旧式Mono | ナノ

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もう後には引けないんだと。
もうやーめたといって逃げれないと。
私は、改めて感じた。



とりあえずリボーンが帰った後の私は買い物へ出て、部屋の掃除に取り掛かった。
別に雲雀恭弥に強制されているわけでもなく、寧ろ汚れるからと言って逆に怒られてしまうのだけど。でも、やらずには居られなかったのだ。
『リボーンの言葉に同意してしまった自分を悔やみつつ、それでも自殺と言う手段にいたれずに居る、自分が可愛い臆病者』私はそんな自分を自覚したくなくて。認めるのが怖くて、無我夢中で手を動かすことしか出来ない。
『風』という大層な名で彼は呼んでいたけれど、所詮はただの雲雀恭弥の『おもり役』だ。でも、それだけでは、すむはずも無い。


私の存在はこの世界にとっては普通ではなく、明らかに異質なものなののはず。……なのに。異端なはずの私に突如現れた『役割』と『使命』。そんなもの背負っちゃいけないはずなのに、私はマフィアの中である種の地位のようなものを獲得してしまっていた。
この世界に深く関わってはいけないと、アレほど自分に言い聞かせていたのに。其れなのに、如何して私は承諾してしまったのか。…まあ、私が拷問に耐えれるはずが無いのだから、否応無しにこの世界を変えてしまう『因子』にはなってしまったのだろうけれど。

でも私の知っているストーリーでは、骸への憎悪とリボーンの話術で雲雀恭弥を動かしていたはずだ。
やろうと思えれば、私がしなくたってリボーンがその代役を務めることが出来るはず。…なのに、何故彼は私に託したのだろう。風の役割を。雲雀恭弥という存在を、ボンゴレにつなぐための重要な役割を。よく知り合ってもいない、異世界の人間に。


「……むり、だ」

私は指先で首に掛かったままのリングをはじくと、リングは私をあざ笑うかのようにきらりと瞬く。
嫌味なほど一点の曇りも無いシルバーの輝きに、私は目を細める。この世にありふれたお金じゃあ買えない、高価なものの印。こんなものを私が持っていたところで、私にはリングを使いこなすどころか持つ資格さえ与えられていないのに。持っていても意味無いのに。

雲雀恭弥の気まぐれ。

そんなものが私を狂わせ、それ以上にこの世界をも狂わせているかと思うとゾッとする。この瞬間、この世界の未来を左右する流れの中心は雲雀恭弥になっているような、そんな錯覚さえしてくる。そんな人間が私をここに縛り付けて、逃げ道をすべて失わせたんだと思うと寒気がする。怖い。



逃げてしまったら、どうなるのだろうと考える。
私がもし仮に彼の前から姿を消したとしたら、一体どんな風になってしまうのだろう?
何事も無かったかのように、リボーンが雲雀恭弥と言う男をボンゴレ側に引き寄せれればそれでいい。しかし、もし其れができなかったら…?


其れは自分自身への驕りでも、また自意識過剰なわけでもなく。
いくら私が異世界人――ロータスイーターと言う価値があっても、彼らは世界最強のマフィアだ。そんなものが、胡散臭くかつ信用のおけない、生命力が無さ過ぎる人間という危険な存在を“ファミリー”にするだろうか?という、疑問。
私の意思はどうであれ、未来を知るだけなのだとしたら確実に拷問と言う手段に訴えたほうが早いはず。


其れを何故、あえてやろうとしたのか。私にはその答えが分からない。



仮に、この世界のリボーンは既に雲雀を動かすことが出来なくなってしまったとしたら、辻褄は合ってしまうのだけど。だけど、そんなこと……認めたく、なかった。
私がこの世界に“必要”とされているなんて、決してあってはならないことだ。だって本来は、私と言う存在無しでこの世界のストーリーは進んでいくのだから。


「…どうしよ」


いや、寧ろ私はどうすべきなのだろう?
いっそキッチンの包丁を胸につきたてて自害したほうがいいような気もするし、そうすればこの物語を決定的に変えてしまうような気もする。
もし既に私の存在が『必要』になっているのだとしたら、私がここで自殺するのは余りにも浅慮な行動だ。…いや、そもそも私は自殺できるような決意も無いから無理なのだけど。仮に。もし仮に、私が一番雲雀恭弥を動かしやすい人間になっているとしたら、私は、生きること、逃げることと同時に死ぬことも許されなくなってしまう。……一体、私にどうしろと言うのだ、この世界は。



「…面倒くさ」


考えるのも面倒で、私はソファーに突っ伏す。
壁に掛けられた時計が15時を告げる電子音を鳴らす。買い物に行かなきゃと、私は重い体を無理やり起こす。

今日は、無事に帰って来れますように。

私がそう思いながら財布を手に取ると同時に、買い物を見張る風紀委員が来たことを告げるチャイムが、静かな部屋に鳴り響いた。
(09/01/15)


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