旧式Mono | ナノ

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所詮、マフィアが一介の商店街を闊歩しているこの世界に平穏なんて存在し得ないんだと。私はその現実をいい加減に学んだほうがいいと思う。



「あと、何か買い足すものはあるのか」


ユージさんは私の顔を見下ろしながら、僅かに柔らかい表情を浮かべながらそう問いかける。
私は少し考えた後、僅かに首を振って“無い”という意思表示。彼はそうかとだけ呟くと、軽々と米袋を持ち上げて、私の横を歩く。
久々のユージさんとの再会にわずかばかり緊張していた私は、意外性に富んだ彼の面倒見のよさにすっかりほだされていた。
正直、骸とあってからと言うもの、私は彼にあったのは立った数回。しかも見張るように他の委員の人間が居たため、私と彼が連続で3言も交わしたことは無い。
久しぶりだな。そう言ってにっこりと微笑んだ彼の顔が、買い物がひと段落した今でも忘れられない。笑いかけられることは、この世界ではあまり多いことではなかった。特に、悪意のある笑み以外の、本当に優しい笑顔と接する機会なんて、早々あったもんじゃない。


私は外出時には必ずセーラー服着用が義務付けられているため、外に出ても愛想笑いをされることなど無い。
どこか畏れを感じているような、阻害するような瞳。知らず知らずのうちに“私たちとは違う”といわれているような、冷たい瞳。
そんなものに日常的に触れているせいか、私は逆に素直に笑われたほうが吃驚してしまうようになってしまった。

動きを止めた私に、彼はゆっくり手を近づける。無意識に目を瞑って身構えた私に振ってきたのは、暖かい体温だけ。殴られる…訳、無いか。
「大丈夫だったか?」と、言う彼は、とても優しい瞳をしていて。私の行動が恥ずかしくなるほど、彼は穏やかな表情で。私は、思わず俯いてしまう。彼は、そんな私に少しだけ笑っていた。



お前は変わった奴だなと言われ、私はなんとも言えないまま彼の横を歩き続ける。
彼は私が答えなくとも話を進めてくれて、私は其れに相槌を打つ程度しか返せなかった。どうしてだろう。以前は、ちゃんと話せていたのに。
首に当たるリングが風に触れ、冷たくなっては私の体温を奪いに来る。セーラーである以上、リング自体は隠せても首の鎖は服の中にしまいきれないせいか、酷く冷たい。マフラーでもあればいいんだけどと、そんなことを考えながら、私は首筋に手を触れる。
それだけでユージさんは私のことを察してくれたのか、彼の学ランを私に掛けてくれた。……ああ本当に、なんていい人なんだろう。


こんなことをしていると、彼に殺されかけたことなんて忘れてしまえるのが不思議だった。
基本的に恐怖しか感じない雲雀恭弥とは違い、ユージサンは私に絶対的な安心を与えてくれるからだろうか。
あの事件から一ヶ月くらいしかたっていないのに。私と彼がこんなに打ち解けるなんて、一体誰が考えただろう?そう思うと、少しおかしかった。


「…何が、そんなにおかしい?」
「いや、べつになんでもない…で、す」


私は慌てて首を振って、彼から目をそらす。いくら彼が私に気を許してくれる存在になったとしても、彼にとっては疎ましい存在でなくなったとしても、あの時一緒に襲ってきた人は違うのかもしれない。そう考えると、私は上手く彼と打ち解けることが出来なくなる。ユージさんは優しい。でも、彼は風紀の中では部下を持つ程の中間管理のようなこともしているのだから、迷惑も掛けられない。それに…彼が私を襲う行動に出たのは、私のせいなのだ。

別に悲観ぶるわけでも、自虐的になっているわけでもない。彼の行動は、私に責任がある。人に対して、強いもの以外へは如何なる場合も興味を抱かない雲雀恭弥に、唯一興味を抱かれてしまったのだ。…正確には興味とは言えず、どちらかといえば執着に近いのだけど。でも、それでも。今まで献身的に仕えて来た風紀委員は殴り殺されているのに、いきなり来た第三者が殴り殺されないのを目の当たりにすれば、誰だって怒る。ユージサンは多分、悪くない。



