旧式Mono | ナノ

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後悔していないと言えば、それはきっと嘘になる。


昔から、ほめられるたびに意味もなく恐縮してしまい、褒められれば褒められるほど私の手先はミスを犯すことが多かった。
私自信が褒められると伸びるタイプの、真逆。褒められると失敗するタイプ…ということに気づいたのは、確か中学生の時だっただろうか。
自分への自信のなさに怯え、褒められるたびに『ここができていない』とピンポイントでお世辞を言われているようで、とても怖かった気がする。
まああの頃は腐だから☆といいながら心のどこかで「人目はちょっと…」という負い目も合ったからだろう。人から評価されることが怖かった。褒められるにせよ貶されるにせよ、自分という自身では見えない曖昧な体に評価を付けられるのは、怖かった。
高校にあがって、普通に過ごして。私の症状は少しずつ和らいでいた。褒められても笑って「そうかなー」とはぐらかすことも出来るようになったし、人からそう見えてるんだと割り切ることも出来るようになった。


だけど、だけど。
私はまだ、性格面や顔、自分の変化について指摘されていることに慣れては居ない。
雲雀恭弥の口からつむがれた『変わった』や『楽しそうだ』という言葉のように、自分の性格をそんな風に言われると、何だか気恥ずかしくてしょうがない。気恥ずかしいというより、むずがゆい、のほうが合っているかもしれないが。

そんなんじゃない。違うよ。彼の認識下の私と、私が自信に感じている私の差異を言葉にして伝えたいのに、その差をうまく言葉に乗せられない。
曖昧な言葉の誤解はさらに誤解を生み、食器を片付ける際に「君は騒がしい人間だったんだ」と言われてしまい、私のパニックに拍車をかけた。『誤解を解かないと騒がしい=咬み殺す対象で殺される!』と焦れば焦るほど呂律が回らなくなって、私は思いっきり舌先を噛んだ。
じわ、と口内ににじむ鉄の味に顔をしかめると、雲雀恭弥は私の顎をつまみ、無理やり下に押し広げてきた。
思わず振り払ってしまったら彼の逆鱗に触れてニ・三発殴られ―――そして今、雲雀恭弥の自室の、絨毯の上に拘束されている。


別にどこかの夢サイトの裏ページにある、年齢制限が必要な感じの縄を使用しているわけじゃない。
見えない糸。言うなれば恐怖と言う名の拘束具に縛られた私は、彼のふかふかの絨毯の上でおとなしく彼の枕(いやもう抱き枕と言っても過言ではない状態)になっている。まるで生きた屍だ。
僅かにでも動けば、近くに放置されているトンファーで殴られてしまうし、そうでなくても殴ってくるくらいなのだ。おとなしくしていたほうが、賢明じゃないか。例え全身に嫌悪感が箸って、鳥肌を立てようとも。言い知れぬ気持ち悪さが背筋を這おうとも。痛い思いは、極力したくなかった。

「ん、」

背後の雲雀恭弥は小さく身じろぎをして、子供のような呻き声を零す。振り返ればさぞかし綺麗で端麗な顔が横たわっているのだろうと思うと、ため息を堪えきれない。
根は(捻じ曲がった意味で)優しいのか只の甘えたがりなのか、それとも残酷なのか非常で無常なのか。私には、どうにも理解しかねる。
優しい…というか。あの残酷で恐怖しか感じない瞳では『無い』時は、確かにこの家に来たときよりかは格段に増えている。
触れることさえ嫌悪感を抱くような発言を確かしていたのに。今は何故だかこうして彼のほうが『彼の猫』に依存しているように思える。
初めて対面した時と、あの並盛神社の下、月夜に閃いた残虐性。骸編で私に与えた痛み。そんなものだけなら、まだ諦めもついたのに。絶望することも出来たのに。時々優しくなるから、この人は残虐なんだと諦念感を抱くことができない。。



