旧式Mono | ナノ

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ある程度予想はしていたけれど、まさかこんなに早く動くなんて思わなかった。

ご丁寧に雲雀恭弥が出て行く時間を見計らって、ベランダに現れたのは赤ん坊と言うには余りにも成長しすぎた子ども。
高価そうな生地のスーツを羽織り、大きすぎる中折れ帽子。大きすぎて転げ落ちそうな黒い瞳に、引きつらせるように歪んだ唇が紡ぎだすニヒルな笑み。
彼が出かけている間は基本的には暇なので、掃除でもしようかと思ってリビングに来たときに、もう彼はそこに居た。「あけろ」と有無を言わせない彼の言葉に私は鍵を開けかねていると、ご丁寧にもレオンをハンマーに変えた。彼は、人の弱みを見抜くのが上手い。
窓を壊されて一番困るのは、彼では無く私。きっと、昨日のあの僅かな時間だけで、私と彼の主従関係の細かい部分まで見取ったのだろう。嫌な人だ。

私は仕方なく鍵を明けて、窓も開けてやる。部屋に居ると感じない外の冷た空気に、私は目を細めた。
彼は靴を脱ぎながらリビングに上がり、辺りを見回す。雲雀恭弥さんは学校に行きましたよ、と彼に告げると、彼は「知ってるぞ」と笑った。


「ちゃおっす、猫。昨日はよく眠れただろ?」

「…おかげさまで」



猫と昨日の睡眠ガスの二重の嫌味に、私は顔が引きつるのを感じた。
私はとりあえず彼にコーヒーを出そうとするけれど、そういえば雲雀恭弥の嗜好でこの家にはコーヒーが無いことを思い出し、急遽お茶に変更する。
そもそも彼をもてなす必要など微塵も無いのだけど、一応の礼儀として。私だってこんな童顔なアニメ調な顔をしていても、中身は普通の18歳だ。

だけど如何せん彼に作り笑いなんて出来る心の余裕はできず、どうぞとぶっきらぼうにお茶を勝手にソファーに腰掛けた彼の前に置く。
彼はにっと笑って、再び「猫でもお茶を淹れれるんだな」と皮肉な言葉を唇に載せる。私はそれには答えずに、彼の向かい側に座った。お茶菓子など、この家にはないので最初からあっても出せないのだけど。あっても出したくないなと思わざるをえない。
私の態度に彼は皮肉に持ち上げた口の端を更に持ち上げる。馬鹿にして、見下しているのがとても良く分かった。
まあ其れもそううかと、私は思いなおしてため息をつく。今から彼らの利用価値のある人形になるのだ。そんなものに、マフィアは皮肉な意味での悦びこそ感じれど、同情なんて一切感じないのだろう。逆に、だからこそマフィアだといえるのだけど。そうでなければ、マフィアとは名だけのただの一般人だ。



「…何の御用ですか、リボーンさん。雲雀恭弥さんは居ませんよ?…私を殺しにきたのなら、別ですけど」
「まあそう突っかかるな、猫。昨日のことは謝るが、ディーノたちの報告じゃあ、お前がマフィアだという要素がいっぱいあったからな」
「…マフィア…私が?」

「この並盛に住んでいるにもかかわらず土地勘がねえ。雲雀とも打ち解けてる様子もねえ。加えて裏世界の人間にしかしらねえディーノの名前を知ってたんだ。疑わねえ方が可笑しいだろ?」
「…骸さんは直ぐに気づきました」

「骸と接触があるんだったな。あいつの場合エストラーネオファミリー壊滅と“ロータスイーター”が深く関わってるからだろ」
「…」

「まあ、そんな話をしにきたわけじゃねえがな」


彼はそう言うと、私の出したお茶を一口すする。
なかなか淹れるのうめえな、といわれたけれど、私は彼に返事らしい返事を返さなかった。次に彼が発する言葉に、自分自身が怯えているのが分かる。其れはそうだ。だって、光を失うんだから。
私は目を伏せて、彼の言葉を待つ。彼はわかってんだな、と小さく零すと、机をぴょんと飛び越えて私の俯いた顎を持ち上げた。
息を飲む私に、彼は至極楽しげに笑う。皮肉な笑みではなく、まるで玩具を見つけた子どものような、そんな表情だった。


