旧式Mono | ナノ

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変化の無い日々が日常と呼ぶようになるまで、一体どれほどの月日が掛かるのだろう。
望まない生活が過ぎ行く、その日々の数だけ板に付いてきてしまい、私は少しずつ元の世界の生活を忘れていく。
いつ帰れるかも分からない本当に私の本来いるべき場所は最早私にとって『身近なもの』では無くなり、寧ろ何よりも遠い存在になっている。
雲雀恭弥と共にすごすようになっての日にちは数えていないから分からないけど。少なくとも、一ヶ月強という月日の中。私にとっての身近なものというのはどう考えても、この世界の並盛を基盤としていた。


…私の世界でのトリップ小説でよく見られる設定の中で、トリップ後普通にそこで生活をしていて、夢主も違和感を感じつつも楽しく(学校等の)生活を送る…というのがある。だけど、やっぱり其れはお話の中であって、この世界を楽しむなど私には到底真似できない。そもそもここではトリップ者(もといロータスイーター)はすぐに死んでしまうらしいから、楽しむことは死を意味してしまうのだ。そんな余裕は、ない。


日常を基盤としたテニス漫画なら話は別だけど、この世界は殺し合い、奪い合いという“マフィア”の世界の話だ。
ましてや、自分は漫画の世界の人間のように『爆発がおきても黒焦げになって終わり』になるわけでなく、ダイレクトに死に繋がってしまう。
ランボが日々手榴弾をぶっ放したり、イーピンの餃子拳が飛んできたり。商店街でさえたまにそんなことが起こる世界の日常生活に、怯えることはあっても楽しむことなんて出来る訳ない。…第一、私のいる場所こそ冗談にしてもあまりに笑えない、死に直結しやすい場所なのだ。


向こうの世界でまことしやかに語られる『甘い新婚生活』のような生活になるはずも無い、あまりにも笑えない、だけどありきたりな『同棲設定』。
山本とかの家なら違ったかもしれないと、考えても虚しいだけだけど。――けど、もう少し……優しい世界であったなら。楽しむ余裕も、あったのかもしれないのに、と思わずにはいられなかった。



「…遅い」

ジンと痺れる様な頬の熱に、私は唇を噛み締めて後からやってくる鈍い痛みに耐える。
確かに雲雀恭弥は最初に会った時よりは性格は丸くなったのかもしれない。が、其れは『彼の思い通りになっている状態』限定の話。少しでも彼の意向に逆らったりすれば、瞬く間に銀色に閃くトンファーが繰り出されるから、安心できない。
眠気によって頭の回転が遅くなる朝と夜は比較的安全な場合が多いことは経験で学んでいる。だけど昼間などは、全く容赦が無いこともまた学んでいた。買い物に行って、少し公園を散歩してきただけで『遅い』と殴られる。
以前は自由な散歩が許されていたけれど、黒曜の事件後はそれが少しきつくなったような気がする。散歩に行くのは自由なんだけど、窮屈な自由だ。


彼がどれだけ自分の所有物が他人の手に渡るのが嫌いか、全ては知らないけど…少しは、この世界に来て実感した。自分のものと感じないものへの執着は皆無なのに、一旦認識したものはとことん執着する。私やヒバードもそうだけど、並盛や並中だってその一部だ。…まあ、後者は本当に愛情を注いでいるという点では、前者と違うんだけど。


「…ごめん、なさい」

震える唇を必死に動かして、私は二度目を食らわないための言葉を呟く。本当に申し訳ないなんて、思っていないから。これは形だけ。
幸か不幸か、痛みに慣れてしまったせいで私は直ぐに涙ぐむのが少しずつ解消されてきている。悲劇のヒロインを気取っているようで、恥ずかしいから泣きたくないという事もあった。だけど以前は良く泣いていた手前、泣かないようになった今、カタチだけの言葉が見破られてしまいそうで、少し怖いけれど。


「…君さ」

顔を上げると、顔をしかめた雲雀恭弥の顔が無機質に私を見下ろしていて、私は思わず首をすくめる。ぎゅ、と目を瞑ると、怖い彼の姿は瞼に覆われて消えてしまう。残ったのは、頬に残る痛み。それだけだ。
暗闇の向こうで何かが動く気配がして、何か暖かいものがいまだに痛むトンファーがぶつかった痕をふわりと撫でる。
其れが雲雀恭弥の手だと気づかなかったわけじゃないけど、彼が殴ったことを考えると、どうにも信じがたい。

僅かに目を開けると、彼の顔が間近に迫っていた。
こんなに近い位置に顔があるのに、唇の心配より命の心配を感じさせられるのは、きっと雲雀恭弥だからなのだろう。



「僕に隠し事、出来ると思ってるの?」

彼はそういうと、私の頬から手を離し、代わりにトンファーの先端を先ほどと同じ位置に押し当てた。
ぐぐぐ、と力をこめて行くそれに私は顔をしかめるけど、絶対に口は開かない。口を開いたら、余計なことを話しそうで。とにかくここはやり過ごすしかない。そう考えた私の決意を、彼はさせまいとしようとしているのか、詰め寄った。

瞬間、指先がセーラー服のスカートのポケットを掠める。硬い感触が指先に触れた。
自制心ではどうにも出来ない焦りと恐怖が、体を侵食していく。普通にしなきゃ。そう思えば思うほど、普通の状態を忘れていくみたいだった。

とにかく、私はやり過ごさなきゃいけない。これは本来応接室にあるはずのものであり、私のポケットに入れていていいものじゃない。私が渡したら其れこそこの世界が歪んでしまうかもしれない。だから、だから。


「…ポケット?」


彼の声に、私はようやくぎゅ、とスカートを握りしめていたことに気づく。でも、もう遅かった。
私の両手首は一瞬で彼の左手によって纏める様に拘束され、彼の右手は私のスカートに伸びる。身をよじる私の腹に、唐突な痛みが広がる。彼は右の拳で一発、腹部にお見舞いしたらしい。朦朧とする意識の中、彼の手がスカートのポケットに進入し、見つけた何かをつまみ出す。
彼の手の中の小さな塊は、部屋の明かりによって銀色に煌く。



「……指輪?」

五角形のような形を半分にしたような飾りの付いた、銀色の指輪。
ここにあるべきものではないものを彼は一瞥し、くるり、と指の先で回転させた。
(08/12/05)


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