いつもの表情を僅かに和らげたり。
私に治療したり、心配したり。
私の変化に気づいてみせたり。
挙句彼の嫌うところであるはずのの草食動物である私の楽しい感情を容認して。


何がしたいのか、本当に分からない。
というか、それ以前に何を考えているのか、本当に分からない。一ミリどころか、一ミクロンだって分からない。傷つけるだけつもりなのだとしたら、こんな風にしないとは思うけど。それでも先ほど振り払った時に殴られてしまったから、完全に安全というわけではなさそうで。
だからと言って積極的に私に拷問するわけでもなく。最近は只単に軽い制裁程度(それでもたまに意識を失うほど痛いけど)になっている。
最初の予定だっただろう、この家に忍び込んだ手段なんてもう関係ないような気がする。でも、だったら何故彼は、雲雀恭弥は私をこの家に連れ戻したのだろう。


考えれば考えるほど分からなくて。最終的には『分からない』という結論付け。
自分のペット(猫)だというにはあまりにも動機が希薄だし、良心からというには明らかに暴力的なのだ。
そもそも彼はそんなに愛情深い人種ではなかったのに。何故今更、ペット相手とはいえこんな風に抱きしめたりするのか分からない。――分からないから、時々少しだけ痛くなる。


期待しないでいるのは、あまりにも難しい。

もちろん期待っていうのは恋愛要素的な意味じゃあ決してなくて。『痛い日常から解放される』というささやかなものでしかないんだけど。
それでも彼を信じるにはあまりにも体に植えつけられた恐怖は大きく、かといって残虐無常というにはあまりにも――彼は優しすぎた。
絶望に浸れば、どこぞの宇宙人ウィルスに感染したアニメヒロインのように発狂して壊れてしまうことも出来るけど。彼は、そんなことさえ許してくれない。
完全に壊れそうになったときには助けて。だけど完全な回復は絶対にさせない。其れが彼のやり方なのだとしたら、なんて――悪趣味なんだろう。飴と鞭の使い方がとてつもなく上手いのはきっと彼の生来の特技だ。


漫画の紙面上だって、アレだけ派手に人気キャラである綱吉やら獄寺、骸等々を攻撃しながら読者や紙面内のキャラたちに決定的な嫌悪感を抱かせないなんて。そんなの、一朝一夕で出来ることじゃない事じゃない。
味方キャラであるのに完全的な協力はしないで。なのに守護者の使命守るように、青空の中に浮かぶたった一つの孤独な雲。
まるで、水を必要としてる乾燥地帯の砂漠に現れて雨を僅かに降らせては、またどこかに消えてしまう。俄仕込みの幸せを運ぶ雲。信じて乗ろうとしたら、落ちてしまうのだろう。どんな状況であっても、雲は乗ることはできない。掴むこともできない。



だから、だから。
だから、私は


「……強く、ならなきゃ」

雲雀恭弥を信じたりしない。気を許したりしない。淡い期待を持たないで、目の前にある事実だけを認める強さを身に付ける。そして、私はこの『世界観』を守るんだ。それだけの理由でここに存在しているのであって、別に彼と甘い夢物語を紡ぎたい訳じゃない。
ただ、私は好きな人達(キャラ)を守りたいだけ。ただただ、私は元々あるものを変えたくないだけ。ただただ、ただ。私は――家に、帰りたい。…それだけ。
馴れ合ったら帰りづらくなってしまうだろうし、痛いのは嫌。それに深く関わりすぎたら未来を変えてしまいかねないし。そうなればそれこそ…白蘭の思う壺。そんなのは、嫌。絶対に、嫌だ。


「ん……」


私の呟きに空ろだった夢のせいから出てきてしまったらしい彼が、寝ぼけた様子で私を引き寄せる。
一瞬体に走る戦慄に、私の目の前に強い閃光のようなものがよぎる。僅かに遅れてじわりと瞼の温度が上昇し、私は俯いた。
恐怖と嫌悪で体中の毛筋が収縮し、鳥肌と呼ばれるものを体中に浮かばせていく。どれだけなら、まだ分かるのに。如何してこんなに泣きたくなるんだろう。如何して『こんな風にするなら殴らなくてもいいのに』と思うんだろう。今決めたばっかりなのに。何も感じないように。期待しないように。――そう決めた、ばかりなのに。如何して?


