旧式Mono | ナノ

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意味が、分からなかった。


続けられた言葉に、私はどう反応していいかも分からず。寧ろどう反応すべきかも分からないまま、静かに沈黙が二人の間を埋めていく。
まるで謝罪するような彼の口調。だけど、だからと言ってやめるわけにもいかないという彼の口調。
そもそも監視しているのが彼なのだとしたら、何故こんなに彼が苦しい表情をしていなければならないのか、私には分からない。苦しいのなら、やめればいいのに。私はそう思いながら、彼の顔を見返す。ソレしか、出来なかった。


彼は相変わらず私から顔を背けたままで、何を考えているのか分からない。
10年後の、私の知る白蘭の印象からすれば「コレは全部ひっくるめて彼の演技」だと思ってしまうけれど。それでも、背けられる前に一瞬見えた彼の苦悶の表情は、どう思い返したって本物だった。


一体、どうなっているの?

ぐるぐると頭の中に渦巻く疑問は答えを見出せず、ただただ私の中を巡るだけ。
どうなっているの?どうなるの?どうしたいの?――彼は、何がしたいの?



「私には…貴方の言っている意味が、よく分からないんです…が」
「……それはそうだよ、ナマエちゃん。僕にだって、分からないんだから」



だから君にだって、分かるわけ無いじゃん。
そう言って放棄された答えに、私はますます途方にくれる。だけど、私より更に途方にくれているのは、どうやら彼のようだった。
彼は多いなため息を付いて、僅かに表情を緩ませながら、困っちゃうよね、と私に微笑む。
紙面で見たいやらしい、人を小ばかにするような笑みとは違う。疲れ果てたような、そんな笑みだった。



「そもそも僕は何で日本に居るのかもわかんないんだ。ナマエちゃんまじめそうだから信じてくれないかもしれないけど、僕はイギリスに居たはずなんだよね。…ソレが気づいたら日本に来てて。何か夢みたいだよ」

「……え?」
「…まあ、いいんだけどね。僕は元々あのイギリスの生活はスキじゃなかったし。ここの生活も、そんなに悪いわけじゃない……けど」



彼はそう言うと再び言葉を切って、表情をまた曇らせる。


「気持ちが悪いんだよ。気が付けば別の行動をして、見覚えのない場所に居る。戻ればそこにはいつも、ナマエちゃんが居るんだ」


彼はそう言うとまるで自嘲するように微笑んで、ゆっくりと顔を上げる。
私がその言葉の意味を考える前に、彼はまた何かを察知したように顔を上げて、私の腕を強く引く。

痛みを痛みを感じる前に、彼は私を突き飛ばすように路地の出口の方に押しやると、「早く帰って」と、切羽詰ったように呟く。
私は見たことも無い彼に上手く足が動かせず、ただ呆然と、彼の方を見る。そんな私の反応に彼はじれったそうにもう一度背中を押しやると、「早く!」と俯きがちに怒鳴った。
彼の切羽詰った雰囲気に半ば気圧されるように足を進めると、背後から奇妙な音が鳴り響く。
だけど早くといわれたら、早く帰らなきゃいけないような気がして。走ろうとした私は、ふいに手首に温度を感じる。



パシッと音を立てて掴まれた手首に、私は反射的に足を止めた。
他にも何か用があったのだろうかと思い、私はため息をつきながら振り返る。帰れといったり引き止めたり、訳の分からない人だ。しかし、振り返った私の眼に映ったのは、白だけだった。


先ほどまで顔が合ったはずの高さに目をやっても、そこには白い服と、そして銀色のボタン。
体にフィットしたサイズの、コスプレを思わせるような白いジャケットに、白いズボン。そして、白い靴。
背筋に凍るような冷たさを感じながら、私はゆっくりと視線を上に押し上げていく。そこには、さっきのような苦悶の表情とは正反対の、飄々とした笑みが、私に注がれていた。気がつけば、息をすることも、忘れていた。


“気が付けば別の行動をして、見覚えのない場所に居る。戻ればそこにはいつもナマエちゃんが居るんだ”

“君は僕に…監視されてる”



10年前の彼の言葉が、頭の中を巡る。答えなど、聞かなくても分かった。
如何して10年前の彼が、私を監視することを詫びるような表情だったのかということ。
如何して10年前の彼が、いきなり知らない場所に行くかと言うこと。
如何して10年前の彼が元の景色に戻った時に、私がいるかと思うこと。



私には、分かった。



「久しぶりだねー、ナマエちゃん」


全ては、目の前の『彼』の仕業だということが。
(08/12/31)


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