってたのに」
「うっせー!こいつがうぜー事言ったせーらびょん!」



犬はもう一度そういうと、再び私の頭にこぶしを振り下ろす。だけどそれはあまりにも手加減されていて、雲雀さんに殴られなれている私にはあまりいたいと感じれなかった。
「…いつからそこに?」と問えば、千種と凪に「最初から」と即答されてしまい、私は途方にくれてしまう。「怒ってるよね?」の部分について触れないのは肯定なのかあえて触れない優しさなのかわからなくて、私は言葉を続けられない。おそらくは前者なのだろうけど、彼らの優しさも同時に知っているため、否定しきれない。
三発目を振り下ろそうとする犬の腕を、千種が「もうその辺にしときなよ」と止める。「骸様に言われただろ」と彼が付け足すと、犬は小さく唸りながらもその手を下ろした。


“骸様に言われた”


チェルベッロに囲まれたときに、確か凪も似たようなことを言っていた。骸様の命で、私を守る……って。
あの時一瞬見えた骸の幻影を思い出して、私は苦しさに下唇をかみ締めて耐える。『助けるに値するんですよ』そういって笑った彼は、いったいどういう思考回路をしているのか。
そもそもヴィンディチェに連れて行かれたのは私が原因でもあるのに。しかも私は、誰も助けることができなかったのに。目先の恐怖に捉えられ、物語を守ることだけを意識して。そのために傷つく人からは目をそらしていたのに。なのになんで、彼は。



「ナマエ」と、凪が私を呼ぶ。
いつの間にか名前呼びになったことに気づけずに私は凪を振り向くと、彼女は何の感情も宿していない…でも緩やかな表情で、私を見ていた。


「ナマエが気にすることではありません。…って骸様が、言っていた」
「…でも、私は」

「あーもーウッゼー!めっちゃウゼー!つーわけでぶっ殺す!」
「クロームが止めてよ……めんどい」
「犬、だめ」


彼女はそういうと、ふと気づいたように三叉槍を見つめなおし、私を見る。


「…ナマエ」
「…え、あ…な、何」
「凪って呼んでくれて、うれしかった」


彼女はそういって、僅かな笑みを浮かべると、トン、と地面に向かって三叉槍を振り下ろす。
「なっ」という犬の言葉を最後に、霧のように霧散する姿に、私は目を離すことができない。
嬉しかった。という凪の笑顔がいつまでたっても消えず、私はどうしたらいいかもわからずに立ち尽くす。私が正気に戻ったのは、意識が戻ったユージさんに声をかけられた後だった。
(09/02/15)


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