「…泣いてる……の?」

彼の手が後ろから周り、標的を外したように私の瞼に爪を立てながら。いつの間にかこぼれていた私の涙を救う。
そんなんじゃないと言い返すにはあまりにも証拠品に雲雀恭弥は触れすぎていて。私は否定することが出来ない。
堪えきれない嗚咽が、静かな部屋を濡らす。彼は「こっち向きなよ」というけれど、私は上手く向くことが出来なかった。彼は、乱暴に私をひっくり返すと、両肩を抑えていとも簡単に組み敷いた。

彼の瞳が無機質に私を見下ろす。
ガラス玉のように何も感情を移している彼は、まるで生きた屍みたいだった。彼は少し悩むように押し黙っていたが、やがてため息を吐いて。そして―――笑った。


「……え?」


一瞬、だった。


いつの間にか組み敷いた状態の彼が腕を折り曲げ、顔が近づいたと思えば、唇に何かがぶつかる。そして其れは離れることなく、深く沈み込んだ。
暖かい温度が啄まれるような動作で数回繰り返され、彼は一旦唇を離すと濡れた唇を舌先で舐め取る。声も出ない私に彼は深く唇を重ねて、私の言葉を紡ぐのに必要な舌を浚う。涙が零れ落ちて、枕元をぐしゃぐしゃに濡らした。


気持ち悪い。気持ち悪い!

抗う私にかまいもせずに、彼はその口づけをより深いものにしていく。
寝ぼけているにしては性質が悪すぎるし、何よりこんな冗談ぜんぜん笑えない。気持ち悪い。嫌だ。気持ち悪い。嫌だ!


「やっ、」

私は彼を押しのけようと手を伸ばすけど、そんなものは男の彼にはなんの抗いにもなっていないようだった。
涙で歪んだ視界を必死に押し上げると、目の前の彼は楽しげに微笑みを浮かべていた。息苦しさに脳が上手く働かない。私は必死に彼の名前を呼ぼうとするけど、彼は聴く耳を持とうとはしない。こうやって考えている間にも、行為の程は進んでいきそうだった。


「いや、離し……」
「嫌だ……といったら、どうします?」


突然、先ほどまで聞いていた声音とは違う、雲雀恭弥よりかは若干柔軟な声音の声に、私は思わず目を開く。
がらりと変わってしまった口調はどこか聴き覚えがあり、私の脳はガリガリと空回りする。
そんなはずない。そんなわけない。そうは思うのに、どうしてかそう思い切ることが出来ない。彼は、奇妙で不快な笑い方をしながら、私を見下ろした。
私の上にいる彼は、いつもの雲雀恭弥と同じ外見をしているのに、この違和感。私は知ってる。雲雀恭弥が今、どんなことになっているのか。――ああ、そういえば。確か家庭教師ヒットマンREBORNにはドラマCDがあって。それで確か…日常生活に戻った綱の夢にとある人が出てくるとか。そういうのが、あったような気がする。

言葉を失った私に、彼はクフフ、笑声を零す。聞き覚えのある。寧ろありすぎるこの笑い方。ねえ、どうして、ここに来るの。


「……むく、ろ…、」
「また、お会いしましたね」


震える私の声をなだめるように、彼は私の髪を撫でるように梳く。
何でだとか、どうして、という言葉を唇に乗せる…だけど其れを全て吐ききる前に、その前に。濡れた唇が、彼が動くことで触れ合う。

最後の涙が、零れ落ちた。
(08/11/28)


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