旧式Mono | ナノ

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雲雀恭弥は寝てはいなく、自室に行けば不通にベットを背にして、書類に目を通していた。
ご飯食べますか…?としどろもどろで言う私の誘いに、彼は僅かに目を細めて、「食べれるの?」とだけ口にする。其れはもうできてるの?という意味なのか『食べれるほどの味なの?』という意味なのか分からなかったけど、私はとりあえず頷いて、リビングへと引っ込んだ。
意外にも早く部屋を出てきた彼は、目の前の料理をいぶかしげに見下ろしていた。そんな表情をされると何だか不安になって、私は思わず彼を挙動不審げに見てしまう。


「……何」


雲雀恭弥は怪訝そうな顔で振り向いて、私を睨むようにして一瞥する。
くちゅくちゅ。最小限に抑えられた咀嚼音は小さいはずなのに、静か過ぎる部屋にはよく響いた。


「いえ、何でも…」

私は彼から目をそらして、自分用によそった肉じゃがの芋を口の中に入れる。普通だと、思った。
お母さんが作ってくれる、美味しいといってもいいけど、どちらかといえば食べ慣れた味、といったほうが正しい。
懐かしい味が口内に広がって、すとんとおなかの中に落ちていく。親に熱心に教えてもらったわけではないのに、いつの間にか同じ味になっているなんて思わなかった。



咀嚼音を極力出さないように集中すると、やけに音が大きく聞こえてしまう。うまく噛めないし、うまく顔を上げることが出来ない。
彼が口の中のものを飲み込んだ瞬間、不味い、といわれて投げ捨てられる想像が脳裏によぎる。
どうでもいいけど、雲雀恭弥という男は本当にひとくち30回噛む人だということを今更気づいた。私はあまり噛まないタイプだから、彼の飲み込むまでの時間がやたら長く感じる。

こくん、と、嚥下の音がやけに大きく響いた。

「……普通」

彼は小さくそう呟くと、器に盛られたジャガイモをもう一つ、口に含んだ。


「……あ、ありがとう…ござい、ます」


思わず安堵の息をついてそういうと、彼は伏せた瞼を押し上げて私を一瞥した。「なにが?」と言いたげな彼の瞳が、言葉がないのに私に伝わる。
私は洞察力なんてないから感じたことはなかったけど、この人の目だけは、本当に口以上にものを言うと思った。読心術とか使えたら、一体どんな彼の中の言葉が聞こえるのだろう。すこしだけ、気になる。

不味いと思っていたら…まあ、言うんだろうけれど。少しでも食べれる味だと思ってくれたら、救われる。――まあ、今更この雲雀恭弥に美味しいと笑顔で言われても、正直困るけど。


「ナマエ、ナマエ!」


私と雲雀恭弥。どちらのものでもない甲高い声が部屋の中に響いて、それた私の肩で鳴きやんだ。
僅かな重みを肩に感じる。首を捻ると、案の定新入りのヒバード。…頼むから、食事時ぐらいおとなしくしてください。
極力気にしないようにジャガイモを掴みあげると、何かが箸先をかすめ、ぶれた拍子にそこからジャガイモが零れ落ちた。『ヤバイ!』と思ったのは、一瞬だった。
間一髪。何とか雲雀恭弥の家にじゅうたんを汚さずに、私の手のひらの上に落ちたジャガイモを、すかさず黄色の鳥が啄む。寿命が縮んだよ気がして、背筋に走った悪寒に私はため息をつく。


「…さっき餌あげたでしょ……」
「イモ、イモ!」

「痛っ、…手まで噛まな……あ、」


突き刺さるような視線を感じて、私は思わず息をつめる。
恐る恐る視線の先を見れば、当たり前のように雲雀恭弥が、私とヒバードを見比べる。

その視線に、命の危機を感じた。


雲雀恭弥一人、私(猫)又はヒバード(鳥)は、どうやら群れているという概念に入らないらしいけど。……もしかしたら、私とヒバードって、動物同士扱いだから『群れている』に入るんじゃあ…。――だったら、殴られてしまう。主に私だけが。


「あ、あの…」

「……随分と親しそうだね、トリと」


弁解をしようとした瞬間、彼の声が重なる。
……氷点下を思わせる淡々とした口調はいつものことなのに。何故だか、いつもよりも凄みがある。
ど、どうしよう。とあせりを感じると共に、今日は余り感じることが少なかった雲雀恭弥への恐怖が侵食する。まるで忘れてたといわんばかりの恐怖に自分自身のどこかで呆れつつ、必死に震えを抑える。土下座をすべきか、ひたすら謝り倒すべきか。
ぐるぐる考えてながらとりあえず彼の表情をうかがおうと顔を上げて……言葉を失った。


「あ、れ…?」


彼の表情からは怒りとか、そんなものは感じない。だからと言って、無表情というわけでもない。
自信はないけど、取り合えず怒っているような表情じゃない。ような、気がする。どちらかといえば……それは。


「雲雀恭弥…さ、ん?」


笑ってる。…いや、笑っては居ないけど、表情がいつもよりも、柔らかい…気が、した。
曖昧な表情の緩め方に、私はいささかこれを「笑顔」というのを躊躇ってしまう。それぐらい、仄かな笑みだ。
私の声に雲雀さんは僅かに表情を翳らせるけれど、その表情に大きな変化は無い。……このひとは、何処まで動物と認識しているモノたちに甘いんだろう。いや別に、其れが人としてあるべき姿なんだけど。
人としてあるべき思いやりだとか優しさだとか、そんなものを『当たり前のように』持ち合わせていなさそうな彼がそんな一面を見せると……なんか、怖い。逆に。

「ナマエ、ナマエ!」

ぼうっとしている私を、ヒバードの声が正気に戻す。
気が付けば、雲雀恭弥と目が合っていた。目をそらすのかと思えば、彼はそのまま私から目をそらさない。


「雲雀恭弥さん……鳥、お好きなんですね」

耐え切れずに、私は言った。彼は私の言葉に、首をかしげる。


「何で?」

彼はジャガイモを口に含みながら、私に問う。


「…その、楽しそうに……見えたの、で」


笑っているので、とは言えずに、曖昧に言葉を濁す。彼は私の言葉に「ふうん」と適当に相槌を打ちながら、何かを思案するように視線を宙に投げた。
こくん、という嚥下の音。彼の喉をジャガイモが通ったかと思えば、雲雀恭弥は私のほうを再び見た。


「君のほうでしょ、それ」
「……え?」


彼はそう呟くと箸を置いて、人差し指を曲げる。すかさずに飛び乗ったヒバードの眉間の部分を人差し指で押さえながら、小さな声で、呟く。
言葉を失った私に、ヒバードの声が私の気持ちを代弁するかのように歌う。タノシイ、タノシイ……なんて、そんなことある訳ない。無い、はずなの、に。


「君、この鳥が来てから、よく話す様になったよね。…あんまり煩くすると、咬み殺すよ」


少し、ほんとに少し。肯定したがる私が、小さく声を上げた。
(08/11/08)


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