旧式Mono | ナノ

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重い瞼を押し上げると、そこにはいかにも、という高級感と清潔感が漂う白い天井とシャンデリアがぶら下がっていた。
空ろな意識のままでゆっくりとソレを見ていると、次第に意識が鮮明になり、私は反射的に胸元に手をやる。セーラー服の中に入り込んだ、自分の温度と同化した鎖がチャラ、と音を立てる。

“よかった。ちゃんとある”

私はまず一番にリングの確認をした自分に驚きつつ、安堵の息をつく。
だけど安心できないことは、十分良く分かっていた。何故ならわたしは、シャンデリアのぶら下がったこの部屋に全く見覚えが無い。
近くから響く物音に注意しながら、私は物音を立てないように慎重に体を起こす。しかし、その努力は直ぐに無駄だと分かった。


「嬢ちゃん、もういいのか?」


声がしたほうに反射的に首を向けると、そこにはなにやら書類を読んでいるらしい男の背中があった。
黒いスーツすがたの彼はどうやらこちらを振り向かないまま、私がおきたことに気づいたらしい。さすがだと、思った。さすがはボンゴレ。…いや、さすがはマフィア、といったほうが適切なのかもしれない。
私はマフィアと言うものがどういうものかも知らないし、どういった人たちをマフィアと位置づけるのかと言う定義も理解していない。ただ何となく北欧等の外国で、スーツにサングラス、銃という三種を身に付けていたらソレっぽく見えるなーって言う、ソレぐらい。
だけど私の世界でのマフィアへの知識はなくとも、漫画の…否、この世界のマフィアなら、何となく予想が付く。
感覚が鋭くて、殺意や殺気を簡単に感じ取ったり出したりできる人。行動でも戦いを始める、そんな集団。私の世界では今日び河川敷でさえヤクザの果し合いなどしないと言うのに。漫画の世界の人は、平和な日本のビルの真ん中でも何処ででも銃を出したり、剣を振り回したりする。あり得ない。あり得無すぎる。


私は「はい…」と返事を返すと、彼はそりゃよかったと快活そうに笑いながら、「ちょっと大人しくしててくれな」と書類をめくる。
助けてくれたのか、何なのか。いまいちよく分からない私はベットに座ったまま、ぼんやりと手のひらを見つめる。白蘭を見た瞬間に手について見えたような血は、当たり前のように付いていない。ソレは、そうだ。白蘭は私に対して、刃物も銃も出しては居ないのだから。


…でも、あの時、確かに見えたような…そんな気がしたんだけど。
白蘭に与えられていた恐怖は、自分が思っていたよりもずっと自分の中に残っていたらしい。
でも、まあそうだろうな、と思う自分もいる。白蘭と会うまでは、私は死を身近に感じたことの泣いただの一般人でしかなかったんだ。私を恐怖に教えたのは彼であり、この世界の恐怖へと導いたのも彼なんだから。


きゅう、と胸が締め付けられるのを感じて、私は思わず鎖を握る。
怖、かった。どうしようもないほど怖くて、言葉が出ないほど私は恐怖に身が竦んでしまった。雲雀恭弥にも感じたことの無い、絶対的恐怖を。

私はいない彼に縋るようにリングに触れようと指先を下にずらす。しかし、いつの間にか指は鎖から離れていた。もう一度やる。…同じだった。


「、っ!?」


服の中にしまってあった鎖を引き上げると、その先には何もぶら下がって居なかった。
ただの鎖が、私の手の中で音を立てて、たらりと垂れ下がるだけ。まさか……白蘭が…?

ベットから飛び降りるようにして離れると私は出口を目指して走る。その時、重い金属音のような音が、背後から響いた。悲しいことに、私はソレを前にも聞いたことがあった。
銃の安全装置を外す音。若しくは、弾丸をセットする音。どちらにしたって、銃だ。


「子どもだけとはいわねえが、チビを殺すのは好きじゃないんだ。悪ぃが大人しくしてくれねえか」


動いたら撃つ。と言うのではない。動いたら、殺すという絶対的宣言。
私は再び足が震えだし、その場にへたり込む。足音が近づいてくるのに、私は動くことも出来なかった。



「ゆびわ…ないの。指輪……探さ、な…きゃ…」


そうしないと、壊れてしまう。この物語が、取り返しの着かない場所まで。
カタカタを震えながら、涙声でうわ言のように呟く私に、彼は僅かにため息を付く。そして銃を私の視界には入る――でも決して届かない場所に投げて見せると、後ろから私の頭を撫でた。


「お前さんのリングは、雲雀に返すために俺が外した。だから無くなってないから、安心しろ」
「……あ…よかっ…」


無くなっていない。そう言って頭を撫でられた瞬間、混乱していた私の意識が鮮明になり、言葉にもならない嗚咽が零れる。
リングは戻った。あるべき場所に。本来持つべき人のもとに、戻った。
緊張状態から安心したせいか、へたり込んでしまう私に、後ろのマフィアらしい人は「ったく」と言って、ぐしゃぐしゃと私の頭を撫で回す。良かったと、思った。あれは私が持つべきものじゃないのだから。彼の元に戻ったのなら、それ以上のことは無い。

長く息を吐き出して、自分を落ち着かせる。今の私は、自分でも自覚できるほどおかしかった。
それは10割の確立で、白蘭との再会によるフラッシュバックの影響だったけれど。彼の舌の感覚や唇の温度なんて思い出したくなくて、私は半ば強制的に自分を落ち着かせる。不意に、背後から電子音が鳴った。


「おっと、ボスからか」

後ろの人はそう言ってポケットをまさぐるような音を立てると、「なんだボス」と少し笑いながら対応する。
緊張状態がまだ続いているせいなのか、余りにも近い位置に居るせいなのか。会話の相手の声まで、私の耳には聞こえていた。



『そっちにリングもってた子いんだろ?そいつを恭弥の元に返してやってくれ』
「そりゃあいいが、随分予定が違っちまうんじゃねえか?」

『ああ…だけどリング見せた瞬間、あいつ「僕のものをどうしたの?」ってリングのこと聞きやしねえんだ』
「そりゃあボスが不甲斐ないせいじゃねえのかい?」

『うっ…うっせーよ!とにかく…うおぁっ!ちょ、恭弥止めろ!今話してる最中だろ!…ってことで頼むわ、並中に連れてってやってく、れ…っ!』
「了解。せーぜー中坊にのされねえようにな、ボス」

『んなやわじゃねーよ!ってあーもう恭弥、止めろ!…ったく。おう、じゃあ恭弥を校門で待たせておく。じゃあな』




ピッという電子音と共に、彼は「しょうがねえな」というと、私の前に回る。人の優しそうな笑み。蓄えられた口ひげに、フレームの無い眼鏡。
目と目が合った瞬間思わず名前を呼びそうになって、慌てて唇をかんでこらえた。呼んでしまいそうだった。彼の、名前を。


「詳しくは車の中で説明するが、俺はロマーリオという。今から雲雀のところへ、連れてってやるからな」


だから、そんな泣いた面すんじゃねえ。
そういって、彼は私の髪をなでて、優しく、優しく、微笑んだ。
(08/12/31)


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