「何でも無いならいい。だが、変わったことが少しでもあったら言え。お前は何故だか狙われやすいのだからな。護るほうも大変なんだ」


ぶっきらぼうに彼はそれだけはき捨てると、クシャリと私の頭をなでる。私よりはるかに大きい関節ばったその手は、何故だかとても頼もしく感じた。
胸が何だかあったかく感じて。私は無意味にどもりながら、「ありがとう」と彼に告げる。彼は少し困った顔で仕事だからなといったけれど、その顔はどう見たって其れだけには見えなくて。私はもう一度お礼の言葉を口にした。
私を護るといってくれたのは、多分骸さんに続いて二人目なのだろう。それは誰も助けてくれない、この辛いだけの世界で、私の唯一の希望だった。別に本当に助かるなんて思っていない。でも、嬉しいんだ。大切に思われているようで。望まれているようで…其れが少しだけ、私を安定させる。
彼の優しさが嬉しくて、思わず笑うと彼は一瞬、まるでお化けでも見たような眼で目を見開く。しかしそんなのは一瞬で、直ぐに少しだけ困ったような、『しょうがないな』という顔をして、ため息を零す。其れは酷く暖かい気がして、気付けばまた、笑っていた。



「変な奴だな」


彼はそう言って僅かに微笑んで見せると、帰るぞと其れだけを呟く。
はい、と慌てて歩調を速めた彼に追いつこうとすると、ふと違和感を感じて、私は足を止める。…何だろう、この言いようの無い違和感。まるでカメラのレンズを向けられているような妙な圧迫感が、いつのまにか私の周りに広がっていた。


“キモチワルイ”

まるで、クイズ番組の何とか体験をするための映像見ているみたいな。間違いがあるはずなのに見つけられないもどかしい、そんな違和感、いわかん、イワカン。




「どうかしたのか?」

ユージサンがそう言って振り返った瞬間、私への圧迫を感じさせるほどの視線がとても軽くなった。
その代わりに、ユージさんの表情が僅かにこわばる。私への圧迫感が彼に移ったと知ったと同時に、私は思わず彼の名前を呼んでいた。
しかし、彼が私を見るその瞬間に、その目は私を映すことなく大きく見開かれる。傾く彼の体を受け止めると、彼の腕に抱えられていた米袋が地面に鈍い音を立てて落ちた。


「ユージさん……っ、」


私が彼の名を呼ぶと、彼は小さく言葉を零した後すっと瞼を落とした。「悪い」という、たったそれだけの言葉に、私は現実を見失いかけた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…!
意識を失ったことでぐんと重くなった彼の体を支えきれずに、私はユージさんとともに冷たく固いコンクリートの上にへたり込む。
ずり、とずり落ちるユージさんの体に必死に支えながら、私は視線を上に持っていくことが出来なかった。だって、怖い。彼が倒れるその一瞬にその背後に見えた人影が、怖くて怖くて、しょうがない。また狙われる。また殺される。また、また。


ぎゅう、と縋りつくと、不意にカツンという音が耳に響く。
4方向から響く靴の音に、私は身を硬くする。と言うかここは商店街の真ん中なのに、如何して誰一人として悲鳴を上げないのだろう?人が…倒れたのに。
私は下に向けていた視線を上げ辺りを見回すと、人々は私たちを避けるように歩いていた。まるで私たちの存在が見えていないように、平然と歩く。その中で唯一私にまっすぐ近づくのは、褐色の足だけだった。嫌な予感に、私は思わずユージさんにすがりつく。



「…苗字 ナマエ様」


物静かな、無機質で何の感情もこめられていないような事務的な声が私の耳のなかに滑り込んできた。
気付けば、私とユージさんは無音の中に取り残されていて、あまりの恐怖に突き動かされるように顔を上げる。
私は、この漫画の中で褐色の足を持った人間を一人しかしらない。いや、一人と言うと御幣があるかもしれない。なぜなら彼女らは、『複数』いるのだから。



「我々は、貴女をこのリング争奪戦においての『必然』を狂わす危険人物だとみなしました。よってこの世界の秩序を護るため、我々は貴女を殺すことをここに決定します」


一寸の戸惑いも無く吐き出された言葉を、私は現実のものとして受け入れることが出来なくて。
悲鳴でもなく、拒絶の言葉でもなく。私が呟けたのは、チェルベッロ、という単語。それだけだった。
(09/02/08)


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