旧式Mono | ナノ

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病院を出ると、そこには一度しか見たことがないけどよく覚えている、雲雀恭弥のバイクが置いてあった。
その周りには風紀委員の人が居たけれど、私の見知った人はあまり居ないようだった。ユージさんも、いない。
私は雲雀恭弥に目で促され、前と同じように後ろに座る。何人かの風紀委員が、苛立たしげに舌打ちしたのが分かった。


「あ、そうだ。これもっててよ」

私にヘルメットを渡す際に、彼は同時に黄色の塊を私の肩に乗せた。
私がそのものを視界に抑えるその直前、アヒルのような丸いくちばしが、私の耳をかじる。

「痛っ……!」と私が飛びのくと、エンジンをかけていた雲雀恭弥が振り向き、私と鳥を一瞥。雲雀恭弥は何を思ったのか鳥を人差し指ではじくと、「うるさくする奴は咬み殺すよ」と一言こぼし、その鳥を私の腹部分に移す。
鳥に人間の言葉なんか通じるわけ無いでしょと思うのだけど。このヒバードはどうやら賢いみたいで、しばらく私の腹と彼の背の隙間に収まっていた。
しかし、すぐにその間に飽きたのか。私がヘルメットをつけ終わるその直後に、…胸を突っつかれた。ペットって……飼い主(バーズ)に似るって、本当なんだな。変体なのは飼い主も鳥も一緒か。
執拗に繰り返される動作に嫌気を通り越してきて、僅かに怒気が混じる。この変態鳥を、出来ることなら放り投げたい。…だけど私が雲雀恭弥のペットをどうにかできるはずもなく。結果、私は左手で彼にしがみつきながら、右手でヒバードを抑える羽目になった。「落ちても知らないから」と雲雀恭弥に言われるが、丸いくちばしでも胸を突っつかれるのは痛いから、外すに外せない。落ちたらヒバードのせいだ、絶対。


凄い勢いで走り出したバイクに、私は置いていかれないように左手だけで彼の背中にしがみつく。
そういえば、今は一体何日なのだろう。
骸が操ることも出来ないほど雲雀恭弥は負傷したのだから、一日や二日で治る傷ではないはず。
でも私の左手の甲の直り具合からいったら、そんなに立っていないのは明確で。……つまり、今の雲雀恭弥は相当の……重症なはずだ。腹にしがみついていた力を弱くすると、彼は僅かに動揺したのか、まっすぐ走っていたバイクの軌道が左右にぶれる。
信号待ちで止まると同時に、彼は非難がましく振り返った。それは怒っている様な困っているような、曖昧な表情で。私は思わず、ぴったりとくっつけていた彼の背中から体を離す。


「死にたいんだ」
「……いや、あの……あんまりしがみついたら、痛いかと…」

「なにそれ。僕のせいにする気?」
「いやあの、…手元狂ったら、大変じゃないですか…」

「…ふうん。まあ、好きにしなよ」


彼はそういうと、アクセルを吹かした。…後ろを向いているのに、何で青信号になったのがわかったんだろう。
だけど以前と比べて、スピードは余りはやくない。鳥が落ちることを心配したのか、それとも気を使ってくれているのか。どちらかといえば、前者なのかもしれない。私はヒバード程に、彼に気に入られてはいないだろうから。


――いっそ振り落としてくれればいいのに。

不穏な考えが脳裏によぎったけれど、私はその言葉を口には出さなかった。
其れは、私に今までよくしてくれたユージさんや、私の代わりに死んでしまったシュンさん。それに私を逃がしてくれた黒曜の二人の人を馬鹿にする好意になる。
…其れに何より、弱気な自分は嫌いだった。悲観に陥って、悲劇のヒロインぶって。そんなの、私じゃない。
彼の学ランをぎゅうと握ると、ふと腿を突き出したヒバードを目にする。そして……あることに、気づくいた
くいくいと目の前の学ランを引っ張ると、彼は私に気づいたのか不機嫌そうな声で「何」とだけつぶやく。其れは少しイラついたような響きで、私は慌てて「あの…鳥のえさ、買いに行かなくていいんですか?」と少し声を大きくしていった。


「餌…?」
「……この、黄色い鳥の餌……」


私が体を離すと、しばらく抑えていたことで私への興味を失ったらしいヒバードは、雲雀恭弥の肩へと映る。
そして私と雲雀恭弥の名前を交互に歌う。彼は、少し決めかねるように、ヒバードを見ていた。そういえば、漫画での雲雀恭弥は、ヒバードの餌って何をあげていたんだろう。というか、この人何をあげようとしていたんだろう。
「餌居るんだ、こいつ」と言っているあたり、もしかしたら『私がこなかった場合のREBORNの世界』のヒバードは自給自足の生活をしていたのかもしれない。哀れだ。哀れすぎる。
私はヒバードの頭を指先で突くと、痛くないくちばしで軽く噛まれる。…私には、懐かないらしい。


