旧式Mono | ナノ

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実際のところ、たった三日程居なかっただけなのに。何でこんなに懐かしく思えるのだろうか。
数日間誰も居なかったからか、僅かにこもった空気を感じる室内は、どこかそっけなく寂しげだ。
最早他人の家とはいえないほどの、親しみにも似た懐かしさを感じている自分自身に驚きつつ、私は彼に続いて玄関から中へと足を踏み入れる。――なんだろう、この。まるで、自分の家に居るかのような安心感は。

あまりの驚きに立ち尽くす私に、雲雀恭弥は不思議そうに私を一瞥し「何」と、一言。私はなんでもないです、と彼に返しながら、持っていた餌袋をリビングの机の上に置く。息を吸うと、何だか息苦しかった。
いつの間にか、この部屋に入った時の「雲雀恭弥の家の匂い」というものを感じなくなったんだろう。自分に染み入った雲雀恭弥の匂いに苦笑しつつ窓を開けると、ふわりと秋の風が室内に流れ込む。暖かい日差しが窓のガラス越しに伝わるのに、暖かさを求めてガラスに触れると、酷く冷たかった。


「ナマエ、ナマエ」

パタパタとヒバードが雲雀恭弥の肩を離れ、私の肩へと移る。
雲雀恭弥は私を一瞥すると、フッと表情を緩めて、そして自室の中へと入っていく。
彼の表情に違和感を覚えつつ、私は肩の上でジャンプするヒバードの対処に掛かる。同じ場所にいて彼と会話しないことなんて、特にめずらしいことじゃない。寧ろ気になるのは、頭の上の黄色の塊だ。こいつなんで私の上だと飛ぶんじゃなくて跳ねるんだろう。ヒバードが可愛いものだと思っていただけに、若干の期待はずれ感は否めない。まあ、もともとバーズの鳥だと思えば、半ば諦めもつくけれど。

指を差し出すと、甘噛みをされて、私はくすぐったさに身を引っ込めた。
ヒバードは私のうなじ部分に擦り寄ると、私の名前を呼び続ける。……何がしたいのか、全く行動の意図がつかめない。


「…餌が欲しいの?」


そう聞くと、ヒバードはインコのように首をかしげて、今度は雲雀恭弥の名前を呼ぶ。
雲雀恭弥の元に行きたいんだろうか。私は少し考えた後、ヒバードの頭を人差し指でちょいちょい、とつつく。


「もうお昼だし…ご飯作ったら、雲雀恭弥さんの所に行こうか。多分、今はもう寝ちゃってるよ」

「ウー、ヒバリ!ヒバリ!」

「いくらヒバードだって、出会ったばっかじゃ咬み殺されちゃうんだから」


通じるはずが無いのに、ヒバードは私の言葉を聴いた瞬間、動きを止める。突っついていた指先に、ヒバードのカギ爪の曲線がフィットした。


「エサ、エサ!」
「うわあ、ゲンキン……」


雲雀恭弥さんが駄目だったら、即座にエサか。
紙面で知っていたヒバードの従順さとはかけ離れた態度に、思わず噴出してしまう。……ああなんだろう、何だか久しぶりに、笑った気がする。
腐っても、性格歪んでいても、とりあえずは動物。アニマルセラピー効果でもあるんだろうか。…すごいイラッとくるんだけど。


私は餌袋を開けて、付属のプラスチック製の小さいスコップですくったまま、机の上に置く。
ヒバードはすぐに机に降りたけれど、私を見上げるだけで口を付けない。訝る私の手首に乗ると、再びエサコール。……もしかしてと思ってスコップの中身を手の中に零すと、ヒバードはようやく餌を啄む。……いつも、バーズにこうやって貰っていたんだろうか。
ヒバードはあっという間に平らげると、再び私の頭にのる。落ち着いているところを見ると、どうやら料理をしろとでも言いたいらしい。


「うーん……何が作れるの、かなあ……」

というか、私に得意料理なんてものは存在しないのだ。何を作っても、彼の舌を満足させられない。
放置されていたとは思えない冷蔵庫の中身に驚きつつ、とりあえずジャガイモが芽を出しそうだったので、慌てて取り出す。ジャガイモって常温保管じゃなかったっけ。などとぼやきつつ、なんとなく肉じゃがでもつくろうかなあ、と材料を取り出す。


料理上手な主人公になることもできず。何か秀でたものがあるわけでもなく。かといって誰かから心底愛されているわけでもない。

それがあまりにも平凡で。一般人な『自分』らしくて、思わず笑ってしまう。
向こうの世界に返ればリアルトリップ者として崇められたりするんだろうが。私は別に、あちらの世界に蔓延る最強ヒロインでもない。
容姿は…そりゃあ現実の私からしたら美化されているけど、絶世の美女というわけでもない。寧ろこの世界基準じゃ普通なんだろう顔。
だからって人をひきつけるような能力もなければ、特殊能力が備わっているわけでもないし、力持ちでもない。意志が強いわけでもなければ、頬を赤く染めて「あ、あの…///」など、台詞にスラッシュ表記されるような乙女でもない。



平凡で。平々凡々で。

ただの、ありふれた、
何処までも普通の女。

それが、私。



それだけはこの世界でも健在のようで、其れだけが自分を自分だと思える唯一の材料でもあった。
顔が変わり、声も多少変わり、環境も変わってしまって…なんだか、不安だった。私はそもそも簡単に泣くような女の子じゃなかったのに、雲雀恭弥や六道骸の前では馬鹿みたいに涙を流してしまったし。まるで、自分が自分じゃなくなっていくような、そんな錯覚。



「大丈夫、だよ…ね」


私は自分にそう言い聞かせて、ジャガイモとたまねぎ、その他野菜を一気に抱えて、流し台の中に入れる。
ドドドドド、とこもったような重低音が銀色の流し台に響く。取っ手を捻ると、水は凍えてしまいそうなほど冷たい。


「大丈夫」


もう一度、呟く。

何が不安なのか、自分でも分からない。だけど何だかとても、不安だった。
とりあえず、目先の不安は…この私の作った肉じゃがを、彼が口にしてくれるか、というところかもしれないけど。私はとりあえず目立った芽を爪でこそげ落としながら、あまり土のついていないスーパーから買ってきた綺麗なジャガイモを洗う。

頭上のヒバードが『ダイジョーブ』と、私の台詞を真似をする。
かなりの棒読みだけど、それでも。少し元気が出た気がして、私は『トリ』に聞こえないように、小さくお礼を言った。
(08/10/28)


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