旧式Mono | ナノ

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褐色の肌に、ピンク色の長い髪。ふわふわした白のチュニックに、黒いかっちりとした上着。細い足を更に補足見えさせる黒いニーハイに、黒いブーツ。
チェルベッロ機関。私の怯えきった脳内に浮かんだのはその言葉と、生理的な恐怖だけだった。

私は彼女らを交互に見て、周りをゆっくりを見渡す。向かい合っている2人と、私とユージさん。その四人を囲むように後ろ向きに立って、何かをしているみたいだった。そのどれもが同じような服装をしていて、私は下唇を噛み締める。幻術。私は、この場に助けが来ない理由を目の当たりにして、完全に希望を絶たれたことを思い知った。


怯えきった私に、彼女らは表情はおろか眉一つ動かさず、冷静に私を見下ろしている。
黒い仮面の奥に隠れた瞳がどうなっているかは分からないが、彼女はまるで機械のようだった。触ったら冷たそうなほど、冷たく、無機質。



「貴女がこの世界に来た瞬間から、貴女は我々の監視下に置かれていました。しかし、最近の目に余る『必然』への干渉度は、ロータスイーターの貴女でも度が過ぎる、と言うのが我々の判断です。何か言い分はありますか?」


疑問系なのが分からないほどの声に、私は慌てて言葉を発しようとするけれど、結局何も言葉に出来なかった。
彼女らの言うことは、余りにも正論で、余りにも図星で適格だった。この物語の必然を、確かに私は壊している。だって私は。


「コレを、取りに来たん…です、か?」

そう言って私は首の鎖に手をかけると、彼女は僅かに頷いた。動揺していないところを見ていると、どうやら彼女らの言う『監視下』というのもあながち嘘じゃないらしい。


「我々は、この世界…トゥリニセッテの意思の代弁者です。なのでこの世界のチェルベッロ…“脳”を司る機関として、宣告したとおり貴女には死んで頂きます」


彼女はそう言うと、ゆっくりとナイフを取り出す。たいそうな機関の癖に、随分と凶器は古典的なんだなと、妙に冷静な私はそんな分析をした。


――死ぬんだ、私。

望んでいたような、其れで居て望んで居なかった死と言う単語を突きつけられる。一体これは、何度目の絶体絶命なんだろう。そう考えたらなんだから馬鹿らしくなって、不思議と悲鳴も涙も引っ込んでしまった。只、恐怖だけは消えてくれなかった。
この世界に来てあんなに泣き虫になった私は、一体何処へ行ってしまったんだろう。面前で閃く銀色のナイフに見入るだけで、動くことも出来ない。凶器を持つ彼女もまた、顔色一つ変えずに、淡々と事務仕事をこなすような平然さを保っていた。


この世界の脳。

私はその言葉を、脳内の中で繰り返す。
世界と言うのがトゥリニセッテ……たしか、2種類の指輪と1種類のおしゃぶりのことだった気がするけど、その記憶は酷く曖昧なもので、思い出せない。
一つだけ覚えているのは、このリング争奪戦の最後。負けてぼろぼろのザンザスに膝枕しながら、「コレは決まっていたことなのです」といったことだけだ。
『脳』という意味のチェルベッロ。そう考えればあのザンザスに言った台詞も納得がいく…気が、する。確かにこの世界の『決められた流れ』と言うものを知っていなければ、あんな言葉は安易には吐けない。もし『原作のストーリー』を進行させるために彼女たちがいるのなら、私は彼女の言うことに従うべきだ。


例え命を、賭したとしても。この世界を護りたいのなら、今すぐ死ぬべきだ。
唯一心配していた『死体を雲雀恭弥が見たらどうなるか』という心配も、彼女たちなら上手くやってくれるだろうし。そう、私は今、死ぬべきだ。この世界を護りたいのなら。私が変えてしまった世界に責任が持てないのなら。私のせいで死んでしまう人たちの重圧に耐えれないのなら。


死んだほうが、いい。


そう思うのに、私の体は震えていた。何が正しいのか分かっているのに、私の体は震えていた。涙は出ないのに、体はがぶるぶると震える。だって怖い。――死ぬのは、怖い。
漠然と死ぬことを考えていても、いざ具体的に目の前に広がるとどうしても怖くなるのは、一体どういう原理なのだろう。
頭では分かっているし、生きていたってこの世界に悪影響を与えることは分かってる。私が変えてしまった世界の重圧に耐えられないことも、分かってる。でも、怖いんだ。

生きていることも、死んでいくことも。どっちも怖くて、どっちも選びたくは無かった。




「ヒっ……い、や…」


本能的な恐怖が体全体に侵食するとともに、私の唇から本能が零れる。
彼女は一瞬足を止めたけれど、それは本当に一瞬で、直ぐに私の目の前に立ちふさがった。眉一つ動かすことなく、彼女は淡々と私を見下ろしていた。



「コレは、全て“決まっていること”なのです。ロータスイーター」

諦めてください。そういわれた瞬間に、彼女は短剣のようなナイフを振り下ろす。
思わず目を瞑った私は、とっさにユージさんの体を手放した。とりあえず彼には非は無いのだから、巻き込むのは厭だったのだ。
しかし痛みはいつまでたってもこないまま、耳障りなキィンという甲高い音が、私の直ぐ上で響いた。
思わず目を開けて上を見ると、繰り出された短剣が三叉に分かれた槍がとめていたのが見えた。私は言葉を失う。だって、私の目の前に、藍色の髪が揺れていたから。



「骸様の命。彼女は、殺させない……絶対に」


可愛らしい、鈴を転がしたような声が、私の耳元で静かに吐き出されて。私はまた一つ、『必然』が壊れてしまったのだと知った。
(09/02/08)


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