旧式Mono | ナノ

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だから私は一般人だって、平凡だって何度言えばこの世界の住人に届くのだろう。

トリップ小説の主人公になれるような境遇でありながら。まるで病原体を排除する白血球のように訪れる『死』。
私が死んだところで結局この世界を変えてしまう要因の一つになることなんて知らずに。この世界は何度私に死ねと囁けば気が済むのだろう。私が死んだところで、歯車はもう動き出してしまったのに。もう止まらないのに。


「私は、マフィアじゃないです」

どれだけ脅されても変わらない事実を、私は何度も繰り返す。
私がこの脅しから解放されるときは、恐らく証拠を提出するか嘘をつくかのどちらかだ。確率的には、後者のが高い。証拠というのは、きっと私の知りえる情報、つまりこの世界の未来を彼らに垂れ流しにすることだ。それは、言いたくない。なぜなら、其れはこの世界を変える決定打となってしまうから。

馬鹿げてると思う。本当に馬鹿出ていると思う。
半年前まで漫画の世界の住人でしかない人間たちを、如何して命を張ってまで守る必要があるのだろう。そう思う心が言うのと同時に、本当に生きている彼らを守りたいと思う心もある。多分後者が、私の中の一番本音に近い言葉なのだろう。建前という名の、本音だけど。
風紀委員の仲間を殺され、雲雀恭弥に不信感を抱き私を憎んだユージさん。怯えながらも守ってくれた近所のおばさん。私が鳥と見ていたためにバーズに殺されてしまったシュンさん。皆みんな生きていた。皆みんな、今を生きている。私の世界からしたら見えない物語の裏側で、皆生きていた。



ゆっくり息を吐き出して、私は真っ直ぐに彼を見つめる。
体の震えが収まったのは、パニックから開放されたのだろうか。それとも、生きることを諦めたのだろうか。自分でも、分からなかった。
私の変化に彼は肩眉を上げて、警戒するようにグリッと殊更強く銃を押し付ける。私は、僅かに表情をゆがめた。…諦めてしまったのかもしれない。生きることも。生きてこの世界から逃げ出すことも。白蘭からの監視を常に受けているこの世界は、骸が言うように、私が思っているより生きにくい。


ゆっくりと引き金に短い人差し指が掛けられるのが、至近距離でも何となく分かった。
多分殺される。十中八九以上、寧ろ十割の確率で、私は次の瞬間殺される。
絨毯もフローリングもソファーも真っ赤に染めて、多分雲雀さんに悪態を吐かれるんだ。「面倒くさいな」って、それだけ。…そういえば脳天打たれるって痛いのかな。それとも痛いと思う前に死んじゃえるかな。死ぬなら同じだけど、あまり痛いのはもう勘弁して欲しい。
痛い思いをしてばっかりだ。そう思った私は堪えきれず、自嘲を零す。私はやっぱり、物語の主人公にはなれなかったんだなと、苦笑混じりに思う。腕に震えが、再び私の体全てに伝染する。言いようの無い恐怖が涙となって、頬を伝った。
まるで注射の針の先がいつ私の肌を刺すか分からないあの感覚が、私の緊張感をよりいっそう強くする。目を瞑っていたほうがいいのか、逆にタイミングが分からず怖くなるのか。其れさえも分からないまま、私は彼のなすがままだった。


「…チッ」

彼は舌打ちを零し、私の額から銃口を離す。しかし、しっかりとその軌道は私の眉間上辺りを狙ったままで、助かったわけではないらしかった。
「死ね」彼はそう零すようにつぶやくと、引き金を引いた。


重い音。鈍い痛み。まるで鈍器で殴られたような痛みに、私はやはり痛かったのかと他人事のように呟く。
後ろにはじけ飛ぶ私の視界は、何故か緑色に染まっていた。天国の花畑でも、見えているというのだろうか。
痛みに意識が朦朧とする私に、黄色の二つの光が目の前に照らされる。赤く生暖かい何かが私の頬を執拗に舐めた。
次第に意識がはっきりとしてきた私は、自分の額に出るべきはずの液体が顔の何処にも伝っていないことに気づく。


「な、に…?」

目の前に手をかざしても、いっこうに自分の手は見えない。黄色の光の真ん中の黒い点が、僅かに動いた。
途端に色づいた世界に戻ってきた私は、状況把握をしたと同時に混乱に陥った。本当に分からない。如何して、どうしてコレが私を守るのだろう?


「レオン…?」


私がそう問うと、レオンは僅かに目を細めて、私の視界から消える。腹に乗った重みが消えて、不機嫌そうなリボーンの声が聞こえる。
レオンと話しているのだろう。私は予想もしていなかった緊張からの解放をしたせいか、重い体を何とか起き上がらせる。
壁に強く打ち付けた背中を擦りながら、撃たれると本当に後ろに吹っ飛ぶんだなと他人事。死んだ気はしたのに、生きているなんて逆に信じられない。


「おい、お前…苗字 ナマエといったな。お前、一体何モンだ。レオンが気にかけるやつなんて、お前が初めてだぞ」


彼は睨むようにして私を見ると、肩に乗ったレオンを帽子の上に乗せる。
レオンは分かっているのかもしれない。私が、彼らにとっても利用価値がある存在だということに。私はレオンを見返すけれど、動物の心なんて分かるはずもなく、改めてリボーンを見る。殺されるか、利用価値のあるものとして与えられる生か。一体どちらが、マシで、どちらが救われているのだろう。


「私は」


言っちゃ駄目だ。と自制する私。言っちまえよと投げやりな私。そんな二つが入り混じりながら、私は言葉を紡ぐ。
解放された恐怖が今更のように押し寄せて、私は恐怖に急き立てられるように何度も繰り返す。ああもう、だめだ。利用されれば痛い思いをしなくていい――なんて。そんなことを考えてしまうなんて。


「私は――っ」
「ただの記憶喪失の猫さ」


今度こそ真実を紡ごうとした私の言葉をさえぎるように、静かな声が部屋に響く。
ゆらり。心許無い動きで起き上がった雲雀恭弥は、ソファーに落ちていたトンファーを拾い上げて、リボーンに突きつける。
彼が起きたことに気づいていたのか、リボーンはトンファーを突きつけられても顔色一つ変えなかった。あるのは、不機嫌そうな雰囲気だけだ。


「ねえ赤ん坊。君はそんな僕の猫に何か用なのかい?」
「生憎今はヒットマンとして動いててな。餓鬼に付き合ってる余裕はねえんだ」

「ふうん、そう。じゃあ話は早いね」


リボーンの方は銃を。そして雲雀はトンファーを構え。お互い静かに視線を交わしているのに、張り詰めていく空気。
私はこのとき初めて、二人の間に流れてはいけないものが流れていることに気づく。漂ってはいけない雰囲気に気づく。ぴりぴりとした緊張感――彼らで言うところの、殺気。

だけど、気づいた時には、もう、遅かった。
(09/01/04)


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