「そんな怯えんな。俺は別にお前を牢屋にぶち込んで、死なない程度に拷問して洗い浚い知ってる未来を吐かせるなんて野暮なことしねえ」
「…なんですか、それ」

「ボンゴレが……いや、かつてのロータスイーターに俺らマフィアがやったことだ。お前らが俺達の何を見てきたかしらねえが、俺らはマフィアなんだ。甘いことなんてしねえ」
「…」

「お前にもそうしたっていいんだけどな。……だが、お前には別の道を与えたっていい」



彼はそう言うと、私の首のチェーンに掛かったチェーンを引っ張る。
半欠けの部分が多い、接合部分がとがったリングは私の胸元を傷つけながら引き上げられ、部屋の照明器具に反射する。
痒みのような中途半端な痛みに私は表情を歪ませると、彼は笑う。…性格が悪いなと、心のそこから思った。下手したら、雲雀恭弥と同等、寧ろそれ以上かもしれない。
皮肉げに彼は笑うから、私は最大限の嫌味をこめて「こんな事している暇あるんですか?」と問うけれど、彼は「あいつは今崖上りの練習中だ」と軽くあしらう。ああ、そうだった。私は悔しさを堪えて下唇を噛むと、彼は制すように私の唇に触れた。こんな唇噛む程度で、彼は私が死ぬと思っているのだろうか。


「お前、雲のリングの使命って知ってるか?」
「…孤高の浮雲、でしたっけ」

「まあ、間違っちゃいねえが…正確には、何ものにも囚われずにわが道を行く浮雲だ」
「…其れが、どうかしたんですか」


回りくどい言い回しに、私の口調はつい荒々しく、ぶっきらぼうな響きを孕んでしまう。
私を闇に落とさないたった一つの救済策。死なない程度に拷問され、勢いあまって死んでしまう。――それが、この“家庭教師ヒットマンREBORN”の世界に来たロータスイーター…つまり、『トリップ者』の末路。
そうならないための、たった一筋の希望。彼はどうやら、其れを安易に私に教える気はさらさら無いらしかった。
まるで、クイズ番組の正解を言う前のあの間のようなもどかしさに、私は歯をギリッと食いしばる。こみ上げる苛立ちは、最早隠しようが無い。
恐らくこんな私を見て、彼は楽しんでいるのだろうとは分かっている。分かっている。なのに、彼を前にすると自分の感情が抑えきれなかった。


彼はそんな私を見て更に笑みを深くすると、私の頬に触れていた手を胸倉に移動させる。
グッ、と、その小さい体では考えられないほどの力で引き寄せられ、私は予期せぬ力にバランスが取れずに彼に従ってしまう。
ギリギリまで引き寄せられた、顔と顔。唇が触れそうなほどの位置に、私は目を見開く。吸い込まれそうな大きい瞳が、楽しげに動揺する私を見上げていた。



「気づかねーか?」

僅かに目を細めて、彼は私に問う。相変わらず楽しげな声に、私は背筋にゾクッと冷たい何かが駆け上がるのを感じた。
そんな私に彼はその笑みを深くすると、私と顔を僅かに離す。離れたことで見えるようになった彼の口の端は、やはり極限まで上に上がっていた。
ようやく事のやばさを感じ取った私の動きを封じるように、レオンが私の体に巻きつく。恨めしげに彼を睨んだ私に、リボーンは堪えきれないといったように笑い声をもらした。私は彼の『笑い声』なんて聞いたのは初めてで、思わず目を見張る。
動きを止めた私の頬を彼はゆっくりと撫でると、至極楽しげに、彼は私に続きの言葉を紡いだ。


「おかしいとは思わねーか?この使命(コトバ)」


彼はそう言うと、私のリングを弄んでいた手を離す。
使命の矛盾?そんなものあるの?そう呆ける私に、彼は皮肉ではない笑みを向ける。
「簡単な言葉の荒探しだ」彼はそう言うと、私をなだめるように頭に手を載せて、撫でるように動かした。
(09/01/09)


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