旧式Mono | ナノ

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目を開けると、明け方特有の昼間とは違う藍色のような空が広がっていた。

鳥の声が窓の外から滑り込み、私ではない他人の吐息と混じって私の空ろな意識を少しずつ鮮明にしていく。
ゆっくりと目を移動させると畳が目に入って、ああここは何時もの部屋なんだな、とぼんやりと思う。雲雀恭弥が運んだのか。リボーンによりレオンが運んだのか。どちらも同じぐらい有り得なくて、ため息をつく。体の節々が痛くて、鼻にツンとした感覚が未だに消えていなかった。

私は遠くの自室にいるだろう彼を起こさないようにそっとふすまを開けて、リビングを通ってベランダに出る。
外は凍えるように寒くて、私は両腕を抱きしめるように引き寄せる。息が白い。秋にトリップしてきたと思ってきたけど、季節はもう立派な冬のようになっていた。
室内を振り返って時計を見上げると時刻は5時をほんの少し回ったところで。コレじゃあ、雲雀恭弥がおきていないのも当然かと独り言のように呟く。
見上げた空はどこまでも青く、雲ひとつ無い晴天。僅かに空の端が青色ではなくなっていて、もう直ぐ夜明けなんだな、と思う。

凍ってしまったように冷たいベランダの手すり部分に両腕を組んで上に乗せ、もたれかかる。パーカーとパジャマを通り抜けて、手すりの冷たさが私の腕に伝わって、私の体全体に鳥肌を量産させていった。
今日は、ここ近辺は随分と冷え込みそうだ。でもきっと、其れを感じれるのも今日が最初で最後なんだろうけれど。



「…どうなっちゃうんだろう」


言葉にして吐き出すと、白い言葉の塊はふわりと中に広がって。何も無かったみたいに、空に解けて消えていく。この空気みたいに存在しなかったことになってしまえばいいのにな、と私は自嘲する。そんなこと有り得ないことは、私が一番わかっているつもりだ。

本部に送られるにしても、確か9代目は偽者で門外顧問と軽い戦争が起こった筈。巻き込まれたら、命は無い。
並盛に居座るとしても、私は雲雀恭弥の傍らに居させることは、リボーンはしないのだと思う。恐らく、自分の目の届く範囲に置くはずだ。
じゃあ綱の家?とは思うけど、すぐにまさかね、と否定してしまう。今更楽しげな雰囲気に行き、ありふれたトリップ小説のような生ぬるい暖かさの雰囲気を味わえるとは思えない。
今までのこの世界の経験上、どうしても牢屋に閉じ込められる気がしてならないのは、私の被害妄想だろうか。銃を突きつけたリボーンの声。アレは、私を絶対的な敵として認識している声音だった。
敵と認識した人間を、彼はおいそれと“仲間”に加える?答えは――――否。そんなことは、彼なら絶対にしない。


と言うかそもそも、私という猫を雲雀恭弥は手放すのだろうか?
彼は『猫』という存在にどこか固執している節がある。今までずっとずっと一人だった環境を打破してしまった『モノ』だからだろうか。優しく…は扱われていないけど。それでも逃げれば必ず追ってくるのだから、多少の独占欲、征服欲は抱いているのだと思う。
そこまで思うと、昨日トンファーで思いっきり殴られたことを思い出して、私は顔をゆがめる。
リボーンは雲雀恭弥を丸め込める話術を持っているから。彼は私を手放して、私はここから離れれるのかもしれない。猫と言う存在は消え、私はただの利用価値のある人型人形に生まれ変わる。自由など無い、暗闇のマフィアの世界へ。


「……いや…だ」


どちらにしても痛く苦しく、どちらにしたって私に完全な自由は与えられない。
でも強いていうのなら雲雀恭弥と居たほうが散歩もできるし、今回みたいなことが起こらなければ日常的に命の心配をするわけでもない。
雲雀恭弥は私を極力自由を与えてくれるし、時には(彼にしては)優しく接してくれる。太陽の下で、私を生かしてくれる。
でもイタリアのボンゴレ本部に行けば、待っているのはきっと脱出不可能、難攻不落の地下牢で生かさせるのは明白だ。戦争が起こるぐらいの利用価値があるものなら、誰の目にも触れさせずにひっそりと『飼う』に決まっている。でも、其れは。



「嫌だ…怖…い、」


暗闇は怖い。暗闇は嫌い。私は、私は。


「ここに……居たい」



そんなこと自分が思うなんて予想もしていなくて。逃げたいと思ってここから逃げ出したときを考えれば、いろいろな意味で成長したなと思う。そう思ったら私は震える喉が引きつって、乾いた笑声を零しはじめた。
逃げたくてしょうがなかったのに。ここよりもっとつらい場所があると知った今、『ここにいたい』だなんて、ゲンキンにも程がある。
だけど嫌だった。暗いのも、これ以上痛い思いを永続的に感じさせられるのも、この世界を崩すのも、もう嫌だった。

ふいにカラカラという音がして、私の背後に人の気配がした。突き刺さるような視線が、私にそそがれているのが何となく分かった。雲雀さん。私がそう呟く前に、彼の手が私の肩をつかむ。


「何してるの」

眠たげな声に振り返ると、彼は目をこすりながら本当に眠たそうに立っていた。
思わず目を細め笑うと、生暖かい雫がつうと、一筋だけ頬を伝う。慌ててぬぐうけど余りのタイミングで、ないていたことはごまかせそうに無かった。
彼はまどろみながらゆっくりと私の頬に暖かい手を触れされる。人差し指で、涙の痕をこする。


「…逃がす気はないよ。言ったでしょ」

彼はそう言うと、私から手を離す。
彼の体はぐらりとゆらぎ、私はとっさに上でをのばして、前に倒れようとする彼を抱きとめる。寝ぼけ眼の暖かい彼の体温が、私の冷え切った体を温めた。


「君は…僕のモノ…だって」


途切れがちな言葉を零して、彼はまた深い眠りの奥へと引き込まれていく。私は彼の体を抱きしめながら、必死に彼の体を彼の自室に移動させた。
歪む視界が邪魔で、私は何度も目をぎゅっとつむったけど、その度に彼のパジャマを汚してしまう。ごめんなさい、ごめんなさい。
例え彼の言葉が寝言だったとしても、何も意味も無い、ただの独占欲の塊だったとしても。それでも。



「あり…がと、う…」


私は、嬉しかった。
(09/01/05)


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