「……君はこれを飼いたいの?」

彼の意外な問いかけに、私は思わず言葉に詰まってしまう。
飼いたいとか飼いたくないとか、そういう問題以前に。そういう話になってるのだと彼にいったら、一体どんな反応をするのだろう。
少しだけ迷って、少しだけ考えて。分かるかわからないかの小ささで頷くと、彼は「そう」と一言言い、アクセルを握る。ヒバードはちょんちょんと飛ぶように移動し、彼の学ランの中にもぐりこむ。
ようやく両手が空き、私は両手で彼の背中にしがみつけた。これで、かなり安定する。雲雀恭弥は一瞬振り返るようなしぐさをしたけれど、すぐに前に向き直った。バイクは、すごいスピードで動き出す。



***


結局私と雲雀恭弥はペットショップに行き、鳥の餌を飼い、鳥かごはさすがにバイクじゃ持って帰れないから、宅配するように手続きをした。……全部、私が。
私がヒバード関係のものを物色している最中、彼は何故か猫のコーナーに行き、透明なショーケースの中の猫を見ていた。私を猫扱いしだしてから優しくなったところからして、彼は猫がすきなのだろうか。真相は分からないけど、確かに気まぐれな所は、彼と共通しているけれど。
雲雀恭弥のお金で会計と手続きを済ませて彼の横に並ぶと、彼は「猫は群れないからいいね」と、訳の分からない呟きを零した。ちなみにさすがのヒバードも猫は天敵だからか、私の頭の上に身を落ち着かせている。…何巻だか忘れたけど、雲雀恭弥の頭に『ふかっ』て乗るみたいな、あんな感じで。
だけど私への懐きようだと、糞を落とされないかがとても心配になる。しかも何故だか時折爪を立てながらジャンプするから、痛くてしょうがない。


「終わりましたよ」といえば、彼は身を翻し、私を置いて店を出る。
私は後を追う様に出て、餌を抱えながら、バイクの二人がけの部分に乗りこむ。雲雀恭弥のマンションは目と鼻の先で、10分もしない間にマンションの駐車場についてしまう。
彼はバイクを適当な場所に放置して、私の頭にヒバードをのせた。…何故?


「ナマエ、ナマエ!」

「え、や、痛……っ」


爪を立ててジャンプするヒバードに、悲鳴を上げる私。雲雀恭弥は小さく笑みを零した。……やはり、私が痛がるのを見て、楽しんでるんじゃないかと思ったけれど、今はそんな場合じゃない。
意外と重量感のある大袋の餌で両手が塞がってしまっていて、ヒバードを振り払うに振り払えない。というか、振り払った瞬間、雲雀恭弥に振り払われそうで怖い。この様子じゃあ、確実に猫(私)より鳥(ヒバード)贔屓は必須だ。漫画、アニメでは異様な気に入り用だったし、あまり邪険に扱えない。
…まあ、『君はこれを飼いたいの?』といったあたり、私の目の前に居る雲雀恭弥が、そこまでヒバードを愛しているとはいいがたいけど。


「ナマエ、ナマエ!」


というか、こいつ一体いつまで私に攻撃してくるつもりなんだろう。
ホール、エレベーターの中…雲雀恭弥の部屋のある、最上階の廊下に差し掛かっても、未だ飛び続けている。
正直、並盛中の校歌を歌うイメージしかないヒバードが、よもやこんなに自分の名前を連呼するなんて思いもしなかった。というか、何故私の名前を知っているんだろう。雲雀さんが、教えたのだろうか?…其れはそれで、なんか怖い。彼は私の事を名前で呼ばないから、有り得ないことだろうけど。…ユージさん、とか?私を名前で呼ぶのは、そのあたりしか思い浮かばない。


「ナマエ、ノロマ!」

「痛…ちょっ、ヒバード、痛い……っ、!」

「……ヒバード?」


怪訝そうに、雲雀恭弥が私を見下ろす。同時に、私の体温が下がる。
ヤバイ。これは未来編での(恐らくムクロウと名づけた草壁さんがつけた)名前だった。
あ、あの、その。としどろもどろになる私に、彼は「変な名前」と一蹴する。誤魔化そうにも、物覚えがいい黄色の塊は茶化すように『ヒバード、ヒバード』と鳴き喚く。…私が名づけたみたいで、凄く恥ずかしい。ちなみに雲雀恭弥は呼ぶ気は無いのか、「トリでいいでしょ」と身も蓋も無い結論を導き出した。私はそれに苦笑しながらうなづく。でもどうしても、ヒバードとしか認識できないのはどうしてだろう。

ヒバードは雲雀恭弥の左手の指の上に飛び移ると、可愛らしく小首をかしげた。
彼の右手はキーロックを外していて、ガチャ、という思い金属音と共に、何故だか懐かしく感じる、彼の部屋の扉が開く。


「教えたでしょ」

ずり落ちそうになる鳥の餌を支えるために俯いていた私は、何のことかと顔を上げる。
しかし其れはヒバードに向けられた言葉だったらしい。ヒバードは可愛らしく数回小首を傾げると、私の肩に飛び移った。そして、甲高い声で、歌うように言葉をつむぐ。
雲雀恭弥は、歪んだような、それでも笑顔には変わりない表情を浮かべて、私を見下ろしていた。



「タダイマ、オカエリ」


餌がずり落ちるのと同時に、私は思わず唇を噛み締める。其れが私に向けられた言葉じゃなかったとしても。その言葉を久しぶりに聞いて。
私は遠い家族のことを少しだけ思い出して、熱がはらんだ瞼を伏せて、うつむいた。
(08/10/27)


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